Szene-01 ダン家、エールタインの部屋
椅子の背もたれを前にして、寄りかかるように座り、難しい顔をしているエールタイン。
そこへ、自分の部屋の椅子を持ってティベルダが入ってきた。
「お邪魔します」
「うん、おいで」
ティベルダは、戦闘について相談がしたいと、食事後にエールタインから部屋に来るよう言われていた。
ニコニコ顔で椅子を抱えて入ってきたティベルダは、おいでと誘われると、さらに頬を上げてエールタインの真横に椅子を置く。
「はい! 来ました」
「うれしそうだねえ」
「エールタイン様のお部屋にご招待されたのですもの」
ティベルダは、置いた椅子に座り、両脚をブラブラとゆらし始める。
対照的に、エールタインは天井を仰いで考え込んでいる。
「もう一つ牽制を増やす……うーん、何かないかなあ」
ブツブツと言いながら、木製の短剣を投げては取り、投げては取りを繰り返している。
くるくると回る短剣もどきを一度も見ることなく、器用に柄でつかみ取っている。
ティベルダは、回る剣に釣られて、上下に首を振っていた。
数回続けたところで、ひと言つぶやいた。
「エールタイン様、それ……すごいですね」
「ん? それ……ああ、これ? 木製だから大丈夫だよ」
「いえ、クルクル回る剣を取るのが上手だなあって」
「修練のことを思い出すとやってるみたいだよ。はは、他人事みたいに言っているね。なぜだか、気づくとどんな格好でも回しているんだ」
目を丸くしてエールタインを見ていたティベルダは、突然大きな声を上げた。
「それです!」
驚いて肩をピクリと動かしたエールタインは、木製の短剣を落としてしまった。
木の床に落ちた短剣は、思いのほか軽い音を部屋中に響かせた。
「うわあ! びっくりした。どうしたの?」
「それ、もう一つの牽制に使えるじゃないですか!」
床に横たわる短剣を眺めたまま、しばし固ったエールタイン。
ティベルダの言わんとしていることが伝わったのか、ハッとして振り向いた。
「そっか。これ、使えるね」
二人の顔が真正面で急接近する。
ティベルダの顔はポッと赤く染まり、目の色がオレンジ色に変わってゆく。
「エ、エールタイン様……とてもお奇麗です」
「これ?」
エールタインは、木製の短剣を拾い上げると、そのまま天井に向けて放り投げ、回転しながら落ちてくる剣を難なく取ってみせた。
「いつからやり始めたのかわからないんだ。短剣だけじゃなくて何でもやれるよ。いつも意識せずにやっているんだけどね」
「奇麗なのは……お顔です」
一瞬固まったエールタインだが、おもむろに、目の前の小さな唇に自分の唇で触れた。
「ありがと。ランタンの灯りが奇麗なんだと思うけど、うれしい気持ちを伝えてみたよ。キスはこんな感じで使えばいいかな」
「はわわ……とっても素敵です」
ティベルダは、力が抜けたかのようにゆっくりと、エールタインに抱きついた。
目の色がはっきりとオレンジ色に変わり、エールタインにも変化が現れる。
「何これ。すごく温かくて心地いいものが流れ込んでくるよ」
ティベルダは、気持ちの高揚により、エールタインに癒しの温もりを送り込む。
エールタインにとっては、経験のない感覚であるため、動けずにいる。
「何だかわからないけど、このまま離れたくない。身体が軽くなるよ」
ティベルダにとっても、これまでヒールを発動する機会は皆無だった。
そのため、まだ加減がわからないまま興奮状態を続けた結果、疲れて眠りにつくまでヒールは止まらなかった。
「あらら、寝ちゃったの? ヒールも止まったみたいだ……はあ、こんなに心地いいものがあるなんて」
エールタインは、自分に体を預けたまま眠ったティベルダが、落ちないように抱え直す。
思いの強さにまかせて流し込まれたティベルダの能力、ヒール。
ティベルダを抱え直そうとするが、力が入らないことで、その効果を実感する。
全身の緊張を解かれたエールタインは、体をよろけさせながら、ティベルダをベッドに寝かせた。
たまらず自身もティベルダの横に倒れ込み、そのまま眠りについた。
Szene-02 ダン家、エールタインの部屋
倒れ込んだ見習いデュオは、とても深い眠りを味わい、そのまま朝を迎えた。
エールタインの片腕は、ティベルダを大事そうに抱えていた。
「まぶしい……朝? ああ、あのまま寝たんだっけ」
まだ横で眠るティベルダの寝顔をのぞき込むと、頬の産毛が朝日できらきらと光っている。
「うわあ、寝顔がかわい過ぎるよ。この子、初めて会ったときよりかわいくなっていない?」
スヤスヤと寝たままのティベルダを、エールタインはじっと見つめる。
顔はにやけてしまっていて、非常にだらしなく、よだれが出ていてもおかしくないほどに緩んでいる。
「こんな子が戦いの手伝いをするなんてね。でも能力を持つほどだから、きっと強い子なんだろうね」
エールタインは、一度だけギュッと抱きしめて、ベッドから降りた。
Szene-03 ダン家、食卓
「んー」
「おはようございます。今日は早いのですね。なんだかとてもすっきりしていそう」
料理場用の水を運んでいるヘルマが、伸びをしているエールタインにあいさつをした。
「うん。こんなにすっきりして
「まだ起きているはずは……はい、お部屋です」
「あはは。ヘルマの本音が聞けちゃった。ちょっと
エールタインのうしろ姿を見ながら、ヘルマは首をひねっていた。
「エール様、なんだか変なしゃべり方していたわね」
Szene-04 ダン家、ダンの部屋
ダンの部屋の扉が、ゆっくりコツコツと叩かれた。
「ダン? 寝て
エールタインは、問答無用で部屋に入ると、ベッドの上でだらしなく寝ているダンが目に入った。
「ねえダン、朝だから起きなよ。話したいことがあるんだ」
「んが」
いびきで返事をするが、起きているわけではない。
エールタインは、ダンの鼻をつまんで、無理矢理起こしにかかった。
「ダンはボクがかわ
つまんだままの鼻を左右に振られたうえ、息もできないのでは、さすがのダンも起きるしかない。
「う、うう……」
「はい、かっこ
ダンは、エールタインに起こされるという貴重な体験をした。
ただ残念なことに、寝起きの悪さと窒息の苦しさしか味わえていない。
「あ? なんだよ、珍しいな」
「だからあ、話があるんだってば」
「朝っぱらからなんだ」
「その何かを話すにはダンが起きないと無理で
エールタインが半身を起こしたダンの背中を押して、強引にベッドから離れさせる。
「おいおい。まだ体が目覚めていないんだから立てねえよ」
「このボクが起こ
「……それはもったいねえな……ところで口が回っていないようだが?」
エールタインの妙な口調が気になり、ダンはすっくと立ち上がった。
「まあいい。で、話ってなんだ?」
ダンが振り返ると、押していた背中がなくなったエールタインがうつ伏せで寝転がっていた。
「急に立たな