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第4話 華麗なるお披露目パーティー 2

 ソレル、よくもいけしゃあしゃあと……。

 頭に血が上った。

 二度も同じ手を使えると思うな。

「それ、エグランティーヌと婚約する時にも言ったやつーっ」

 しまった。

 どうして、こんな時に限って呂律が回る?

 けど、言い直したりしない。

 この際、エグランティーヌの生まれ変わりでも化け物でもなんでもいい。

「……ベルティーユ王女様? 今、なんと仰せになられましたか? ちょっとした言い間違いですよね?」

 ソレル伯爵は顔を作り直し、柔和な声で尋ねてきた。

「裏切り者、いや」

 私の小さな人差し指の先はソレル伯爵の鼻。

 マナー違反だけど、構っていられない。

「大きな誤解をされているようです。その誤解はレオンスともどもお仕えすることで解かせていただきたい」

 その顔、その声、その仕草、二度と騙されない。

「裏切り者、信用できない」

 ふんっ、と鼻を鳴らしながら腕を組んだ。憎たらしい子供に見えるだろう。扱いにくいガキ、と思って引いてちょうだい。

……あれ?

 引くどころか笑っている?

「王女様、高貴なご身分にはそれ相応の義務が付きまといます。国のため、国王陛下のため、第四妃様のためにもご考慮ください」

 ソレル伯爵は抱きこんだ宰相やラグランジュ侯爵に視線を流した。さっさと宥めろ、と脅しているんだ。

 ここで宰相と外祖父に出張られたら詰む。

 どうする?

 宰相と外祖父に切るカードが一枚もない。

 私の背筋が凍りついた瞬間、国王陛下が鷹揚に言い放った。

「ベルティーユはまだ三歳ぞ。早い」

 国交間の同盟と縁談はセットだから、三歳の王女の婚約は珍しくない。けれど、臣下との縁談では聞いたことがない。年相応の王女の降嫁なら前例はいくつもあるけれど。

「だからこそ、王室をお守りするためにも陛下のご英断を」

 ソレル伯爵や宰相、ラグランジュ侯爵の圧力に折れたのか、国王陛下は私に視線の高さを合せた。

「ベルティーユ、レオンスのお嫁さんになるか?」

 国王陛下に優しく問われ、私は甘えるように抱きついた。

「いや。お父ちゃまのお嫁になるでちゅ」

 ……うわ……国王陛下、デレた。

 亡くなったお父様と一緒だ。

「そうか。余のお嫁さんになるか」

「あい」

 チュッ、と国王陛下の頰にキスしたらデレデレのバージョンアップ。

「お父ちゃま、お嫁にちてね」

 サービスで媚びを売っちゃる。

「よしよし……ケーキでも食べるか?」

 私、こんなに陛下がデレるとは夢にも思わなかった。王女には見向きもしない国王だと思っていたのに。

 第四妃や侍従長たちも微笑んでいる。

 給仕たちが生クリームやレモンクリームのホールケーキを私の前に差しだした。首席侍女の指示でマイブームのショコラのタルトも。

 ……あれ?

 これ、スイーツで私を黙らせる戦法?

 空気が変った?

「なんて、可愛い。癒されますが、お父様のお嫁さんにはなれません。いい機会です。本日、学びましょう」

 ソレル伯爵がしたり顔で説明しようとした時、独身令嬢に囲まれていた長身のイケメンに気づいた。

 ……あ、あ、あれは……最低の裏切者?

 最初から最後まで私を騙した婚約者?

 アロイス?

 いたの?

 最期に会った時より凛々しくなっている。

 私が知っている少年の面影がない……けど、アロイスだ。

 悔しいけど、イケメン……イケメンすぎる……最低の裏切者の顔をしていない。

 子爵時代と同じようにパーティーでも騎士姿なのがムカつく。父親や母親たちみたいに着飾っていればいいのに。

 どうして?

 それは何?

 成金衣装姿で高いお酒を飲みながら、下品な高笑いのひとつも披露しなさいよ。

 裏切者なんだから、裏切者らしく裏切者の顔をして。

 プツン、と何かが私の中で弾けた。

「いやでちゅーっ」

 目の前にあったソレル伯爵の顔に向けて、生クリームたっぷりのホールケーキを押しつけた。ズボッ、と。

「……うっ……」

 ポトリ、と落ちるホールケーキの苺。

 生クリーム塗れの顔の下、ぶるぶる震えている。

 ソレル伯爵に一矢報いた。

やったぜ。

 そんな感じ。

 悪女たるもの、これくらい、いいよね?

「きゃーっ」

 ソレル伯爵夫人の悲鳴をスルーし、ふたつめのホールケーキはセレスタンの顔に投げた。命中してズボッ。

 やった。

 ふふっ、今の私は誰にも止められない。

 国王陛下と第四妃、専属侍女たちは石化している。

 私はみっつめのホールケーキを持ち、令嬢たちに囲まれているアロイスに狙いを定めた。最低の裏切者、覚悟。

 その瞬間、どこかの誰かが叫んだ。

「第四王女、ご乱心ーっ」

 ご乱心?

 上等よ。

 権力の正しい使い方を覚えた。……ような気がする。不敬罪で問われない。それでも、限度はある。

「ベルティーユ様、王女としての義務です。お父様が困るのです。どうか、聞き分けてください」

「ベルティーユ殿下、ソレル伯爵家は王家にとって大切な家門なのです。幼くて理解できないかもしれませんが、どうか理解してください」

 仲裁役の宰相が割って入り、頑強な近衛騎士たちに囲まれ、私はホールケーキを近衛連隊長に渋々渡した。……うん、冷静沈着を背中に刻みつけたような近衛連隊長が今にも倒れそう。

「ベルティーユ王女、いい子です。いい子ですね……いい子ですからおとなしくしてください……お願いします。お父様やお母様のためです。ケーキが食べられなくなりますよ」

 どうして、こんなにソレル伯爵が強い?

 もしかしたら、ソレル伯爵が国王陛下の弱みでも握った?

 陛下どころか王室自体の闇が深すぎるのは知っている。

 裏で何かあったよね?

 それじゃあ、どんなに暴れても無理だ。

 ソレルとの婚約が避けられないのなら、利用価値の高い相手と婚約する。復讐のためにも入りこんだほうがいい。

 ……いや、次は騙されない。

 負けない。

 利用された分、利用してやる。

 最低の裏切者、次は私が利用する番よ。

 そのイケメン面、剥がしちゃる。

「……なら、アロイスの嫁になる」

 私が仁王立ちで宣言すると、大広間の時間が止まった。国王陛下も第四妃も宰相もソレル一派も首席侍女たちも近衛騎士たちもほんの一瞬で彫刻。

 みんな、聞こえたから固まったんだよね?

 そんなにびっくりした?

 し~んと静まり返った中、私は誘蛾灯の様に独身令嬢を寄せつけていた元婚約者に近づく。とてとてとて、と。

 エグランティーヌのように上品に歩けないから悔しい。

「アロイス、婿にしてあげる」

 よし、ちゃんと言えた。

 けど、筋骨隆々の大男は口を開けて固まったまま。

 ムカつくけど、こんな顔でもイケメン。

 最低の裏切者の顔をしなさいよ。

 朴訥で生真面目そうな顔をして婚約者を騙したのよ。

 ばあやもクロエもリアーヌも……エグランティーヌ時代の専属侍女も専属騎士たちも綺麗に騙されていたのよ。

 不誠実の塊のくせに、誠実そうな顔をするな。

 今度は化けの皮を剥いちゃる。

「アロイス、お嫁さんになってあげる」

 ペチペチ、とアロイスの黒いブーツを叩いた。頰にペチペチ攻撃を繰りだしたくても三歳児の手は届かない。

「……あ、アロイスは私の息子ですが、年が離れすぎています。ちょうど縁談も進んでいる最中です。レオンスが相応しいと思います」

 クリーム塗れのソレル伯爵が立ち直り、宥めるように言った。

 アロイスに縁談?

 ……だ、誰?

 アロイスは生涯独身宣言をしたんじゃなかったの?

 まさか、幼馴染みのニノン?

 ニノンは幼馴染みの立場を利用して、アロイスと私……エグランティーヌの仲をさんざん邪魔したわよね?

 ……って、ニノンが長い金髪をゆらゆらさせながら飛んできた。相変わらず、虫も殺せないような楚々とした美女に見える。

「ベルティーユ王女様、ご挨拶は省かせていただきます。可愛い姫殿下にはレオンス様がお似合いですわ。ダンスもお上手なの。ダンスの相手を命じてくださいませんか」

 ニノン、それで止めているつもり?

 やっぱ、ニノンがアロイスの婚約者候補なの?

 ……あ、愛し合っているの?

 許さない。

「アロイスがいいの」

 ひしっ、と私はアロイスの黒いブーツにしがみついた。

「アロイス様はお嫁さんにしたい女性がいます」

「誰?」

 自分だ、ってここでニノンは公表する気? ……うん、顔つきでは公表している? 縁談は進んでいるの? まだ国王陛下に結婚の申請はしていないよね? 許可が下りないと、婚約者と名乗れないよね? それ、最低限のマナーだよね? 曲がりなりにも男爵令嬢なんだから、それぐらいは知っているよね?

「この場ではお教えできませんが、アロイス様には心に秘めた女性がいらっしゃいます。アロイス様のため、わかってくださいますね?」

 この場で言えない? 

 家門同士の話し合いもまとまっていないの? 

「アロイスにする」

 いい加減に何か言え、とペチペチのグレードをアップしても硬直している。これ、本当に大陸で四人しかいないというソードマスター?

 王国にはひとりしかいないひとりよね?

「…………」

「アロイス、アロイス、アロイス」

 名前を連呼しても反応なし。

 これ、マジに魂が飛んだまま?

 ……いや、アロイスは私を騙した。

 今も騙している?

 返事をしたくなくてフリーズしたふり?

「アロイス、私を無視しても無駄よ」

「…………」

「アロイス、不敬罪」

 王女をスルーするなんていい度胸ね。

「…………」

「不敬罪で連座。ソレル断絶」

 父子ともどもボコボコにしてやりたい。せめて、もうちょっと筋肉をつけてから会いたかった。

「…………」

「アロイス、ソレル一族もろとも公開処刑」

 脅しにもリアなし?

 これ、マジに魂がいっちゃっているやつ?

 こんな男に私は綺麗さっぱり騙されたの?

「…………」

 過ぎ去りし日、無骨な婚約者は私の隣に立っているだけだった。手も握ってくれなかったから、はしたないと思いつつも自分から求めた。あの時のセリフをもう一度。

「アロイス、女に恥を掻かすものではなくてよ」

 ちょっと冷たく言ってから、アロイスの手を握った。……大きい……手が大きすぎる……私が小さくなったからだけじゃない。ごつごつレベルがアップグレードしたような感じ。

「……は?」

 ようやく、アロイスは正気に戻ったみたい。

「プロポーズする名誉を与えます」

「……は……」

 ソレルの勢力が強くても、アロイスはエグランティーヌを捨てた婚約者として厳しい視線に晒されている。同時に優良物件として独身令嬢のターゲットになっている。列強からも独身美女を使った引き抜き合戦が繰り広げられていると聞いた。ソードマスターの価値は計り知れない。

 あれから少しは女慣れしたと思ったのに今でもその態度?

 ……や、それも演技?

 ニノン相手だったら違うの?

 ニノンと仲がよかったよね?

 エグランティーヌとは……私とは違った顔を見せていたよね?

 いつも私には強張った顔。

「アロイス、余の娘に恥を掻かすのか?」

 国王陛下が脅すように言うと、ソレル伯爵は慌てて口を挟んだ。

「滅相もない。アロイスは武骨一辺倒の騎士です。ご容赦ください」

「余の姫とそなたの息子、婚約を結ぼう」

 国王陛下の有無を言わせぬ迫力に、ソレル伯爵は腰を折った。

「デュクロに光り輝く太陽にお許しいただけるのであれば」

「アロイスが余の姫と婚姻した暁には、公爵の地位と領地を与える。異論あるか」

「身に余る光栄」

 三歳の誕生日パーティーでアロイスとの婚約が決まった。当然、私にとって想定外の婚約だ。間違いなく、アロイスにとっても。



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