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第18話 鎮まりから喧噪へ

Szene-01 ドミニク家、ルイーサの部屋


 リス――それは小型魔獣である。

 魔獣はベッドの上で、少女二人の視線をあびていた。

 しかし動じることなく、木の実をかじる。

 カリカリと。


「魔獣なのよね。それなのに段々かわいく思えてきたわ」

「よかった……。お見せしようかずいぶん悩んでいたので」

「そうなの? あなたが私のためにすることなのだから、悩む必要なんてないわ」

「ルイーサ様。これ以上私の気持ちを奪ってどうするおつもりですか?」


 ルイーサは、リスを見つめたまますぐに答えた。


「私のことを永遠に思い続けさせるためよ。あなたのことが好きなんだから当然でしょ」

「あ、あの……はい……」


 ヒルデガルドは力が抜けたように、真横にいるルイーサに身体をあずけた。


「そうよ、そうしてずっと私のそばにいなさい。あなたがさびしくないように、ね」


 ルイーサは、ベッドに置かれた両手の甲を頬の枕にし、横たわった。


「ヒルデガルドがいない生活を考えられなくなったわ。いつもありがとう」

「もったいないお言葉。こちらこそ私を選んでいただきありがとうございます」


 ゆったりとした雰囲気に包まれる中、ボソッとルイーサがつぶやいた。


「アムレット……ってどうかしら。私たちのお守りになってもらうの」

「すてきです! 指輪と同じように、ルイーサ様と私をつないでくれる子になるのですね」

「私たちの間に証なんて必要ないけど、共有するものがあると寂しくないでしょ。私のことが好きなあなたのためよ」

「ルイーサ様……大好きです」


 ルイーサは、手枕から頬を離すと、ヒルデガルドの背中を抱いた。

 寝るときはいつも、ヒルデガルドを抱いている……いや、自分の部屋にいる間は、抱きしめるか、どこかしら触れていることが多い。


「今日は一段と抱きしめる力が強いですね。うれしい気持ちしかないのですが心配です」

「なによ。あなたが心配そうにするから抱きしめてあげているのよ。感謝しなさい」

「はい」


 ヒルデガルドの要求に答えていると主張するルイーサだが、事実は怪しい。

 しかし、二人の間で本意を追求するなど、まったく意味のないこと。

 ギュッと抱きしめているルイーサの腕を軽くつかみ、目を閉じるヒルデガルド。

 二人にとって、お互いの存在を確かめる大切な時間である。

 主人が心穏やかに横たわる姿を、アムレットはジッと見つめていた。

 鼻を忙しく動かしながら――。


Szene-02 ダン家、廊下


 落ちつきを取り戻したティベルダと共に、エールタインは自室へ向かっている。

 従者は、主人への接触度が増しているようだ。

 ティベルダは、二度と離さないとでも言うように、力強くエールタインの腕にしがみついている。

 調理場から半身を出したヨハナが、二人の前に現れた。


「そろそろ食卓へ。あら、また一段と仲が良くなったようですね」

「あはは。デュオとしてはいい始まりなのかな。次は肝心な戦いの連携だね」

「焦らずに、ゆっくりと形にしてくださいね。いつでも落ちついて互いに任せられるようになれば、強いですよ」


 ヨハナからの助言を聞いたエールタインは、その場で立ち止まった。

 同じく、ティベルダもぴたりと止まる。


「さすがだね、ヨハナ。剣聖に付いていた人の言葉だ。父も安心して戦えたんだろうなあ」

「そう感じてもらえていたのなら……私は幸せです」

「違っていたら一緒に戦わせていないと思うよ。それはヨハナもわかっているでしょ?」


 ヨハナは軽く笑みを浮かべて、照れを隠すように両手を叩いた。


「はいはい、私のことはいいですから。食事を済ませてくださいな」


Szene-03 レアルプドルフ西門前


「通っていいですよ。次の町でも売れるといいね」

「だとありがたいんですが。剣士様のいるこちらのような町でないと、うちの商品は売れにくくてね。まあのんびりやりますよ」

「お気をつけて」


 革製品の行商人が、連れの二人と共にレアルプドルフの西門から出発した。

 その背中を、持ちまわりで門番の衛兵をしている剣士が見送った。


「さすがでしたね、レアルプドルフは」

「いい町だったな。剣士がいるというのが最大の強みだしな」

「また物もよく売れた。他の町では渋いからな」


 行商人たちが、次の町へ向かい歩みを進める。

 獣を使って乗り物を使えるとよいのだが、魔獣を飼いならすことが困難なために、移動  手段は発達していない。

 レアルプドルフで軽くなった荷車を、引く側と押す側を交代しながら、森と草原に挟まれた街道を歩いている。


「いい天気だ。今日出発したのは正解だったな」

「おい、あの茂みが大きく揺れているぞ」


 荷車の後ろで押している行商人が森を指差した。

 何かが街道に向かってくる姿が目に入る。


「まさか!」

「冗談じゃないぞ!」


 向かって来るものに付いていくように茂みが揺れている。

 そして、足を止めたまま動けなくなってしまった行商人たちの前に、大きな黒い影が街道に現れた。


「うそ、だろ」

「大型じゃないか!」

「無理だ! 剣士様の所へ――」


 一般の人々が狩れる魔獣は主に小型のものであり、革や食肉にされる。

 中型以上の魔獣では、剣士など武器を扱える者でないと狩るのはきびしい。

 大型になると、剣士でも人数が必要となる。


「がるるる」


 よだれを垂らしながら四つ足の大型魔獣が立ち上がり、行商人を威嚇した。

 大きな牙と爪がぎらりと光る。

 体中を覆っている毛は染料で塗ったような黒光りをし、強烈な威圧感を放っていた。


「にげ……ぐはっ!」


 魔獣が一歩踏み出し前足を伸ばすと、行商人の一人を爪で切りつけた。


「くそっ!」

「剣士様! 剣士様! ぎゃっ!」

「うっ!」


 行商人たちの声は、レアルプドルフの西門にいる衛兵の耳に届いた。


「おい、今声が」

「ああ、俺も聞こえた。さっきの連中じゃないか?」

「何かあったのかも」

「確認するか」

「門番が行くのはまずいだろ。応援を呼ぼう」


 届いた悲鳴は、何らかの出来事に巻き込まれたことを示すには十分なものだった。

 門番を務める衛兵たちは表情が強張り、自然と剣の柄を握っていた。


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