Szene-01 二番地区、町壁
午後の鐘が鳴り終わり、他の見習い剣士たちの作業は、順調に進んでいる。
壁沿いに点々と見えているデュオの姿は、瞬きをするたび暗闇に紛れてゆく。
「もう薄暗くなってきたわね」
「ずいぶんと遅れてしまいました」
ルイーサとヒルデガルドは、有意義な寄り道をしていたため、ようやく町壁に到着した。
壁の頂を見上げてから、かすかに認識できる見習い剣士たちへ、ルイーサは目をやる。
黙々と任務を遂行する姿にため息をついたルイーサは、片手のひらを上げて助手に言う。
「見て回るだけでしょ。はじめるわよ」
改めて壁を向いたルイーサだが、キョロキョロと左右に首を振るばかりで、足が動く気配はない。
予想済みだったのかヒルデガルドがさりげなく、そう、さりげなく助言をする。
「ここが左端になります。右端に向けて壁を見ながら歩きましょう」
「そ、そうね。そのためにここを目指して来たのだから」
任務を始めると、いつもとは立ち位置を替え、ヒルデガルドが前を歩く。
ルイーサは後をついてゆくが、辺りを気にするばかりで落ち着きがない。
「結構傷んでいますね。穴が空いていることは無いようですので大丈夫だと思いますが」
「そうね。魔獣対策も兼ねて造られたものなのだから、簡単に壊れてしまっては困るわ」
「壊れていたらと思うと恐ろしいですね。しっかり調べましょう、ルイーサ様」
「と、当然よ。見習いとはいえ剣士である私たちでないとできないこと……ヒルデガルド、ちょっと手を貸しなさい」
普段からよく耳にする主人からの指示に、ヒルデガルドは迷わず手を差し出した。
するとルイーサは、体と同様に小さく、それでいて肉付きのよい手を勢いよくつかんだ。
「離れてはいけないわ。一緒にいましょう」
黙って握り返すことで、ルイーサの要求に答えたヒルデガルドは、そのまま主人を連れて調査を続行した。
Szene-02 レアルプドルフ西門外、東西街道
行商人たちと思われる声がしたという衛兵の連絡を受け、調査を始めた剣士たち。
剣聖や上級剣士が指示をしながら町の外を見て回る。
「ダン様、久々に血がたぎりますね」
「いやいや。そんなことが無い生活をするべきなんだぞ」
「しかし戦ってこそ剣士。請負の仕事はしていますが、自分の町を守るとなれば特別な思いがこみ上げてきます」
ダンを慕う剣士が次々に現れては話しかけている。
上級剣士の扱いも特別なものになるが、剣聖ともなると憧れの的、まさに英雄なのである。
「気持ちはわかる。だが戦いはできるだけ避けたいものだ。今回は魔獣が相手だからマシだが」
「俺たち剣士にしてみれば、魔獣さまさまですよ。こうしてダン様と行動を共にするなんて、普段叶わないことですから」
「仕方のねえやつらだなあ。こんなごつい男と共にして喜ぶなんて趣味が悪いぞ」
拠点とする位置までダンと共に移動している剣士たちは、今なら何を言っても笑うのではないかと思わせるほど、豪快に笑う。
「いや、もしかしたらヘルマさんが狙いかもしれませんぜ」
「あ? それは自殺行為だろうよ。こいつに勝てる剣士がいるのか?」
「そこが問題なんすよ。ヘルマさん、つえーもんなあ」
剣聖であるダンの助手ができるということは、ヘルマもそれに匹敵する。
レアルプドルフでは、剣士が助手を奴隷として扱う風潮があるが、主人の格によって扱いは変わる。
都合のいい考え方をする、人の性というところか。
ヘルマは、そんな男たちの話に、また始まったと言わんばかりの苦笑いを浮かべた。
高い戦闘技術と美貌を兼ね備えたヘルマは、男女問わず剣士たちのお気に入りであるのは事実である。
久しぶりに町の剣士たちが集まったことで、気持ちが高ぶっているのであろう。
ヘルマが嫌う話だとわかっていても口にして、子どものようにヘルマへの好意を表してしまう。
「このあたりから小隊にするぞ。剣士は役場から決められた隊長と共に動いてくれ」
一人の上級剣士が集団に向かって振り返り、剣士たちに指示を出した。
ダンとの話に夢中で、隊列を崩していた剣士たちは、ぞろぞろと自身の隊長を先頭にして、整列した。
Szene-03 三番地区、町壁南端
エールタインたちが任された範囲は、ダン家のある三番地区内の町壁南側の半分。
南端にたどり着くと、東西街道が走る東門にいたる。
東西街道は東門へ向かうにつれ、三番、四番地区の小さな崖にはさまれる形となっている。
三番地区側の崖の上からの景色を、エールタインたちは眺めていた。
「東門まで異常は無かったね。ここ、見晴らしいいなあ」
手をつないだままのティベルダも、ブーズでは景色を眺めることがなかった。
エールタインが思うよりも素敵な風景だと感じ、珍しそうに周りを見渡している。
「あ、紹介所が見えますね」
「ほんとだ。ティベルダと会えた場所だね。ここから見ると結構すごい場所に作られているんだね」
エールタインたちの対面にある四番地区の崖に収まるように、奴隷紹介所がある。
普段とは違い、今は剣士が全員駆り出されているため、訪れる者は見当たらない。
「ここまで歩いてきたけど、全然疲れていない。これってティベルダと手をつないでいるからなのかな」
「私、まだ能力のことがわからないのですけど、今日は手から何かを送っている感覚がありました」
「おお! そのおかげで疲れなかったんだね。手をつないでいるだけでヒール効果をもらえちゃうなんて素敵だな」
ティベルダは、エールタインに上目遣いで尋ねる。
「能力があっても怖くないですか? 嫌いにならないですか?」
「そんなことあるわけないよ。言ったよね、ティベルダはボクの。離さないから安心しなって」
ティベルダを自分の前に立たせ、エールタインは後ろから抱きしめた。
「君はボクに良からぬ気を持たないって安心しているんだ。不安になる必要は全くない。ボクもティベルダと同じさ。ちゃんと大好きだから、安心してよ」
耳元でささやかれている間に、ティベルダの頬は真っ赤になった。
「あの、私はご主人様のものであることがとてもうれしいのですが、エールタイン様を私のものにしたい……です。だめですか?」
ティベルダの目は、主への想いがあふれだし、オレンジ色へと変わっていた。
はっきりとした変化に、エールタインが気づかないはずはない。
「ティベルダ、目の色が変わったね。今の感覚を覚えて。抱きしめているボクに身体中からヒールを流し込んできているのがわかる。気持ちを抑えるんだ。ボクは君を嫌わない。安心すれば気持ちは収まるはずだよ。ほら、もっと抱きしめてあげるから」
エールタインは、ティベルダに力の調節を試させようと、抱きしめる力を増した。
しかしティベルダは、感情が高ぶる一方で、息が荒くなってゆく。
「はあ、はあ、はあ。エール様、私、おかしくなりそう。好きすぎてわからない」
「ボクのことをいくらでも好きになっていいよ。大丈夫。好きになることは悪いことじゃない。ボクはすごくうれしいよ」
なんとか気持ちの制御を手伝おうとするエールタイン。
主人の気持ちとは裏腹に、ティベルダは気持ちを抑えきれないらしく、両足をバタバタとし始めた。
「はあ、はあ。エール様!」
「まだ難しそうだね。よしよし、よく頑張った」
エールタインはティベルダを自身へ向かせ、ゆっくりと額を付ける。
二人の間で確立された心の安地に浸る中、主人はそっと顔を近づけ、従者との距離を消し去った。
ティベルダの目は、赤橙の空が深い青の色に飲み込まれるように戻ってゆく。
「どう? 落ちついたかな」
「……はい。ごめんなさい、まだ上手く扱えなくて」
「焦らなくていいよ。お互いに安心できる術があって良かったね。初めのうちは照れくさかったけど、お互いの気持ちが分かりあえるのはヒールのように心地よいから、ボクは好き」
冷静さを取り戻したはずのティベルダの腕は、主人を逃がさぬように強く絡みついた。
その抱擁には、愛しさと独占欲が絡み合い、彼女の鼓動がエールタインの胸に届くほどだった。
「エールタイン様は私のです。奴隷ですけど、離しません」
「そう思うことで安心するならかまわないよ。離れる気はないし、離す気もない。そういえば、ボクのことをエールって呼んでたね。これからはそうする?」
「いいのですか?」
「もうしっかり身内になっているんだし、愛称で呼んでもかまわないよ」
やさしさをふんだんに浴びたティベルダは、その後、日が沈み切るまで主を抱きしめ続けていた。