Szene-01 ドミニク家、ルイーサの部屋
リス――それは小型魔獣である。
魔獣はベッドの上で、少女二人の視線をあびていた。
しかし動じることなく、木の実をかじる。
カリカリと。
「魔獣なのよね。それなのに段々かわいく思えてきたわ」
「よかった……。お見せしようかずいぶん悩んでいたので」
「そうなの? あなたが私のためにすることなのだから、悩む必要なんてないわ」
「ルイーサ様。これ以上私の気持ちを奪ってどうするおつもりですか?」
ルイーサは、リスを見つめたまますぐに答えた。
「私のことを永遠に思い続けさせるためよ。あなたのことが好きなんだから当然でしょ」
「あ、あの……はい……」
ヒルデガルドは力が抜けたように、真横にいるルイーサに身体をあずけた。
「そうよ、そうしてずっと私のそばにいなさい。あなたがさびしくないように、ね」
ルイーサは、ベッドに置かれた両手の甲を頬の枕にし、横たわった。
「ヒルデガルドがいない生活を考えられなくなったわ。いつもありがとう」
「もったいないお言葉。こちらこそ私を選んでいただきありがとうございます」
ゆったりとした雰囲気に包まれる中、ボソッとルイーサがつぶやいた。
「アムレット……ってどうかしら。私たちのお守りになってもらうの」
「すてきです! 指輪と同じように、ルイーサ様と私をつないでくれる子になるのですね」
「私たちの間に証なんて必要ないけど、共有するものがあると寂しくないでしょ。私のことが好きなあなたのためよ」
「ルイーサ様……大好きです」
ルイーサは、手枕から頬を離すと、ヒルデガルドの背中を抱いた。
寝るときはいつも、ヒルデガルドを抱いている……いや、自分の部屋にいる間は、抱きしめるか、どこかしら触れていることが多い。
「今日は一段と抱きしめる力が強いですね。うれしい気持ちしかないのですが心配です」
「なによ。あなたが心配そうにするから抱きしめてあげているのよ。感謝しなさい」
「はい」
ヒルデガルドの要求に答えていると主張するルイーサだが、事実は怪しい。
しかし、二人の間で本意を追求するなど、まったく意味のないこと。
ギュッと抱きしめているルイーサの腕を軽くつかみ、目を閉じるヒルデガルド。
二人にとって、お互いの存在を確かめる大切な時間である。
主人が心穏やかに横たわる姿を、アムレットはジッと見つめていた。
鼻を忙しく動かしながら――。
Szene-02 ダン家、廊下
落ちつきを取り戻したティベルダと共に、エールタインは自室へ向かっている。
従者は、主人への接触度が増しているようだ。
ティベルダは、二度と離さないとでも言うように、力強くエールタインの腕にしがみついている。
調理場から半身を出したヨハナが、二人の前に現れた。
「そろそろ食卓へ。あら、また一段と仲が良くなったようですね」
「あはは。デュオとしてはいい始まりなのかな。次は肝心な戦いの連携だね」
「焦らずに、ゆっくりと形にしてくださいね。いつでも落ちついて互いに任せられるようになれば、強いですよ」
ヨハナからの助言を聞いたエールタインは、その場で立ち止まった。
同じく、ティベルダもぴたりと止まる。
「さすがだね、ヨハナ。剣聖に付いていた人の言葉だ。父も安心して戦えたんだろうなあ」
「そう感じてもらえていたのなら……私は幸せです」
「違っていたら一緒に戦わせていないと思うよ。それはヨハナもわかっているでしょ?」
ヨハナは軽く笑みを浮かべて、照れを隠すように両手を叩いた。
「はいはい、私のことはいいですから。食事を済ませてくださいな」
Szene-03 レアルプドルフ西門前
「通っていいですよ。次の町でも売れるといいね」
「だとありがたいんですが。剣士様のいるこちらのような町でないと、うちの商品は売れにくくてね。まあのんびりやりますよ」
「お気をつけて」
革製品の行商人が、連れの二人と共にレアルプドルフの西門から出発した。
その背中を、持ちまわりで門番の衛兵をしている剣士が見送った。
「さすがでしたね、レアルプドルフは」
「いい町だったな。剣士がいるというのが最大の強みだしな」
「また物もよく売れた。他の町では渋いからな」
行商人たちが、次の町へ向かい歩みを進める。
獣を使って乗り物を使えるとよいのだが、魔獣を飼いならすことが困難なために、移動 手段は発達していない。
レアルプドルフで軽くなった荷車を、引く側と押す側を交代しながら、森と草原に挟まれた街道を歩いている。
「いい天気だ。今日出発したのは正解だったな」
「おい、あの茂みが大きく揺れているぞ」
荷車の後ろで押している行商人が森を指差した。
何かが街道に向かってくる姿が目に入る。
「まさか!」
「冗談じゃないぞ!」
向かって来るものに付いていくように茂みが揺れている。
そして、足を止めたまま動けなくなってしまった行商人たちの前に、大きな黒い影が街道に現れた。
「うそ、だろ」
「大型じゃないか!」
「無理だ! 剣士様の所へ――」
一般の人々が狩れる魔獣は主に小型のものであり、革や食肉にされる。
中型以上の魔獣では、剣士など武器を扱える者でないと狩るのはきびしい。
大型になると、剣士でも人数が必要となる。
「がるるる」
よだれを垂らしながら四つ足の大型魔獣が立ち上がり、行商人を威嚇した。
大きな牙と爪がぎらりと光る。
体中を覆っている毛は染料で塗ったような黒光りをし、強烈な威圧感を放っていた。
「にげ……ぐはっ!」
魔獣が一歩踏み出し前足を伸ばすと、行商人の一人を爪で切りつけた。
「くそっ!」
「剣士様! 剣士様! ぎゃっ!」
「うっ!」
行商人たちの声は、レアルプドルフの西門にいる衛兵の耳に届いた。
「おい、今声が」
「ああ、俺も聞こえた。さっきの連中じゃないか?」
「何かあったのかも」
「確認するか」
「門番が行くのはまずいだろ。応援を呼ぼう」
届いた悲鳴は、何らかの出来事に巻き込まれたことを示すには十分なものだった。
門番を務める衛兵たちは表情が強張り、自然と剣の柄を握っていた。