Szene-01 レアルプドルフ、西側森中
剣士たちが四方から斬り込む剣や、飛び上がって降り立つ際の足音などが畳みかけて森に響き渡る。
その中には、大型魔獣ヴィラストレクスのうなり声も混ざっていた。
「ティベルダ、音が近くなったね」
「はい。剣士様たちの邪魔にならないように気を付けましょう」
「うん。その一言助かるよ。この勢いでそのまま魔獣に突っ込む気だった」
「やっぱり。修練では、剣士様の盾には惜しまずなれ、何があっても剣士様の無事を優先しろと習いましたので」
ティベルダは父親に厳しく育てられた。
いや、厳しい訓練を強いられ、能力の高い奴隷として育てられたと言うべきか。
「ティベルダはしっかり訓練を受けてきたんだなあって感心するよ。どの子もいっぱい訓練してきているんだろうけど」
「今となっては、訓練のおかげで、エール様のお役に立てるのかもって思えてきました」
「いてくれるだけでボクは助かっているよ。訓練に耐えてくれたから、こうして出会えたんだ。ありがと」
「またですか? 私はもうエール様のとりこですから、そこまでがっちり掴まなくても……」
エールタインは、その場で足を止めた。
ヴィラストレクスの姿を目にしたからではあるが、おもむろにティベルダと向き合い、両腕を軽くつかんだ。
「あのね、とても温かい気持ちにさせてくれるティベルダを、絶対に離したくないんだよ、絶対に」
「エール様……」
エールタインは、ティベルダを引き寄せると、一瞬だけしっかりと抱きしめ、すぐに離した。
「さてと。魔獣が思ったより大きいけど、ダンたちがずいぶん弱らせたみたいだね」
「剣士様たち、かなり疲弊しています……」
「うん。来て正解だったね。いくよ、ティベルダ!」
「はい!」
ティベルダの背中にポンッと手を当て、エールタインは戦闘開始の合図をした。
Szene-02 レアルプドルフ、西側森中獣道
エールタインたちの後を追うルイーサ一行は、ヒルデガルドがルイーサを連れて行く形で駆けていた。
体力の消耗が極端に少ないヒルデガルドは、その恩恵による驚異の持久力が最大の強みだ。
途中で主人の代わり大剣も持つが、休まずに走り続けていた。
「あなたのその力、分けてもらえないかしら」
「できるならぜひ差し上げたいのですが、能力が無くなると私の価値がなくなります。明日から野宿生活になってしまうので、このままではだめですか?」
「ちょっと! 能力とかそういうことであなたのことが好きなわけじゃないの……まったく、ちゃんと私のことをわかってよ!」
引っ張られたままそっぽを向くルイーサは、つまずいて転びそうになった。
「あっ!」
「ルイーサ様! 足は大丈夫ですか!? 捻っていませんか? ああ……お、お許しください、つまらないことを口走ってしまいました」
「困った子ね。あなたがそんなことを言うから、びっくりして転びそうになったじゃない。気を付けてよね」
ヒルデガルドは、身を翻して何度も深々とお辞儀をすると、ルイーサは、何も言わずに手を差し出した。
改めて主の手を掴んで走り出したヒルデガルドは、控えめな笑みを浮かべ、再び駆けだした。
主人の駆ける調子に合わせようとしたとき、ヴィラストレクスの姿が目に入った。
「もう到着していたようです」
「ええ、そのようね。剣を持つわ」
ヒルデガルドから、大剣と共に巾着袋を受け取ったルイーサ。
袋を腰に装着し、大剣の柄頭に小指を当ててから両手で握る。
ガードへと滑らせ、好みの位置で握りを強めると、戦闘意識に火がついた。
「では参りましょうか」
「はい」
この瞬間、もう一組のデュオが、魔獣討伐に参加することとなった。
Szene-03 レアルプドルフ西側森中、ギャップ
短剣を両手に持ち、走り回るエールタイン。
主人の動きに合わせて立ち位置を変えるティベルダ。
見習い剣士が、実戦に参加した瞬間だった。
「おい、エールじゃないか! なぜいる!?」
「ごめーん! きこえなーい!」
エールタインは、ヴォラストレクスの後ろに回り込みながらダンに答えた。
「あいつ……やりやがったな」
「エール様は、我慢ができなかったようですね」
「そこを我慢するのが見習い剣士の仕事だろうに」
「あきれているうちに、弟子が手柄を横取りしそうな勢いなのですけど」
エールタインは、短剣を一本腰に戻したその瞬間、空中へと大きく跳び上がった。
短剣を両手で持ち、ヴォラストレクスの首根に向けて一刺しし、即離脱した。
しかし、刺した場所は黒い岩のように硬い皮膚で、短剣の刃先は微塵も刺さらなかった。
着地するとそのまま助走もなしに跳びあがり、ヴォラストレクスの左わき腹を蹴って背中越しに回り込み、右肩に乗る。
巨体のわりに神経質なヴォラストレクスは、左わき腹への蹴りの衝撃に反応し、思わず頭を左へ振った。
巨大な首が捻り伸ばされると、溶岩のように赤く光る皮膚が闇の中で際立ち、エールタインは、狙っていた瞬間の訪れに口角を上げる。
逃さぬよう下りる速さに体重を乗せて威力を増し、両手でしっかりと短剣を突き刺した。
短剣とはいえ、刃をすべて押し込むと、ヴォラストレクスは鋭い痛みに襲われた。
傷口から鮮血が噴き出し、突如襲った痛みで首を乱暴に振り回し始める。
てっきり、剣を抜いたあとに噴き出すものだと思っていたエールタインは、血を浴びて驚いた。
巻き込まれる前に剣を抜き、肩を蹴るや否や、彼女は宙へと舞い上がった。
木々のてっぺんを超える高さから森を一望し、緊張感に包まれた戦場から一瞬解放される。
暗闇に広がる森は、星明かりに照らされてゆらめき、エールタインは息をのんだ。
壮大な視界に感動しながら、次の一手へ向けて心を奮い立たせた。
「エール様!」
ヴォラストレクスの首を刺したときとは違い、まるでゆっくりと下りているような錯覚を起こす光景。
両腕を左右に広げ、足を揃えた姿勢で鮮やかに下りた主人のもとへ、ティベルダは駆け寄った。
「大丈夫……大型魔獣のことがわかんないから、ちょっと無理したけど」
「いきなり無理をしないでください! 私が連携取れないですから」
「ごめん。一気に仕留めることしか思いつかなくて」
「もお。無事でいることが優先だと言ったのに。私を心配させないでください」
「ごめんって。ティベルダは怒るのもかわいいね。それだけでもヒールをしてもらった気になるよ」
ティベルダは、両手を腰にやり、ワザとらしくぷんぷんと怒る仕種をしてみせる。
「ごまかしてもだめです! 次やったらヒール使いませんよ!」
「えーっ!? わかったよ。でもさ、ボクの特徴を生かそうと思うととにかく速さなんだよね。剣の扱いが下手だからなおさらなんだよ」
返り血を浴びたエールタインは、疲労かと思うような体の重さを感じていた。
服や装備に付着した血液が、節々の動きを鈍くさせていたのだ。
怒りを露にしたヴォラストレクスは、顔の縦横に配置された瞳から閃光を放ち、周囲の人間すべてに目眩を引き起こした。
「なに……これ……」
「うう……気持ち悪い……」
強烈な目眩に襲われ、まともに立つことができず、剣士たちの方が魔獣のように四つん這いで後退してゆく。
エールタインとティベルダも例に漏れず、地面へと態勢を下げ、倒れ込まぬようにするのがやっとだ。
茂みまで移動した二人は、目眩が収まるとすぐに立ち上がり、次の攻撃に備える。
余韻の残る頭に手をやるエールタインの腕をつかみ、ティベルダは瞳をオレンジ色にした。
「あんな攻撃があるなんて、厄介ですね。うーん、どうしましょう」
「魔獣も大型になると、あんなことができるんだね。でも、あの赤いところが弱点でよかったあ」
「え、知らなかったんですか?」
「うん、知らないよ。だって、今までで見たことあるのは、大きくても中型で、それも遠目に見たぐらいしかない」
「エール様、本当に無茶していたんですね。これからはそんなことしたら、だめです」
ティベルダの目は、頬をふくらませると同時に、青色へと戻っていった。
ルイーサとヒルデガルドは、異様な雰囲気が漂っている最前線に到着した。
後退している剣士たちの中から、エールタインを見つけ出したのはヒルデガルドだった。
「ルイーサ様、あちらにエールタイン様が……」
「どこっ……血まみれ!? 行きましょう!」
ルイーサ一行は、剣士たちが後退する姿を横目に、まっすぐエールタインたちのもとへと向かった。
たどり着くなりルイーサは、血まみれのエールタインに息をつめ、目元が険しくなる中で尋ねた。
「エールタインさん、大丈夫なの!?」
「ルイーサさん!? 任務はどうしたの?」
「あなたに言われたくないわ。私は、あなたを追ってきたのよ」
大剣を鞘に入れて背中に背負うと、両腕を腰に当てるルイーサの横で、ヒルデガルドはティベルダに軽く会釈をした。
「あなたとお話の約束をしているでしょ? 破られては困るから来たのよ」
「そのために!? なんだかルイーサさんってすごいですね」
「すごいって何よ。あんまりいい言葉じゃないのだけど」
ティベルダは、ヒルデガルドの腰をジッと見つめている。
ヒルデガルドもそれに気づき、鞄を指差しながら目で問う。
それにうなずくティベルダにヒルデガルドは笑みを返し、静かにそばへと寄ると、こっそり中身を見せた。
「かわいい! やっぱり魔獣が入っていたのね」
「怖くないの?」
「ヒルデガルドさんが持ち歩いているなら大丈夫なのかなって」
「よくわかったわね」
「私たちは魔獣の気配が分かるでしょ?」
「あら、あなたも東地区出身なのね。話しが合いそうでよかった」
ヴォラストレクスが、再び紫の瞳を光らせようとしていた。
ダンは、ヘルマの目眩が収まったのを確かめると、二組の見習い剣士に声を掛けた。
「おいお前たち! 怪我でもしているのか?」
よく知っている声が耳に届き、二組のデュオは全員で振り返った。
弟子であるエールタインが、全員の代表として答える。
「大丈夫だよ! ダンは大丈夫なの?」
「なんで弟子に心配されなきゃならんのだ! まったく、無茶なことをしやがって。叱るのは後にするとして、今はこいつにとどめを刺すぞ!」
「叱られるなら配置に戻りまーす!」
「馬鹿者! ここまで来て冗談を言うんじゃない! やるぞ!」
ヘルマは、ダンの後ろでクスクスと笑いが止まらない。
ダンの指示を聞いた二組のデュオは、再びヴォラストレクスを見やると、目眩を思い出して戦闘態勢へと切り替えた。
「ルイーサさん。あれなら一気に倒せると思うんだけど」
「どうかしら。ずいぶんと硬そうな皮膚だから、あまり簡単とは思えないわ」
「それがさ、赤く光っているところなら、柔らかいんだ。そこに刺した結果がこれなんだけどさ」
エールタインは、血まみれの自分を指差して苦笑いした。
「一緒に攻撃してみない? ボクが気をそらせるから、その間に赤いところを狙うのはどう?」
「はあ……あなたを止めるのは難しそうね。わかったわ、付き合ってあげる。あ、いや、付き合うってその……」
「よかったあ、付き合ってくれるんだね」
「あっ、あの……そ、そうよね、こ、攻撃に付き合うんですもの、何も驚くことなんてないわ……ふう」
ルイーサは、思わず慌ててしまうが、エールタインは、ヴォラストレクスの血がこびりついた短剣の刃を、もう一本の短剣でこすって血をそぎ落としている。
慌てているのが自分だけであることを残念に思うルイーサは、気持ちを切り替え、自身の考えを伝えた。
「私は大剣だから、足元ぐらいしか攻めることができないけれど、それでもよくて?」
「ボクが刺しただけでも効果はあったんだ。二人で力を合わせれば、あいつを倒す可能性がぐっと高まるよ」
「うん……どうなるかはわからないけれど、何もしないわけにはいかないし……あなたとなら一緒にやってみる価値はあると思うわ。でも、魔獣の反撃には注意しなさいよ」
討伐に向けて動くことを決めたデュオは、お互いに狙いの場所へと移動する。
ダンは、エールタインたちの動きに気づいて舌打ちをした。
「チッ……まったく、あいつらやる気だな。しかたがない、ヘルマ、加勢するぞ」
「私はダン様に従うのみ。それに、エール様の支援ならば、いくらでもやれます」
にやりとしたダンは、ヘルマと共に、エールタインたちが手を出せない箇所を攻めに向かった。