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第31話 一件落着

Szene-01 レアルプドルフ、鐘楼前広場


 鋭い牙を露わにしたヴォラストレクスの巨大な頭部が荷車に揺れながら運ばれる様子は、まるで町そのものを威嚇するかのようだった。

 ダン剣聖率いる小隊の足取りは疲労を滲ませつつも、どこか誇らしげに見えた。

 久々に町に現れた大型魔獣の登場は、町民たちの好奇心と恐怖心を掻き立てた。

 広場に駆け寄る者、窓越しに怯えた表情を浮かべる者、心の内に沸き上がる感情は人それぞれだ。

 荷車はゆっくりと鐘楼前に止まり、その巨体はやがて陳列台のごとく鎮座した。

 ヴォラストレクスの頭部は、まるで町の過去と未来を見つめる番人のように、鋭い眼光を放っているかのようだった。

 荷車を囲んだ討伐隊は、頭部から滴る鮮血と狩りの記憶を目に焼き付け、静かにその達成感を噛みしめた。

 冷え込む夜風が彼らの汗で濡れた顔に触れ、疲労と充実感が交差していた。

 出迎えた町長が拍手をしながらダンに歩み寄り、剣士たちを称える。


「おお、これはまた圧巻ですね。久しぶりだからでしょうか、思わず身構えてしまう迫力があります。何はともあれ、全員無事に戻られたということが最大の功績でしょう! ダン様、そして何より剣士様、本当にありがとうございます! 町は守られました」


 町長の拍手は鐘楼前に響き渡り、まるで勝利を祝う鐘の音のようだった。

 剣士たちはその労いの言葉を心に受け止め、堅くこわばった表情が次第に安堵へと変わってゆく。

 彼らの胸には静かな喜びと共に、剣士としての誇りが芽生えていた。

 町長の拍手に誘われるように、誰からともなく拍手が連鎖してゆく。

 町を守り切った十年前以来、戦争は起きていない。

 守り切るだけの戦力を持った町として、他の町や国から認知されていることもあり、平和に過ごすことができている。

 それは、良くも悪くも、実際の戦いを経験した剣士が少なくなる要因となっていた。

 魔獣討伐といっても主なものは小型から中型までであり、人を殺めることはほぼ無い。

 旅人の護衛の際、まれに対人戦が発生する程度の日々に、喝を入れるような今回の騒動。

 剣士の町としては、久しぶりに漂う戦の空気となった。

 平和が長く続くことを願うも、悲しいかな、戦いがなければ剣士は成り立たない。


「なんだよ、あの血まみれな見習いは」

「ダン様の弟子らしい」

「ああ、ダン様の……まだ見習いだよな。後衛じゃなかったのか?」

「そのはずだが……」


 ヴォラストレクスの血を全身に浴び、一部を残して赤黒くなっているエールタイン。

 隣にいるルイーサも、足元に血しぶきの跡を付けている。

 ランタンの灯りで浮かびあがるそれらの姿と、染み付いた獣の臭いが漂っていて非常に目立つ。

 剣士たちは、全身血まみれのエールタインの異様な姿に目を留め始め、ざわつきながらさまざまな意見を交わした。

 その視線はまるで不可解な謎を解こうとする探偵のように、二人の姿を食い入るように追いかけていた。


「ダン様、始まりましたよ」

「だな。苦情係までやらなければならんのか……剣聖というのも楽じゃないな」

「偉い人が苦労をすることで皆がまとまるのです」

「ええい、分かっている! ヘルマよ、最近助言に棘を感じるぞ。俺のことを知り尽くしているはずだろ。わざわざ言わなくても分かっていることをあえて口にしているように思うのは、気のせいか?」

「私はいつもと同じでございます、ご主人様。さあ、皆の目がこちらに向き始めましたよ」


 ダンは、怪しいと言いたげな表情のまま、剣士の集まりへと視線を向けた。

 剣士の一人が、意見を述べるために一歩前に出る。

 その姿を目にしたダンは、剣士に向けてうなずき、発言を認める合図をした。


「僭越ながら申し上げます。そちらの二組のデュオについてです。見習い剣士とお見受けしますが、魔獣の血を浴びている様子。魔獣討伐に参加したと捉えてよろしいのでしょうか?」


 ダンとヘルマが想像した通りの質問が投げかけられた。


「うむ。当然の疑問だ、説明をしよう」


 ダンはゆっくりと町長の横を離れ、見習い二人の元へと向かった。

 その足取りは決然としており、一つ一つの動作に討伐隊長としての威厳が込められていた。


「この者たちは討伐に参加した」


 剣士たちは、皆ざわつく。

 列の後方では、その言葉で知った者もいて、あちこちから疑問の声が聞こえだした。


「もちろんこれには理由がある。隊員全員は、休みなく攻撃をしていた。しかし魔獣は大型だ。こいつが倒れるより前に、剣士たちが倒れる可能性が高くなっていた。そこで俺の従者に伝令を頼み、この者たちを呼んだのだ。選んだ理由は言うまでもないだろう」


 質問をした剣士が、用意していた言葉を飲み込んだような仕草をする。

 続ける言葉がないのか、しばし間が空いたあとに一言絞り出した。


「……わかりました。ご説明ありがとうございます」


 他の剣士たちも、ダンに向けて小さく頭を下げた。

 ダンは、長めに鼻息を出してから、大きく息を吸い込んだ。


「こいつらが魔獣討伐を締めくくってくれたのだ。ぜひとも称えてやって欲しい!」


 困惑の色を拭い去れない者の顔がちらほらと見える中、列の奥から一つ、乾いた手拍子が響いた。

 それは徐々に伝播し、やがて力強い拍手の波となり、空気を一変させた。

 たちまち広がり、気づけば全員が拍手をしていた。

 その光景にダンは気をよくし、士気を維持できるよう、鼓舞をする。


「皆、よくやった。俺たちの存在を、再び他国に知らしめるよい機会となった。この空気を胸に、より一層の修練を頼むぞ!」


 剣士たちは、一斉に声を上げた。


「おー!」


 ダンは町長から握手を求められそれに答える。

 その横で、エールタインは、いたずらっぽくティベルダにウインクを送り、無邪気な笑顔を浮かべた。

 その仕種には、少女としての魅力があふれていた。

 感激したティベルダは、それに答えようと片目閉じに挑むが、かなわない。


「エール様……それ、できないです」

「あはは。両目で十分可愛いよ」

「できたらエール様が私のことを好きになってくれると思うので」

「ええ!? 好きだけど。いつも言っているでしょ」


 エールタインの腕を、グイグイと引っ張るティベルダ。


「もっと、もっともっと、もっと! もっと好きになってください!」

「どうしたの。そんなに言わなくてもちゃんと大好きだって。討伐が怖かったのかな」


 上目遣いでエールタインを見つめるティベルダ。

 エールタインは、ティベルダからランタンを受け取って後ろ向きにしゃがむ。

 あたかもランタンの調子が悪いようなフリをしながら、ティベルダを呼んだ。


「手伝ってくれる?」

「ランタンがどうかしましたか?」


 ティベルダも主のそばにしゃがんだ。

 すると主人は、顔を従者に近づけて口角越しにキスをした。


「みんなが見ている前でするのは大変なんだよ。これで少しは納得してくれた?」


 絶好調なランタンを、直しているふりを続ける主人を見つめたまま、ティベルダは慌てた。


「あ、は、あの……ここまでしてくれるなんて」

「だって、ティベルダが納得してくれないんだもん。血まみれだから臭いけど、するしかないもん」


 エールタインは、何もしていないランタンを持ったまま立ち上がった。

 目を見開いたままのティベルダも、つられて姿勢を戻す。

 主から持つように目の前へ出されたランタンを持ち、しばし固まっていた。


「もう夜も更けている。今回はこれで終わりとしよう。皆も疲れただろうからゆっくり体を休めてくれ。では解散!」


 ダンの言葉で締めくくられた今回の一件。

 町が平穏へ戻るように、剣士たちは自宅へと戻っていった。


「はっ、気に入らねえなあ。なんでお咎めなしで納得しちまっているんだよ。筋が通ってねえんだよなあ」


 鐘楼前の広場をじっと眺めていたひとりの男。

 今回の締めくくりに全員が納得したわけではないようだ。


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