Szene-01 ダン家、食卓
一日中歩いた後の夕食後。
ティベルダは、採寸をするからと、ヨハナとヘルマに別部屋へと連れていかれた。
食卓にはダンとエールタインが残り、エールタインが、日中ティベルダと共にした様子を師匠に伝えていた。
「ダン、今日少しだけ感じたよ」
「ほう。やはり能力持ちか」
エールタインとダンは二人きりになると、ティベルダが能力持ちか否かを話すようになっていた。
今回は必要品の調達のみではあるが、何気ない仕種を見られる機会なので、能力探りも兼ねていた。
「何かあったのか?」
「あのね、手をつなぐとかあの子に触れていると、何かを流し込まれているような感覚があるんだ」
エールタインの話を興味深そうに聞いているダン。
弟子の言葉を聞くなり、すぐに思い当たるものが頭に浮かんだようで、軽くうなずいた。
「それはヒールだな――ふむ、ヒーラーならばありがたい。立ち回りが相当楽になるぞ。もちろん、武力の支援は大事だ。しかし回復ができるのなら、戦い続行か撤退のどちらかを選ぶことができる。やられてしまっては、どちらもかなわん。エール、いい子を選んだな」
「ダン、ティベルダはボクの助手だよ。もちろん一緒に住んでいるんだし、ダンの手伝いもすることはあるけど、ダンの子じゃないから」
「はっはっは。どうも気に入ったら俺のものだとする悪いクセが出るな。エールよ、お気に入りになる子でよかったな」
「ほんとにね。初めは心配しかなかったけど、そんなのすぐに吹き飛んじゃった。こんな出会いって奇跡だよね」
ふいにエールタインは両手を叩いた。
「そういえば! ティベルダの目の色が変わったんだよ、オレンジ色に」
「目の色?」
「うん、一瞬だったけどね。歩いていた時にボクの話をしていたら、ティベルダが気を使うものだから、流れで抱きしめたんだ」
「いいじゃないか。エールは、ヨハナとヘルマとしかしなかったことだろ。あの二人と同じぐらいの関係になれるってことだぞ」
エールタインは、三人がいるであろう部屋の方を向いて答える。
「抱きしめたくなる人がいるって幸せだね。そのときにね、目がオレンジ色に光っているのを見たんだ」
「確か、能力者の目色の変化は気持ちによるものだと聞いたことがある。もっと心が近づけばはっきりするのかもしれないな。その話が見間違いでなけりゃ、あの子が能力持ちなのは確定だろう。これから何を見せてくれるか楽しみだ」
「あんまり試すようなことはしないでね。一緒に生活していれば自然に見せてくれるだろうからさ」
「お前は本当にやさしい子だなあ!」
ダンは、厚みを感じる顔の皮を強引に吊り上げた笑みを浮かべ、エールタインの頭をかきむしるような勢いで撫でた。
Szene-02 ダン家、ヨハナの部屋
ヨハナとヘルマに採寸されているティベルダは、両腕を半分上げさせられたままでじっとしている。
「ティベルダの表情がすっかり明るくなったわね」
「早いわよね。エール様がやさしい方だからなのでしょうね」
ヘルマの言葉にティベルダは反応し、エールタインとのやりとりを思い出したのか、力を込めて伝える。
「エールタイン様は本当にやさしい方です! 素敵過ぎて大好きです!」
「あらあら。他の奴隷が聞いたら大変なことになるから、外では言っちゃだめよ」
「ヘルマの言う通り。ブーズでも少しでもいいことがあると、人の目が厳しくなるでしょ? 繁華街に近くても色んな環境の人がいるから、自分にとって起きたいいことは、知られないようにした方がいいわ」
ティベルダは満面の笑顔になったばかりだが、二人の話を聞いた途端、表情を暗くした。
「そうですね。今日も入れ墨で痛がっている人を見ました。みんなが良いご主人に会えたわけじゃないんですよね」
「いきなりそんな光景を見たの? なら、エール様のことを考えてしまうのは仕方のないことね」
「そうね。この家では、ずいぶん良い環境で暮らさせてもらっているからね。私たちもティベルダと同じで、証は指輪。私たちの主人たちは、入れ墨なんて必要無いって最初から信じてくださって。もう命を張るしかないって誓ったわ」
しゅんとしながらもティベルダは、何かを伝えたくて仕方がないようだ。
「素敵なんです、エールタイン様は。大声で叫びたいぐらいに」
「それはぜひ、エール様に伝えてあげて。喜ぶわよー。ずいぶんと照れるでしょうけど」
「ただし、この家にいるときか、エール様と二人きりのときだけよ。それだけは守ってね。エール様のためにも」
「はい!」
上半身の採寸は終わっているが、両腕を上げたままのティベルダ。
それに気づいたヘルマが片腕をつかんでゆっくり下げさせる。
「もう下げていいわ……ふーん、ちゃんとしっかりした腕をしているわね。見た目は可愛らしいのに」
「エールタイン様に嫌われますか?」
「逆よ。しっかりしていないと心配させるばかりになってしまうし。無理はせずに頑張ってね」
ヘルマが測った部分に印を付けた木の物差しを使い、生地を切り始めるヨハナ。
その横でヘルマは、ティベルダの頭をずっと撫でていた。