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第17話 能力の扱いについて

Szene-01 ダン家、ダンの部屋


 酔っぱらいに似た動きで師匠を起こしたエールタインは、少しずつ普段の状態に戻りつつある。

 起床したダンは椅子に、エールタインはベッドに座って話が始まった。


「ティベルダのことなんだけど」

「何かあったのか?」

「うん。あの子とくっつくとね、ものすごく温かいものが流れ込んでくるんだ」

「例のヒール効果か」


 エールタインはそのときのことを思い出すように、天井へ目を向ける。

 まだ効果が残っているのか、ゆらゆらと身体が揺れたり、にやけた表情になることがある。


「目の色がオレンジ色になっていたよ。夜だからはっきり見えた」

「能力を出すときは目の色が変わるのか」

「全身の力が抜けて、ずっとこのままでいたいなあなんて思っていたら、ティベルダが寝ちゃってさ。ずっと抱きついていたからかな」

「ふむ。おそらくまだ、力の加減を調整できないのかもしれんな。使い切って意識を失ったんだろう」


 エールタインは頬が上がったままであるのに対し、ダンは真剣かつ興味深そうな表情だ。


「エールの様子を見る限り、ヒール効果は強そうだな。調整できるようにさせたいが、能力のことはほとんどわかっていない。どうしたものか」

「気分はいいよ、ヒールだから当然なんだろうけどさ。でも、地に足がついていない感じ。夜寝るときならうれしいけど、戦いのときなら困っちゃう」


 エールタインは、慣れない感覚をどうにかしたいのか、頭を左右に振っている。


「ティベルダの能力が高いってこと? もっと強くできるならボクってどうなっちゃうんだろう」

「薬もあまり強いと毒になるからな。だからこそ調整できるようにしたいんだ」


Szene-02 ダン家、エールタインの部屋


「んん、んー。エールタインさまあ……さまあ?」


 ティベルダは、主人に抱き着いている気なのだろうか、寝転んだまま手探りをしている。


「いない! エールタイン様! ご主人さまー!」


 あわててベッドから降りたティベルダは、部屋中を見渡して両手で頭を抱える。


「いやだ。いやだいやだ! 一人はいや!」


 勢いよく立ち上がると、部屋を飛び出して廊下を走る。

 ティベルダと同じく部屋から出てきたヨハナに、勢いよくぶつかった。


「あらら。おはようティベルダ。大丈夫?」

「エールタイン様がいないの!」

「そんなことないでしょ。ヘルマ、エール様はどこ?」


 料理場に向かってヨハナがたずねると、作業をしながらヘルマから返事が聞こえてきた。


「ダン様のところよ」

「ほら、ちゃんといるじゃない」

「行ってきます!」


 ティベルダは、ドタバタと足音を立てて、ダンの部屋を目指した。

 後輩の背中を見やる先輩奴隷は、その勢いに首を傾げていた。


Szene-03 ダン家、ダンの部屋


 エールタインとダンの耳に、部屋の外から主人を呼ぶ少女の声が届く。


「エールタイン様! エールタイン様!」

「え? ティベルダだ。何かあったのかな」


 エールタインは、必死に自分を呼ぶ声の主に、できるだけ優しく尋ねた。


「ティベルダどうしたの?」

「エールタイン様……よかったあ!」

「そんなに慌てちゃって、朝から元気だなあ。入っておいで」


 主人の言葉を聞いたティベルダは、勢いよくダンの部屋の扉を開けた。

 裾がまくれ上がったままの無地なワンピースで現れた少女は、脚を肩幅に広げてビタッと立ち止まった。

 朝日に照らされた素足が眩しい。


「おはようティベルダ。どうしたのさ、そんなに息を切らして。かわいい脚を見せに来たの?」

「一応、俺もいるんだが……」


 ティベルダは、エールタインを確認すると、迷わず突進して飛びついた。


「おお! ほんとに元気だね」

「起きたらエールタイン様がいないから、さびしかったんです!」

「気持ちよさそうに寝ていたから起こさなかったんだけど、さびしくさせちゃったか。ごめんね」


 新米主人は、よしよしと従者の頭を撫でてあげる。

 主にぎゅうぎゅうとしがみつき、抱きしめるティベルダの目は、オレンジ色に変わった。


「ねえティベルダ。これを忘れていない?」


 エールタインは、二人を結んでいる指輪を見せる。


「これがある限り、ボクはティベルダを離さないし、離れないよ……まあ、これが無くてもティベルダを離す気はないけどね」

「はあ……大好きなんです。少しも離れたくない。首輪をかけるとかひもで縛るとか、いつもそばに置いて欲しいです」

「もう。そんなこと言うもんじゃないよ。ボクが奴隷って言い方を嫌っていることは知っているでしょ? 安心して」


 エールタインは、抱きしめ返して落ち着かせようとする。

 その効果はてきめんのようで、ティベルダの抱きしめる力が緩み、息も落ちついてきた。


「ほほう。これがオレンジ色の目か。エールのことを強く思うと変わるようだな……ということは、能力の調節は思いの強さでできる、と。しかし、それだけエールのことを好きだと、思いが常に強過ぎて、調節は難しいかもしれんなあ」


 寝起きのときより、差し込む日の光が高くなっている。

 とり乱したことで、くしゃくしゃになった髪の毛が、撫でられてまとまった。

 まだ傷一つない奇麗な頬が現れて、朝日が肌の白さを際立たせる。


「落ちついたかい? あのね、ティベルダは能力を持っているんだ」

「能力……私が?」

「そうだよ。ヒールというものらしい。身体の調子をよくするんだって」

「そんな能力が……」


 人差し指を口につけてとまどうティベルダ。

 落ち着いてはいるので、静かにエールタインの話を聞いている。


「昨日の夜、ヒールをボクに使っていたんだ。でも思いっきり使っていたみたいで、ティベルダは疲れて寝ちゃった。おかげでボクは疲れが取れているし、全回復できたよ。ちょっとふらふらしているけどね」

「ごめんなさい」

「悪くないんだってば。だってボクの疲れは取れているんだよ? すごいことだよ。ただ、全力で能力を使うとティベルダが倒れちゃう。だから、上手に使えるようにするにはどうしたらいいかをダンと考えていたのさ」


 エールタインは、片腕でティベルダを抱き寄せる。

 これは、ティベルダを安心させるというより、エールタインが抱きたかったからのように見える。

 ダンは、ティベルダを抱き寄せたエールタインの顔が緩んだことに気づき、口を挟んだ。


「ティベルダ、気持ちを加減できるように練習をしていこう。その能力はエールにとって非常に助かるものだ。ティベルダがうまく使いこなせたら、エールがもっと好きになってくれるぞ」

「本当ですか!」


 オレンジ色のまま目をきらきらとさせて、エールタインにも聞くティベルダ。

 にやけてしまっているエールタインは、その表情のままティベルダの顔を見る。


「あのね、とっても気持ちがいいから、ティベルダとずっとくっついていたいくらいなんだ。けどね、あんまり強いと今みたいにふらふらしちゃう。戦っているときなら負けてしまう」

「それはいけません! わたし、エール様が助かるように練習します!」

「おお、えらいね! やっぱりティベルダはいい子だなあ」


 整ったばかりの髪の毛がくしゃくしゃにされた。

 髪の毛の間からは、にこやかなティベルダの表情がうかがえる。

 ダンは、エールタインの従者扱いが、ティベルダに能力の調節練習をする気にさせることができて満足そうだ。

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