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第30話 収束

Szene-01 レアルプドルフ西側森中、ギャップ


 エールタインたちの地道で、かつ、執拗に畳みかけた攻撃によって、ヴォラストレクスは倒れる寸前にまで弱っていた。

 一方で、参戦していた剣士たちも、疲弊しきって後退するものが増えていた。

 長期戦を意識するほど苦戦していたところで、突如現れた二組の見習い剣士が来なければ、勢いは衰えていただろう。


「ああもう! 腕力が足りないのか剣裁きが下手過ぎるのか。硬くて刺しにくいったらない!」


 エールタインは、赤く光っている部分を片っ端から刺してまわっている。

 だが、ヴォラストレクスも、巨体ながらも滑らかで柔らかい動きを生かして反撃する。

 巨大な前足で地面を叩きつけ、大地に亀裂を入れるほどの衝撃波を出すなど、簡単には剣士を寄せ付けない。

 エールタインも、思うように刺せずにイライラが募るばかりだった。


「エール様! 修練だと思って色々試してください! 後で私が癒して差し上げますから!」


 ヴォラストレクスから浴びた血で動きを制限され、疲労も感じていたエールタインは、ティベルダの声で足を止めた。


「……それ、ご褒美だ! よし、もっと色々試してみるよ」


 そのやりとりに聞き耳を立てていたルイーサが、口には出さずにエールタインの支援に動く。

 大剣を地面に刺して身を持ち上げると、硬い皮膚の節に足を掛け、魔獣の首めがけて駆け上がった。

 エールタインが刺した、ヴォラストレクスの首にある傷口を見つけると、薪割りをするように大剣を振り上げた。


「あの二人、主従関係なのよね。仲が良過ぎない? イライラしてきたわ」


 大剣の振り上げをより高くして、振り下ろす力を増すと、傷口に向け、怒りとともに刺し込んだ。


「何よ、従者と! そんなに! 仲良く! するなんて! 変わった! デュオね!」


 振り下ろす度に、一言ずつ発するルイーサに、ヒルデガルドも一言申した。


「私とは仲が良くない、ということですね……残念です」


 難なく主人に付いてきたヒルデガルドは、ルイーサの横でつぶやいた。

 大剣を振り上げた所でピタリと止まるルイーサは、従者へと振り向いた。


「は!? あなたとは仲が良いどころではないでしょ! まったく……終わったらいつものようにさせなさい!」


 しょんぼりしていたヒルデガルドは一転、満面の笑みへと変えて叫んだ。


「いくらでもお好きなだけしてください! ルイーサ様、大好きです!」


 ヴォラストレクスの頸椎に届いた大剣が、大きな金属音を発した。

 ルイーサは、手にしびれを感じたが、愛する従者からの言葉が痛みを無きものにした。


「そうよ、あなたはそれでいいの。いつでもその気持ちを伝えないと、許さないんだから」


 ルイーサは、大剣の先を頸椎に到達させたまま、ダンに尋ねる。


「ダン隊長! 首は落とした方が良いのですか?」


 二人の見習い剣士が付けた傷口を眺めていたダンは、その数と刺し傷の鮮やかさに舌を巻いた。

 ルイーサの声が彼の耳に届いた瞬間、驚きの余韻が霧散し、現実に引き戻された。


「あ、ああ。首を持ち帰った方が町民も少しは安心してくれるだろう」

「ではそのように」


Szene-02 レアルプドルフ西側、東西街道上


 剣聖のダン率いる小隊は、犠牲者無しという理想的な形で大型魔獣を討伐した。

 ただ、この討伐を完了させることができたのは、命令違反者の加勢によるものが大きい。

 この点について町長がどのような反応をするのか。

 事と次第によっては、エールタインとルイーサの二人、そしてそれぞれの従者は罰を科せられることになる。

 それはさておき。

 行商人を襲ったと思われる大型魔獣を倒した、という実績を上げた小隊の剣士たちは、ヴォラストレクスの首を、数組のデュオで森から東西街道へとひきずり出した。

 伝令が討伐完了を町長へ知らせに行き、その帰りに荷車を引いてやってくる。

 魔獣を手懐けることが困難であるため、馬車などはなく、荷車は人力である。


「ダン様。荷車を持ってきました」

「おお、ありがたい。このまま引きずると町へ着く頃には削れて無くなってしまいそうだからな」

「こいつの肉は硬いから大丈夫でしょうけど、恰好がつきませんよね」


 皆から、軽い笑い声が漏れた。

 森を出るまでの剣士たちは、ヴォラストレクスの首と共に緊張感も引きずっていたが、張り詰めた空気から解放されたことを実感し、気分は晴れていた。

 和やかな雰囲気で戻った剣士たちの列に、街道上で待機していた他の見習い剣士たちも合流する。


「魔獣を討伐したのですね!」

「ああ。おまけに全員無事だ。君たちもご苦労だった。町へ戻るぞ」


 血まみれのエールタインとブーツに血の付いたルイーサが、見習い剣士の従者が持つランタンにより暗闇の中で浮かび上がる。

 なぜ見習い剣士がそんな姿にと、指示通りにしていた見習い剣士は首を傾げるが、討伐成功の雰囲気にのまれて隊と共に町へ戻ってゆく。

 隊列に混ざって歩きながら、ヒルデガルドはルイーサに話しを振った。


「今回も試せなかったですね」

「試す場面がなかったのだから仕方ないわ。気にしてくれてありがと。私は忘れていたから」

「うふふ、そうでしたか。でも、もし試すことができていたら、さらに華麗な立ち回りをなさるルイーサ様が見られたかもしれないと思ったので」

「今回は、場数の少なさが露呈していたもの。それに変な力が入っていたし。修練の足りなさを実感したわ」


 そう言ってルイーサは、ヒルデガルドの腕を掴んだ。

 掴まれたヒルデガルドは、小刻みに震えている主人の腕に驚く。


「ルイーサ様、無事に終わったのです……夜はいつも通り添い寝をさせてください」

「添い寝? 私があなたを抱いてあげているのよ。勘違いしないでちょうだい」

「申し訳ありません」


 ルイーサは、町役場前に着くまでヒルデガルドの腕を掴んだままだった。

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