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第32話 カーベル一家のひととき

Szene-01 ダン家


 魔獣討伐も終わり、召集されたダンとヘルマ、エールタインとティベルダの四人は、ダン家に帰宅した。

 ダンとヘルマはそれぞれの部屋へ、エールタインとティベルダは、汚れた衣類の洗濯や装備の手入れを始める。

 エールタインの無事にホッとしたヨハナを交え、興奮冷めやらぬティベルダを中心に、今回の一件について会話を弾ませた。


「エール様の動きがすっごく速かったんです! 私は目で追いかけるしかできなくて、見守るだけで……」

「ティベルダが見てくれているから安心して突っ込んでいけたのさ。怪我をしても大丈夫だからやるんだ! ってね」


 ヨハナは、話の内容が初めての戦いのはずなのだが、終始楽しそうに話す二人を見て笑みが絶えない。


「でもエール様。その考えは危ないですからね。どんなことでも過信は禁物です」

「えー。だってさ、ティベルダがヒールを使えるなら活用するべきじゃない?」

「そのヒールが使えない状況に陥っていたらどうするのですか? ティベルダは能力を持ってはいますが、普通の女の子です。やはりご自身の剣術に合わせた動きをなさった上で、動かれた方が良いですよ」


 反論できないことを言われて、エールタインは肩を落とし、小さく息を吐いてうなだれた。

 主人の反応を見て、ティベルダは思わずクスっと笑う。

 と同時に、誇らしげに胸を張り、瞳に確かな喜びをにじませて言った。


「エール様が私を頼ってくださっている。私が必要なのですね!」

「そりゃそうだよ。ボクがあの時加勢しようと思えたのはティベルダがいてくれるって思えたからだよ」

「うふふ、ふふふ」


 ヨハナに家着への着替えまで手伝ってもらったティベルダは、主から褒められてご機嫌だ。


「エール様はすごい量の血を被ったのですね。ほとんど固まってきていますよ」

「うん。ひどい臭いで重いし固いし気持ち悪い。魔獣相手に戦う時は着替えを持っていくべきだね」

「ティベルダの荷物が増えそうね。それにしてもいきなり戦闘なんて無茶をなさって……予想はしていましたけれど」


 エールタインは、装備をベルトや衣服が傷まないように取り外しつつ、反論した。


「だってさ、ダンとヘルマに何かあったら嫌だよ。助けに行くでしょ」

「でもそれは命令違反。結局ダン様が苦労されたのですよ?」

「助けに行くことの何が悪いの?」

「エール様は見習い剣士です。剣士の仕事に割って入ることは許されません。足を引っ張ることになりかねませんから」


 父の従者であったヨハナからの助言に、エールタインは言葉を詰まらせる。


「私が、エール様を向かう気にさせてしまったことがいけなかったのです。ご主人様を危険な目に合わせるようなことを言って……止めるべきでした。主の思う結果を出すために動く立場ですけれど、思い留まるような一言をお伝えできていたら……」


 服を着替えた場所のまま立っていたティベルダは、笑っていた主の仕種を自身がしてしまう。

 ヨハナは明るさから一転、暗い雰囲気になってしまった二人を見てやさしい笑顔を作る。


「エール様。あなたがまだ見習いだからこそ得た経験です。これが剣士の立場だったら処罰は免れないでしょう。デュオとして何を気にしなければいけないのかを知ることが出来たのではないですか? こうしてあなたの従者も反省点を見つけています。少々乱暴ではありましたが、二人にとって意味のある行動だったと私は思いますよ。こんなことを申し上げてはいけませんね。奴隷という立場をわきまえない発言をしましたことをお許しください」


 血で固くなった服を脱いだエールタインは、水に浸した布を絞ったところで、ヨハナに向けて頭を下げた。


「ごめんヨハナ。その通りだと思う。命令に背くということは隊員が予想していない状況になるわけだし、そのせいで犠牲者が出たかもしれない。デュオとして形になっていないからティベルダを危険にさらしていたことになる。ヨハナ、ありがとう。ボク、剣術のみにこだわらず色んなことを学んでいくようにするよ」


 ヨハナはニコッとしてから立ち上がり、エールタインに頭を下げた。


「感謝の言葉なんてとんでもないです。ところでエール様、そのままでは身体に障りますので汚れを落として服を着てくださいまし」


 エールタインが腕を拭うたびに、汚れの下から白く滑らかな肌が現れ、それはまるで陽の光に包まれた絹のように柔らかく輝いていた。


「は、はあ……奇麗」


 さっさと汚れを落としていくエールタイン。

 ティベルダは主の姿に釘付けとなり、立ち尽くしたままだ。


「あらら。ティベルダがご主人様に見惚れていますよ?」

「え。ボクは傷があるしアザも多いし、見ていていいものではないと思うけどなあ」

「と、とても奇麗です……」


 ティベルダは立つことだけが精いっぱいで、まるでその場に縫い付けられたかのように動けず、全身から力が抜けていくのを感じていた。

 口まで半開きになっていて目の色がオレンジに光り出す。


「ティベルダ? あらら。目の色が変わるとは聞いていたけれど、見られるとは思いもしなかったわ」


 エールタインは片脚を壁に掛け、軽やかな動作で汚れを拭うと、ふと振り返った。

 その仕種には、無意識の優雅さが漂っていた。


「あれ? なんで変わっているのかな。アザとか傷を見たら治したくなったとか?」


 ティベルダは口をだらしなく開けたまま主人の質問に答えた。


「ひゃい。いくらでも治してさしあげまひゅ。今日は一緒に寝てくだひゃい」

「なんだか呂律が回らなくなっているね。休んだ方がいいのはティベルダじゃないかな」

「それならエール様が一緒に寝てくだされば治りまひゅ」

「ははは。結局一緒に寝るんだね。いいよ、一緒に寝ようか」

「きゃっ! ふふ、ふふふ」


 二人のやりとりを見ていたヨハナは、驚きを隠せない。

 気が抜けてふにゃふにゃになったティベルダは、ヨハナの持っていた印象を覆しそうになっていた。


「エール様。この子ってこんな風になるんですか?」


 両脚も拭き上げ、全身奇麗になったエールタインが、着替えを取りあげて答えた。


「そう、だね。今日は一段とって感じだけど、二人きりのときならよくあるよ」

「あまり気にしていらっしゃらないようですね」

「ん? ボクのことを好きだって気持ちを伝えてくれているんだ。可愛いしうれしいよ」

「はあ。確かにお二人は相性が良いのかもしれませんね」


 ヨハナは、二人の間に流れる特別な空気を感じ取りながらも、その世界に踏み込むことができない距離感を意識しているようだった。


「そういえばこの前もエール様を探して慌てていましたね」

「ティベルダは不安に押しつぶされそうだったから。うちに来て安心してくれたんじゃないかな。思っていた以上にかわいくて感謝しているんだ」


 着替え終わったエールタインと同時にヨハナも片付けを終わらせた。

 見習いデュオはようやく身体を休ませる時を迎えた。

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