Szene-01 ダン家、庭
エールタインとティベルダが買ってきた材料を使い、ヨハナは色々な物を作っていく。
ティベルダは、修練ということで新品の革ブーツを試してみた。
家の前で歩いたり走ったり。
始めははしゃいでいたが、徐々に動きが鈍くなり、靴擦れで足が痛くなったと訴えた。
ヨハナはすぐに修正し、もう一度ティベルダに試してもらった。
「どうかしら。擦れにくくなったと思うけど」
「はい、ずいぶん良くなりました」
「良かったわ。靴擦れしていたら動けないものね」
ティベルダ用のまだ馴染んでいない革ブーツの中に柔らかい生地がはられた。
ティベルダは、歩いたり走ったり、その場で跳ねたりすると、先ほどとは段違いの履き心地に驚いた。
「あはっ! とっても動きやすいです」
「ヨハナは細工が上手だからね。ボクの使うものは、ほとんどヨハナが使いやすくしてくれているんだ」
「革も出来るだけ柔らかくしてみたの。まだ効果は薄いけど、やらないよりはマシだから」
その場で何度も足踏みをして確かめるティベルダは、笑顔が絶えない。
そんな光景には一切触れず、草原の中を歩いてゆくダン。
ダンの姿に気づいたティベルダが、あわてて背負い鞄を手に取った。
エールタインが小声でダンに聞く。
「始める?」
「ああ。早くその子の特徴が分かった方がいいだろ」
「うん。なんだか気合が入っているような……」
ダンの表情が硬くなり、野太い声が返される。
エールタインは、師匠の気迫を感じ取り、ティベルダを意識しつつ集中する。
「ティベルダ、最初はボクがどんな動きをするのか見ていて。動きの合わせ方を想像してみてね」
「わかりました」
いよいよ新生デュオの修練が始まった。
Szene-02 ドミニク家、ルイーサの部屋
「おきれいな両腕に痛々しい擦り傷なんて」
「剣士になるのだから傷ぐらい仕方ないわ」
「樽を抱えて出来た傷ですけど」
師匠からの罰を受けた後、腕に力が入らなくなったルイーサは、ベッドに横たわっている。
実父であり師匠のドミニクは、ルイーサの修練のためという嘘に加え、少々の罰で倒れたことにも呆れ果てていた。
動けないのでは仕方がないと、師匠としてか親としてかはわからないが、治るまで修練を延期すると決めた。
「何よ」
「ルイーサ様をじっと見つめていられるのが幸せなのです」
「私は地獄を味わっているのよ! おまけにあなただけが楽しむなんてあり得ない!」
「治ったらお好きにしてください」
「……考えておくわ」
Szene-03 ダン家、庭
ティベルダの修練度を知るために、ダンとエールタインは模擬戦をすることになった。
ダンは最小限の動き、エールタインは常に動いてダンの隙をうかがう基本の形。
師匠に隙を作らせるために、何度もフェイントをかけては、時折攻撃を仕掛ける。
しかし、すべて半身の移動か剣で弾き、エールタインの攻撃を簡単にかわすダン。
それをジッと見つめるティベルダは、終始片足のつま先を地面に引っ掛けるようにして、自分の出番を見極めていた。
「また攻めが単調になっているぞ。バレバレだ」
「うーん、牽制しているのにだませていないんだよなー。ダンだから?」
「脚を生かしての牽制はお前の強みだ。だがな、使い過ぎると目が慣れてしまう。敵が困惑しているうちに一撃を入れろ。自分で気付いて欲しかったが……」
ティベルダがエールタインのそばに寄ってきた。
「エールタイン様。とても速い動き、驚きました。それで、あの――」
ティベルダは言いづらそうにモジモジしている。
「ああ、何か言いたいことがあるんだね。気にせず教えて。ティベルダもしっかり修練を積んできたんだ。それも助手としての修練ならなおさら。ぜひ聞かせてよ」
主人からの要望とあれば、ここは言われた通りにするべきだが、ティベルダは躊躇してしまう。
「すみません。私からご主人様に意見しようとするなんて……失礼しました」
深々と頭を下げると同時に、背負っている鞄が落ちかける。
それを見てエールタインはとっさに鞄を支えた。
「危ないよ。ほら、頭を上げて」
姿勢を戻したティベルダの両肩に鞄の肩紐が弾んだ。
年齢、身体、どちらからみても鞄の重さに負けて倒れてしまいそうな光景。
しかしティベルダは、何事も無く普通に立っている。
倒れると思ったのか、エールタインは背中に手を回そうとしていた。
「あ、あれ? 大丈夫だね」
「え? 何かありましたか?」
「いや、後ろに倒れるかと思ったから」
「すみません。弱々しく見えますか?」
エールタインは左右に大きく首を振った。
「謝るのはボクの方だよ。修練を積み重ねたティベルダなのに、鞄の重さに負けるような気がして手を差し出してしまったんだ」
「それはエールタイン様がおやさしいからです。私に謝るなんてお止めください。ご主人様は常に正しい。ご主人様が常に最良でいられるようにするのが私の仕事。それだけ、それに尽きるのです」
「ティベルダ……」
ゆっくりとティベルダを抱きしめるエールタインだが、草原の中から野太い声が聞こえてきた。
「仲がいいのは分かるが……今は修練中だぞ! そんなのは後だ、あと!」
腰に手をやり、話に区切りがつくまで待っていたダンだったが、育ての親としてならば待つことができる。
しかし修練の最中となれば、師匠としては待つなどという甘いことはない。
それでも、ダンが少し待っていたのは、デュオとなったばかりのエールタインとティベルダを思う親心の方が勝ってしまったからだといえる。
それは、エールタインの実父であるアウフリーゲンから娘を託されたという、戦友との強い絆。
加えて、エールタインを守る責任を負った一人の大人としての誇りでもある。
ダンは、二人の少女が新たな一歩を踏み出す瞬間を目にしながら、静かに口元に笑みを浮かべた。
その笑みには、未来への期待と、彼自身のかつての若き日々への懐かしさが入り混じっていた。
だが、次の瞬間にはその柔らかい表情を消し去り、再び厳格な師匠としての顔を取り戻す。
それこそがダンの信条――やさしさと厳しさをもって二人を導くこと。
彼女らが成長し、やがて自立した存在となる日を見届けるまで。