ちっす。
おら、ベルティーユって言うの。
けど、まだ赤ちゃんだから自分でベルティーユって言えなくて「ばぶばぶ」なの。
……うん、恨み骨髄で死んだ後、こんなことをほざけるまで回復した。
ベルティーユ・ヴィオレット・エドヴィージュ・ラ・レ・デュクロ。
『ベルティーユ』のファーストネームを含む三つの名前は王族の証。国名でもあるファミリーネームの『デュクロ』も王族の証。ファミリーネームの前につく『レ』は国王の実子である証。『ラ』とファミリーネームは貴族の証。
典型的な王族の名前をもらった後、目が見えるようになったし、首も座わったし、寝返りも打てるようになった。
上品なお嬢様では生き残れなかった、と学んだエグランティーヌ人生を踏まえ、私は今日も逞しく手足の運動に励む。
魔力があっても魔力拘束具でアウト。
処刑エンドで身に染みた。
頼りになるのは筋肉だけ。
一日も早く、筋肉をつけちゃる。
「ばぶっ、ばぶばぶばぶばぶーっ」
いったい何がどうなっているのか?
ソレル子爵家は暴君の圧政を止め、領民を助けた効により、子爵から伯爵に陞爵した。世間的には英雄よ。ムカつくことにダルシアク公爵家の領地や財産をそのまま受け継いだ。各地にあるダルシアク公爵家の隠し財産も回収しているという。
その隠し財産を作ったのは、お父様じゃなくてソレルだ。
お父様は隠し財産を作ったなんて夢にも思わなかったはず。
あの野郎、筋肉をつけて、ぶっ飛ばしてやる。
弟の死亡も飛びこんでこないから生きている……よね?
絶対に生きているはず。
一刻も早くオムツを卒業しないと。
……うぅ、赤児の身体が恨めしい。
「……あぁ、ベルティーユ王女様を見ていると、亡きエグランティーヌ様を思いだします……赤ん坊の頃から目鼻立ちが整っていました……お労しい……」
首席侍女に涙目で覗きこまれ、私は手足をバタバタさせた。
「ばぶばぶばぶばぶばぶっ、ばぶーっ」
そんなの、国王陛下の王命があれば私は助かった。
領民が城に流れこんだ時、私の専属騎士が伝達の魔導具で救援を求めたよね?
お父様が撲殺された後、私はメンツをかなぐり捨てて直に伝達の魔導具で助けを求めたよね?
応対してくれた侍従長、陛下に伝えてくれなかったの?
『……なんと、領民の暴動ですな。我が国にあってはならぬ事態でございます。至急、陛下のお耳に入れ、対処させていただきます』
今でも耳に残っているわよ。
あの時、領民の暴動として処理してくれるものだと信じていた。
なのに、革命?
首席侍女の父親の宰相もダルシアク革命に関わりたくなくて黙認したんでしょう?
私を見捨てた側の奴らが何を言っているの。
いい子でなんかいられない。
私が怒り狂って暴れても、特注の揺り籠は揺れるだけ。花と人形で埋め尽くされた部屋で、首席侍女や侍女たちの噂話は続いた。
「エグランティーヌ様の遺体はダルシアク公の遺体とともに吊されたそうです」
私の死後はどうなったのか、尋ねなくても耳に入ってきた。
ひどい。
王国史を遡ってもありえない。
「エグランティーヌ様は投獄された挙げ句、処刑されて……いくらダルシアク様の残虐非道な振る舞いがあったとしても、令嬢には慈悲があってしかるべき」
「卑しき層が暴れたと聞いています。ソレル様は泣く泣く令嬢を断罪するしかなかったとか……今でもソレルの家門は泣き濡れているそうです」
「エグランティーヌ様の浪費も取り沙汰されたのです」
ズバリと指摘されたけど、私がなんの気なしに手にしていた宝石もドレスも手袋も高価なものだった。
今、こうやって改めて振り返り、お父様と私の罪を認める。
お父様は領主としての責務を果たさなかった。もっと言えば、お母様が亡くなって以来、ショックで果たせなくなった。革命までの半年間、すべてソレルに丸投げだったしね。足下を掬われても仕方がない。
私も本当に馬鹿だった。コンビニ弁当でさえ、高くて食べられなかった令和を知っているのに、何をやっていたんだろう。
ごめんなさい。
何度でも謝る。
革命として処理されても仕方がない。
「エグランティーヌ様の予算はいかほどでしたの?」
「噂では王女クラスの予算が充てられていたとか……領民の憎悪が向かってしまったそうですわ。ソレル伯爵も守れなかったことを悔やんでいるようです」
噂に聞く限り、裏切り者は巧みに仮面を被り続けている。ダルシアク革命の真相は藪の中。
「エグランティーヌ様はなんと言っても、国王陛下の姪御様でしたもの。処刑は天と地が裂けようともってはならぬこと」
「エグランティーヌ様の処刑は今になって非難されているそうです。議会でも取り上げられたそうですわ。列強も大神官長様も遺憾の意を示されたとか」
「いくら悪女と評判でも、デュクロの王位継承権にくわえ列強三国の皇位継承権もお持ちでしたから……」
私の処刑はやりすぎだと今になって問題になっているみたい。
……ま、ソレル一族の立場が悪くなるなら処刑された甲斐があった……とでも思わなきゃ、やっていられない。
死んだら終わり。
痛感したもの。
「それでなのかしら。ソレル伯爵が王室との絆を求めているそうです」
首席侍女の爆弾発言に私のささやかな筋肉が固まった。
「それってまさか、王室との婚姻ですか?」
「どんな理由があれ、王族を手にかけたことには変わりがありません。貴族社会では肩身が狭いのでしょう」
当然ですわ、と侍女たちは顔を合せた。
こらこら、そこで終わるんじゃない。
ソレルと王室の誰の婚約が持ち上がっているの?
私が手足をバタバタさせて急かすと、通じたのかもしれない。一番若い侍女が青い顔で私を覗きこみながら言った。
「まさか、ベルティーユ様ではありませんよね?」
「私も耳にした時は驚きました。陛下は即座に却下されましたが、しつこいようです」
……わ、私?
私がまたソレル一門との誰かと婚約?
ソレル伯爵の嫡男には妻がいたから違う。
まさか、またアロイスじゃないよね?
アロイスが生涯独身宣言をした、ってお喋りしていたのは侍女たちだけじゃない。お祝いにきた第四妃の出身家門や高位貴族たちも話していた。
……う……いくらなんでも、歳の差がありすぎるから違うよね?
第一、子供の死亡率が高いのに、乳児に婚約なんてありえない。
「ばぶばぶっ、ばぶばぶばぶばぶばぶーっ、ばぶばぶばぶーっ」
私は全精力を傾け、手足を振り回した。
「王女様、どうされました?」
「ばぶばぶばぶばぶばぶーっ」
「ミルクですか? 玩具ですか?」
ミルクはさっきたっぷり飲んだばかり。玩具は両手にダンベル代わりに握っているからいいわよ。ソレルの誰との婚約が持ちこまれたのか、教えてちょうだい。
「ばぶばぶばぶばぶばぶーっ」
「亡くなったエグランティーヌ様にそっくり……リュディヴィーヌ様にも……」
古参の侍女が私の顔を見つめながら感慨深く漏らす。
先日、古参の侍女は王宮に飾られている幼い私、つまり幼いエグランティーヌとお母様の肖像画の前に連れて行ってくれた。王女時代のお母様の話をしながら号泣し、私は慰めたつもりがミルクをねだったことになっていた。
「ばぶっ、ふんっ」
私よ、エグランティーヌの死をマジに悼んでいるなら教えて。
ひょっとして、生まれたばかりのセレスタンの息子?
名前は『レオンス』だっけ?
「……王女様?」
「ふんふんふんふんっ」
「言葉を理解されているような気がします」
……お、わかってくれた?
「ふんっ」
見て、私の真剣な目。
「どうされました?」
「ばぶっ」
専属侍女の手を掴み、渾身の足バタバタ。
「王女様、ご自分の婚約の話が出たの、わかりますか?」
「ばぶっ」
わかるから教えて。
「ソレル伯爵のお孫様との婚約を希望されますか? レオンス様です」
……あ、レオンス?
やっぱ、あのクソ長男の息子。
まだ子供……って、私は赤ちゃんだから年齢的にはつり合うか。
絶対にいやだ。
「ばぶばぶばぶばぶばぶっーっ。ぶーっ。ぶーっ」
「婚約、おいやなのですね?」
死んでもいやだ。
「ばぶっ」
エグランティーヌは淑女であろうと頑張ったのに悪女として処刑された。ベルティーユは悪女になっちゃる。悪女としてソレルを呪っちゃる。
食らえ、呪いのパンチ。
「国王陛下に進上します」
首席侍女が意を決したような顔で言い切ると、博学の侍女が躊躇いがちに口を挟んだ。
「そのような進上をして、お咎めを受けませんか?」
「ソレル伯爵は王室との縁を諦めきれないようですわ。国王陛下も内心ではお困りだと思います」
首席侍女がここまで言うのだから、ソレル伯爵はなりふり構わず、根回しに奔走しているのだろう。この様子では国王陛下の側近が買収されたのかもしれない。……うん、ソレルの買収テクニックはヤバいよ。何せ、ダルシアク内部は崩壊したもの。……あれ、今だからわかるけど、二重帳簿をつけていたんだよね。
「私、ソレル伯爵家との縁に反対します。エグランティーヌ様を救えなかったソレル伯爵家に姫殿下を嫁がせるなんて言語道断」
「私も反対します。第四妃様も断固として反対されています」
第四妃、今の私のお母様はソレル伯爵に買収されていない。
ほっとした。
第四妃は私を産んだ後、体調が優れず、公式の場には出ていない。それでも、私の顔を見ると幸せそうに微笑んだ。キスもこの上なく優しい。
私もなんの躊躇いもなく甘えられた。
国王陛下には父上っていう気持ちがわかないのに、第四妃には母上っていう気持ちがわくから不思議。
令和の毒母に傷つけられた心が癒された。
「ベルティーユ様はエグランティーヌ様の処刑日に誕生されています。生まれ変わりかも知れませんね」
若い侍女が独り言のように言うと、ほかの侍女たちも賛同するように相槌を打った。
「……あ、生まれ変わり……そうですわね……」
「美貌の誉れが高かったエグランティーヌ様と同じ色をお持ちです」
「……えぇ、輝くばかりのプラチナブロンドに淡い紫色の目はエグランティーヌ様そのものですわ」
「デュクロ第五代国王陛下はデュクロ第三代王弟殿下の生まれかわり、と公言されたと残されていましたわよね?」
博学の専属侍女が思い出したように言いながら、本棚に並べられている王国史に視線を流した。赤ん坊の頃から、絵本ではなく王女必読シリーズが収められているから半端ない。
「そういえば、デュクロの初代国王陛下は乱世に処刑されたデュクロ公子だと綴られていましたよね?」
嘘か真実か定かではない王家秘話を遡れば、デュクロ家には転生の力があるのかもしれない。無念の死を遂げ、記憶を持ったまま転生して大成した伝説みたいなやつ。
私も伝説、作っちゃる。
「…………エグランティーヌ様がお転婆だと聞いていませんが……ベルティーユ様はお転婆……お元気ですこと……」
お転婆王女?
それがどうした!!
私は渾身のバタバタを披露し続けた。
どんな手を使ってでも裏切り者一族との婚約は回避する。
冗談じゃない。
第四妃や首席侍女たちが反対してくれるのが不幸中の幸い。ふんふんふんっ、と力んでいると、一番淑やかな侍女が悲痛な面持ちで部屋に入ってきた。
小声で首席侍女たちに何か告げる。
「……な、なんてこと……」
「これも神の思し召しですか?」
「神の思し召しでも無慈悲でございます」
いったい何があって泣いているの?
まさか、エドガールが掴まって殺されたの?
ぽいぽいっ、と私は握っていた玩具を侍女たちに向かって放り投げる。
わかってくれたのかな?
首席侍女は苦海に落ちたような風情を漂わせて私に語りかけた。
「デュクロの煌めく星にご報告申し上げます。第二王女様の熱が下がらず、雲の坂を上られたそうです。異母姉上様のご冥福をお祈りしましょう」
想定外の訃報に喉が詰まりそうになった。
「……うっ?」
ぶわっ、と涙が溢れた。
ベルティーユとは異母姉妹だし、歳も離れていたし、これといった交流はなかったけれど。
エグランティーヌとしては第二王女の誕生を知っている。お父様やエドガールと一緒にお祝いしたのよ。
「ベルティーユ王女様もおわかりなのですね。こんなにお泣きになられて……第二王女様、お労しい……」
第二王女の訃報により、王宮は悲嘆に暮れた。
第二王女の喪が明ける間もなく、第三王女は風邪をこじらせ、第一王女が馬車の事故で天に召された。相次ぐ悲劇が偶然だと思えない。……思いたくない人々もいる模様。
いつしか、王宮には『エグランティーヌの呪い』という噂が飛び交うようになった。
群雄割拠の時代、魔法師が魔力で呪いをかけ、敵を破滅させたという伝説が各地で残っている。建国時、呪いは禁止された。魔法師も魂の誓いにより、呪いの仕事は引き受けられないことになっている。呪い自体、今では眉唾物なんだけれど、人の心には刻まれているみたい。自称・魔術師による呪い系の詐欺も多発していると聞いた。
「王女様が立て続けに亡くなるなんて、呪われているとしか思えません」
第四王女の専属侍女たちは、血の気のない顔で震えあがっている。呪い封じ、という触れこみの魔石を寝台や扉の近くに置いた。
「気持ちはわかりますが、滅多なことを申してはなりませぬ」
「エグランティーヌ様を救えなかった呪いだとあちこちで噂されています」
「王太后様のおわす離宮でも噂になっていますわ」
「誓いを破った魔術師が命をかけて呪っているのではないか、と魔塔でも問題視されているそうですわ。エグランティーヌ様が処刑前に依頼したのではないのでしょうか?」
心外だ。
私は呪っていない。
相次ぐ不幸、身が張り裂けそうなくらい悲しい。
泣き続けて目も痛いし、頭も重い。
渾身のバタバタで濡れ衣を晴らそうとしたけど無駄。
一年後、第二王子が落馬して亡くなり、王室は塗炭の苦しみに塗れ、エグランティーヌの呪いという噂に尾鰭がつく。
なのに、私が呪ったソレル伯爵はピンピンしているし、王宮で着実に勢力を伸ばしていた。
いったいどういうこと?
私の呪いじゃないことは確かよ。