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第26話 魔獣討伐Ⅰ

Szene-01 レアルプドルフ、西側森中


 陽の名残りはすっかり消え、闇に支配されたころ。

 証石が放つほのかな光を頼りに、剣士たちは一歩一歩、森の奥へと足を踏み入れていった。

 その足音さえも吸い込むような深い静寂の中、やがて闇の中に異様な気配を捉える。

 巨影が微かに見えた瞬間、剣士たちは息を呑んだ――ヴォラストレクスだ。

 日中ならば、比較的動きが鈍い大型魔獣でも、夜では神経が冴えて各器官が敏感となる。

 証石は、魔獣の亡骸からできた光石のため、ヴォラストレクスの反応は早かった。

 黒い岩のように固い皮膚に覆われ、ところどころ溶岩のように赤く光っている四本足の巨体。

 ゆうに人の六倍以上あるその巨影は、木々の半ばをも超える背丈を持ち、前足を振り上げるたびに枝葉が砕け散る。

 剣士たちに向けたその振り返る動作は、地そのものを揺るがすものだった。


「で、でかい……」


 思わず一人の剣士がつぶやいた。

 その声を合図とするかのように、全員が一歩後ろへ引いた。

 ダンは、率いている全隊員に届くぎりぎりの声量で指示を出す。


「いいか、いきなり動くと刺激を与える。ただでさえ証石に反応している状態だ。冷静に……くれぐれも冷静にな」


 続けて、横にいるヘルマに声をかける。


「ヘルマ、大丈夫か?」

「まあ、うれしい。気を使っていただけるなら戦場も悪くないですね」

「ははは。その様子なら安心して背中を預けられるな」

「何をいまさら。どれだけの場数を二人で潜り抜けてきたと思っているんです? 忘れたとは言わせませんよ」

「怖いこわい。魔獣より怖いかもしれんな」

「ふん! ひどいことを言うなら見捨てて帰りますけど」


 ヘルマは、ワザと剣を鞘へ納めて踵を返そうとしてみせる。


「おいおい。こんな時にへそを曲げるなよ。無事に帰ってヨハナと美味い酒でも飲もうや」

「ヨハナと飲みたいのですか? ああそうですか」

「だから……ヘルマと飲みたいから無事に帰ろうと言っている!」

「あはっ! 私の勝ちですね。今回は許します」

「ったく、やさしくし過ぎたか?」

「やさしくなかったら付いて来ませんでしたよ」


 ヴォラストレクスが、左右の瞳をそれぞれ器用に独立した動きをさせ、周りの状況を探る。

 左の深い青色の瞳と右の燃えるような赤色の瞳が正面を向いて止まった。

 大きな鼻孔から霧状の熱気を吐き出し、状況把握が完了したことを示していた。

 ダンたち二人がじゃれ合う時間はこれまでのようだ。


「もう少しお話の時間をくれても良かったのに」


 ヘルマは改めて剣を手に持ちながらそんなことを言う。

 ダンは、苦虫を噛みつぶしたような顔をして、舌打ちをした。


「そういやあいつは、あの奇妙な目ですべてを察知しやがるんだったな……ヘルマ、いけるか?」

「はい。ダン様は?」

「俺が、自分の準備もできていないのに聞くわけがないだろ?」

「もお、知っていますっ! 帰ったらヨハナに色々話してあげましょう」

「ああ」


 ダンは、隊員に確認する。


「皆、準備はいいか?」


 全員がヴォラストレクスへの視線を外さずに、それぞれの形で合図を返した。


「仕掛けてきたら最前は後ろへ回り込んでかく乱、二列目は隙を見て攻撃。一撃ずつでいい。その先は随時指示を出す。全員で帰るぞ!」


Szene-02 東西街道上、後衛部隊待機場


 東西街道上で待機している見習い剣士たちは、話をするには遠い距離を空けて等間隔で配置についている。

 何がどうなるのか、先行きのわからない状況でひたすら待機をしていた。

 そこへ、地響きと共に、森の奥から物音や声がかすかに聞こえてきた。

 エールタインは、剣を持つ手に力を込める。


「聞こえたよね」

「ええ、確かに。動き始めたようですね」

「なんとか無事でいて欲しいよ」

「ダン様は剣聖ですよ! ヘルマさんも付いているんです。大丈夫、大丈夫です!」


 ティベルダもエールタインに声をかけつつ、自分に言い聞かせるように言う。


「ランタンは火をつけたままにしておきますね。武器になりますから」

「……うん。形はどうでもいい。とにかく生き残ろう」

「当然です! エール様にかまってもらえないと私、魔獣であろうと何であろうと許しませんよ」


 エールタインは、ティベルダの前に剣を持った手を差し出す。

 ティベルダは差し出された手の甲に、自分の手を乗せた。


「ボクもティベルダと色々話がしたいんだ。またヒールを流し込んでもらいたいしね」

「エール様、私のとりこになり始めていませんか?」

「もしかしたら……そうなのかもね」

「んふふ。エール様ならいくらでも癒して差し上げますよ。私はとっくにエール様のとりこですし」


Szene-03 レアルプドルフ、西側森中


 ヴォラストレクスが動き出したため、ダンの指示通りにかく乱と細かな攻撃が行われていた。

 四方から絶え間なく攻撃されているヴォラストレクスは、霧状の鼻息を出す回数が増え、イラつきが見え始める。


「傷は付けているが、これは致命傷までが遠いな。反撃に注意しつつ攻撃を絶やすな!」


 剣士たちは余計なことは一切考えず、入れ替わり立ち代わり、ひたすら攻撃を重ねていた。

 だが、ヴォラストレクスは中央の瞳を光らせ、耳をつんざき、前足を振り下ろして地面を揺さぶった。

 そのたびに剣士たちは自身を支えきれずに倒れてしまう。


「ダン様。みなさんに疲れが見え始めています!」

「わかっている。だがここで攻撃の手を緩めるわけにはいかんのだ」


 ダンはいくつか考えてある攻め方の中から、何を選ぶべきか悩んでいた。


「大型の魔獣がここまで町に迫ることは珍しい。こちらからねぐらを邪魔しない限り戦うことはない相手だからな」


 中型魔獣までは材料としての調達依頼が入るため、狙いに行くことはある。

 ただ、大型魔獣については話が別だ。

 大型魔獣は邪魔をされない限り人は襲わないと考えられていた。

 意図せず魔獣の寝床に踏み込んだ剣士が瞬殺されたことがあり、人は大型魔獣には近づかなくなった。

 近づかなくなってからは被害に遭った話を滅多に聞かなくなり、人から動かなければ問題ないというのが定説となる。

 それはこれまで人のいる街道や町に近づいたという話が無かったことからもうなずける。

 その中で起きた今回の一件。

 町民にとっては寝耳に水なのである。


「俺たちの仕掛ける回数を増やそう。ヘルマ、やれるか?」

「ご主人様から命令されれば私はいつでもお供します」

「悪いがその言葉に甘えさせてもらうぞ」


 ダンたちは、率いる剣士たちの負担を軽くするために攻撃の回数を増やすことにした。

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