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第3話 華麗なるお披露目パーティー 1

 乳幼児の死亡率が高いから、三歳までが一区切り。

 生まれながらに魔力あるとわかっていたけれど、安心はできなかった。三歳直前、魔力が消えてしまうケースもあったの。

 三歳になっても魔力が消えなかったら一安心。

 魔力、って重要なのよ。

 デュクロ王国のみならず大陸史を振り返れば、魔力持ちが王侯貴族で、魔力なしが平民になったみたい。稀に王侯貴族でも魔力なしがいるから危惧していた。

 ただ、私にとって大切なのは魔力より筋肉。

 筋トレに励みすぎて何度も寝台から落ちたり、倚子ごと倒れたり、芝生で転んだりしたけれど、無事に三歳を迎え、待ちに待った大々的なお披露目。

 盛大な誕生パーティーが開催されることになった。

「ベルティーユ王女様、無事にこの日を迎えられて何よりでございます」

 首席侍女を筆頭に侍女たちが安堵の息を漏らすのも無理はない。立て続けに王女や王子が亡くなってしまった。第三妃や愛妾が懐妊中に息絶えた後、正妃や側妃たちに懐妊の兆しもなく、生存している王女は私のみ。

「あい」

 異母兄たちや異母姉たちは病弱だったらしいけど、私はとっても健康なの。これ、やっぱり赤ちゃんの頃から筋トレに励んだ成果?

「神に感謝を」

「あい」

「本日、エスコートをお願いしていた王太子殿下は体調が優れず、欠席されるそうです。ご心配なさらずに」

 国王陛下の息子は病弱な王太子だけなので、王宮は後継者問題に揺れていた。今日、私の誕生パーティーが大規模な理由。

「あい」

「レオンス卿にエスコートを頼みました」

 首席侍女になんでもないことのように軽く言われ、私は自分の耳を疑った。レオンス卿とはソレル伯爵の直系の孫だ。

 あいつ、第四王女の私と孫の婚約を諦めていなかったんだ。

「めっめっめっめっめっめーっ」

 首席侍女、裏切ったな。

 批判したいのに、感情が昂りすぎて舌の呂律が回らない。しまった。筋トレに気を取られすぎて、舌トレを忘れていた。

「レオンス卿はおいやですか?」

 首席侍女は宥めるような顔で私を覗きこむ。

 ムカつく……なんてものじゃない。

 あっという間にソレル伯爵は王宮に食いこみ、私の首席侍女を筆頭に侍女たちを手懐けた。どうも、買収したみたい。侍女たちの家門にも手を回した様子。

 私に対する包囲網がえげつない。

「めーっ」

 フリルとレースのドレスの裾を掴み、リボン付きの新しい靴で地団駄を踏んだ。断頭台を乗り越えた今、駄々っ子が最強だと知っている。

「困りました。エスコートがいません」

「お父ちゃま」

 叔父上……じゃない、父親のフレデリク八世陛下がいる。王国随一の権力者だ。わざわざエスコートはいらない。

「お父様にエスコートを頼まれるのですか?」

「あい」

「王女様のためにもエスコートはレオンス卿に任せたほうがよろしいと思います。第四妃様のためにも」

 首席侍女、優しい顔で脅し? ……脅しだよね?

 私の母、第四妃の実家であるラグランジュ侯爵家が度重なる魔獣の襲撃によって崩壊寸前だという。救ったのが、アロイス率いるソレル騎士団だ。正確に言えば、ソードマスターとなったアロイスでなければ、魔獣の軍団を討伐できなかったと聞いた。結果、ラグランジュ侯爵家はソレル伯爵に頭が上がらない。つまり、私の後ろ盾がソレル伯爵の言いなり。

「ソレル、いやでちゅ。ソレルなら行かないーっ」

 死んでも動くもんか。

 私は渾身の力をこめ、凝った意匠が施された円柱にしがみついた。

 首席侍女はこめかみを揉んだけど、ソレルの犬化が著しい亜麻色の髪の侍女がこれみよがしに鞭を取りだした。

「困りましたね。王女様に鞭の教育はしたくないのに」

 ……え?

 ……む、鞭?

 私に鞭?

 子供の躾に使うと聞いたことはあるけれど、エグランティーヌ時代に使われたことは一度もなかった。目に入ったことさえない。

 私に鞭なんて使ったら暴れてやる。

 悪女、上等よ。

 魔力の爆弾、作っちゃる。

 私の魔力の属性は火と風。

 属性ひとつの魔力持ちが大半なのに、私は王族直系の力を引いているから属性がふたつもあるの。

 紫色の火を顔面に浴びる覚悟をしてね。

「むぅ~っ」

 私の覚悟が伝わったのか、伝わらなかったのか、どちらか不明だけど、亜麻色の髪の侍女が鞭をしならせる。

 刹那、タイミングよく、国王陛下と第四妃が現われた。首席侍女たちは慌てて臣下の礼を取り、ソレルの犬は鞭を隠す。

 助かった。

「ソレル、エスコート、いやーっ」

 私が円柱にしがみついたまま叫ぶと、国王陛下は瞬時に理解したみたい。王者の風格を漂わせ、周囲を見回した。

「ベルティーユの生誕を祝うパーティーなり。余と一緒に登場するゆえ、エスコートは無用ぞ」

 陛下の言う通り、今日、エスコートはなくてもいい。直系の孫にエスコートさせたいソレルがねじ込んだ?

 さすがに、君主に異議を唱える者はひとりもいなかった。

 本番前から一悶着あったけど、ソレル伯爵関係者のエスコートは免れる。ただ、専属侍女たちに対する警戒心は募った。これ、どうしたらいい? なんの手も打たなかったら詰む? ……詰むよね?

 もっとも、悩んでいる間はない。

 誕生パーティーが華やかに開幕。

 各領主は当然のこと各国の使者も続々と集結した。

 処刑前、私は国王陛下の姪として何度も王宮のパーティーに参加した。デュクロの王位継承権を持つ公女として立つ位置も覚えている。

 今日はセンター。

 二回目の姫人生だけど、令和での人生が重くのしかかって慣れない。けど、怯えて震えたりはしない。

 国王陛下のエスコートで堂々と振る舞う。

「……おぅ……天使か?」

「なんて愛らしい」

「可愛いだけに非ず。王家の瞳を持つ姫君にはすでに王者の風格があるではないか」

 私を見た宮廷貴族は競うように褒めたたえた。

それそれ、エグランティーヌの子供時代にもさんざん聞いたよ。二度目だから舞い上がることもない。もっと言えば、本気にすることもできない。何かあれば、手の平を返すことを知ったから。

「王国一の美女……エグランティーヌ様の子供の頃にそっくりではないか」

「エグランティーヌ嬢の処刑日に誕生した姫君だ。生まれ変わりの噂がある」

 ……ほら、デュクロの生まれ変わり伝説、と王室付きの博士が小声で続けた。

「処刑直前、ソレル伯爵を呪った令嬢だろう?」

「稀代の悪女だ」

「悪女だが、投獄されても処刑前でも気品は失われなかったという。処刑に関しては今でも非難の声が多い……我が家門も非難している」

「外務大臣が外遊先から処刑中止の嘆願を出した時には処刑が終わっていたらしい。ソレル家を批判した」

 紫色の薔薇が飾られた大広間では、悪女として処刑された公女の噂があちこちで囁かれた。自分で言うのもなんだけど、私はエグランティーヌそっくり。

 血縁上、従姉妹だから似ても不思議じゃない。

 私もエグランティーヌも王家の象徴と言われる紫色の瞳だ。今のお父様にあたる国王陛下も紫色の瞳。

 私とエグランティーヌも艶々のプラチナブロンド。

 私もエグランティーヌの生まれ変わりに見えるように頑張った。髪型も髪飾りもドレスもエグランティーヌ仕様。

 ソレルの勢いを止めるためにも、エグランティーヌを忘れてほしくない。

「……エグランティーヌ嬢にそっくり……」

「エグランティーヌ嬢に似ているとは聞いていたけれど、まさかここまで瓜二つとは……」

 エグランティーヌの子供時代を知っている宮廷貴族は思い出しているのかな? 保身のため、ダルシアク家の悪口に花を咲かせるの? ソレル伯爵の裏の顔にまったく気づいていないのかな? 気づいても、生き残るためにソレルの言いなりに徹するの? それが貴族の生き方?

 主役が私でも人々の目的は王国の頂点に立つ国王陛下だ。暫くすると私を侍従長に託し、各国の使者と語らいだす。

 お母様の第四妃も外交に大忙し。

「ベルティーユ王女、王国の煌めく星にスーレイロルが御挨拶させていただきます。お誕生日おめでとうございます」

 外務大臣であるスーレイロル公爵から挨拶を受けた後、ヨチヨチ歩きの男児を紹介された。フリフリやリボンが似合うリアル天使。

 子供禁止のパーティーじゃないから、私目当てに各家から男児がやってきたみたい。

「あちゅ、でち」

 アルチュール、とスーレイロル公爵の孫は名乗りたいのに名乗れないらしい。恥ずかしそうに首まで真っ赤になった。

 それ、全私でわかる。

 ハニーブロンドのリアル天使は私の花婿候補かな?

 ……ん、由緒正しい大貴族の直系だから家柄的に狙えるか。

 ボク、真っ赤になって可愛いね。

「べるち、でちゅ」

 ベルティーユと名乗りたいのに名乗れない苦しさ。

 これ、なんとならないかな。

 十八歳で処刑された人生と令和の人生を足したら立派な中年ババア……初老かも?

 ボク、もじもじして可愛い。

 まだ三歳になっていないのかな?

 思わず、頭をなでなでしてしまった。

「あちゅ、かわいい」

「姫もでちゅ。姫、とってもかわいい」

 にっこり笑われて胸きゅん。

 今日、おばちゃんの誕生日なのよ。

 厨房がやけに張り切っていたから、美味しいスイーツが揃っているの。

 たくさん食べていってね、と言いたいけれど言う必要はない。

「あっち、ケーキある。一緒にモグモグちよう」

 スイーツが並べられたテーブルを人差し指で指すと、アルチュールは無邪気な笑顔を浮かべた。

「はい。うれちい」

 スイーツのテーブルを目指し、私がアルチュールと一緒にとてとて歩きだす。首席侍女は渋い顔をしたけど、スーレイロル公爵の手前、止めたりはしない。たぶん、王宮マナー的に止められないんだろう。

「まぁ、第四王女様がスーレイロル公爵家のご令息に親愛をお見せになられました」

「まぁ、姫殿下はアルチュール様をお気に召したご様子?」

「未来のスーレイロル公爵とお似合いですわ」

 周囲は私の行動に驚いたみたい? ……うん、アルチュールの家門は我が世の春みたいに勢いこんでいる?

 ……や、一番手のアルチュールに負けじとばかり、割りこむように財務大臣が息子を紹介した。

「デュクロの煌めく星、愛くるしい姫殿下、ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。この日を迎えられてほんに嬉しい。息子もお会いできる日を楽しみにしていました」

 挨拶は有力貴族と幼い息子のセットが続く。利発そうな男児も人形みたいな男児も生意気そうな男児も、だいぶ年上の少年も、成人前のギリ少年も、全員、私の婚約者候補だ。いつの間にか、アルチュール擁するスーレイロル公爵一派は視界外に追いやられた。

 ……って、セット紹介が途切れない。

 国王の娘を嫁に欲しい奴で溢れかえっている。

 ……いや、王太子殿下が病弱だから、私も限りなく王冠に近い。

 王配を狙っているのかな?

 私を傀儡にして、実権を握りたいの?

 やけに多い。

 私がマジ三歳だったらぐずっていたと思う。

 そろそろ、タルトのひとつも食わせろ。

「王女様、おりこうさんですね」

 侍従長に感心したように言われ、スイーツが用意されているテーブルを指した瞬間、悪魔が近寄ってきた。……や、人の皮を被った悪魔だ。

 裏切り者、と叫びそうになった。

 けど、すんでのところで思い留まる。スルーして私と同じ身長のマカロンのタワーに近づいた。なのに、ソレル伯爵は意に介さない。

「デュクロの煌めく星にソレルが御挨拶させていただきます。ベルティーユ王女様、お誕生日おめでとうございます。お目にかかれて恐悦至極」

 ソレル伯爵は穏和な笑みを浮かべ、私に臣下の礼を取った。子爵時代より派手な宮廷衣装に嫌みを言いたくなるけど我慢。

「あい」

 ソレル伯爵の隣には嫡子のセレスタンと孫のレオンスもいる。背後には断頭台の私を嘲笑ったソレル伯爵夫人とセレスタンの妻がいた。どちらも子爵時代の慎ましさは微塵も感じられないドレスとアクセサリー。

 ……え?

 ソレル伯爵夫人の首飾りと耳飾りは亡きお母様の形見だよね?

 セレスタンの妻の首飾りと指輪はダルシアク家に伝わる家宝?

 許せない。

 ……っ……駄目、駄目、駄目、ブチ切れちゃ駄目。

 アロイス……今日も一番の裏切り者はいない。

「孫のレオンスでございます。お会いできる日を楽しみにしていました。もう昨晩は興奮して一睡もできず」

 ソレル伯爵は猫撫で声で言いながら、緊張している男児を私の前に立たせた。祖父や父には似ても似つかない子供だ。真っ赤になるだけで、王女の私に挨拶ができない。

「あい」

 ソレル伯爵は直系の孫に挨拶するように急かした。背後のセレスタン夫妻も小声で必死に宥めている。

 けど、肝心の少年は真っ赤な顔でもじもじするだけ。

 控えめに言っても、可愛い。

 本当にあの裏切り者一族の子?

 思わず、血を疑ってしまう。

「王女様があまりにも愛らしいから声が出ないようです。仲良くしてくださいませんか?」

 ソレル伯爵に優しく言われ、私はふるふると首を振った。

「いやでちゅ」

 私の拒絶に驚いたらしく、ソレル伯爵は目を瞠った。

「お気に召しませんか?」

「あい」

「次は挨拶できるようになっています。許してくださいませんか?」

 いやなのは純情男児じゃない。

 裏切り者の父親だ。

「ソレル、裏切り者でちゅ。婚約者、ころちた」

 無意識のうちに、私の口は勝手に動いていた。

「……は?」

 海千山千の曲者が惚けた顔を浮かべた。ソレル伯爵夫人を筆頭にセレスタンや妻、周囲で聞き耳を立てている宮廷貴族たちも呆然と立ち尽くす。

「ソレルの婚約者、顔も手も洗えない地下牢。裸足で断頭台。痛い。怖い。悪魔」

 動きだしたら止まらない。私から靴を奪ったのはソレル伯爵夫人だ。断頭台に辿り着く前、私の足は血塗れになっていた。……あれ、凍傷になりかけていた? よくもったと思う。

「……そ、そのような噂を誰が王女様の耳に入れたのでしょう? 見直す必要があるのではありませんか?」

 さすが、稀代のワルは立ち直りが早い。

 流されてやるものか。

「ソレル、裏切り、有名。みんな、言っている」

「……お労しい。ベルティーユ王女様の周りにはしかるべき人材がいないようです。王女様のため、どうか働かせてください」

 これ、ここで拒否しなかったら、強引に婚約を押しこむ気?

「めっめっめっめっめっめーっ」

 私が激昂してゲンコツを振り上げると、国王陛下が第四妃を連れて戻ってきた。談笑していた外国の大使たちもいる。

「偉大なるデュクロの太陽、フレデリク八世陛下、帝国存亡の危機です。どうか第四王女様の盾になる名誉をお与えください」

 ソレル伯爵が恭しく礼儀を払うと、国王陛下は私とレオンスを横目で眺めながら言った。

「つまり、婚約か?」

 陛下、パーティーの場なのに、直接話法でズバリ切りこむ。

「婚約者となれば、王女様の盾にも剣にもなることができます」

 ソレルの伯爵の言葉を聞いた瞬間、エグランティーヌとアロイスの婚約話がまとまった時が蘇った。



 本来、諸外国にも家名を轟かせた名家の令嬢ともなれば、十歳を迎える前に婚約が整う。なのに、お父様が私を溺愛してなかなか婚約者を決めなかったから、列強からも求婚書が届いて大変なことになったんだ。ばあやも焦って、私を連れてお父様の前に立った。打つ手を間違えたら、開戦だもの。

『公爵閣下、由々しき状態ですぞ。いくらエグランティーヌ様が可愛くても、大帝国からの求婚は拒めません。下手をすれば戦争です』

 ソレル子爵は苦悶に満ちた顔で求婚書の束をお父様に差しだした。

『ソレル子爵、エグランティーヌを嫁に出したくない。生涯、私の手元に置いておきたい。よい手はないか?』

 お父様の本心にばあやは呆れたけど、ソレル伯爵は神妙な顔で人差し指を立てた。

『すべての問題を解決する手段はただひとつ』

『申せ』

『身分違いだと承知しております……が、敬愛する旦那様のため、エグランティーヌ様のため、エドガール様のため、申し上げます。どうか、私の次男にエグランティーヌ様の盾になる名誉をお与えください』

『……つまり、私の娘とそなたの次男の縁談か……あぁ、その手があったか……』

『婚約者となれば、エグランティーヌ様の盾にも剣にもなることができます』

『エグランティーヌとの結婚を機にアロイスには子爵位とそれ相応の資産を授ける』

 お父様は私をそばに置いておきたいたから、ソレルの申し出にあっさり乗った。格下のソレルの次男を婿に迎えたら離れることはないもの。夫婦でダルシアクのすべてを継ぐ弟を支えることもできる。

 ダルシアク公爵家は子爵位をもっていたから、私に婿入りしたアロイスが受け継ぐ予定だった。

 ソレル子爵家の次男坊にとっても悪い話じゃないと思っていたけれど。



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