Szene-01 街道交差点、南北街道西側
「どの辺?」
「そちらの路地です」
ヒルデガルドは、手をやわらかく開いて、交差点の北側一本目の路地を示した。
ルイーサは、ヒルデガルドの仕種に釣られるように示された方向に目をやると、細い上りの階段が映り込んだ。
「私ね、修練しに来たわけじゃないの」
「ルイーサ様、武具屋に立ち寄るのであれば、修練の名目が守られて丁度良いかと」
「あなた……まあ、いいでしょう。また一日中
「あの時は見ていられませんでした。私を百叩きにしてくだされば良かったのに」
ルイーサは、ヒルデガルドの猫っ毛を撫でてから小ぶりな耳に掛け、やさしく噛むかのように口を近づけてつぶやいた。
「こんなことに付き合わせて悪かったわ。あなたを巻き込んでいるのに勝手なことばかりして」
「私はルイーサ様の奴隷。ルイーサ様が満たされるためなら何でもします。お気になさらず」
「はあ……まったくこの子は」
路地の手前、街道の脇で、通り過ぎる者すべての目線を浴びる中、主人が奴隷を抱きしめる。
その光景を見た通行人は、照れくさそうに足を速めて去っていた。
Szene-02 武具屋、カウンター
「ヘルマとヨハナが用意している物もあるでしょうから、これで試してみればよろしいかと」
今は、先輩二人が用意しているはずの武具で間に合うはずである。
「そうなんだけどね。ティベルダに町を見せたかったし、一緒に買い物がしたくてさ。ほとんどボクのためなんだ。自慢のお茶とか色々ありがと」
「よほどその子が気に入ったんですな。デュオを組むには大切なこと。これから忙しくなりそうですし、いいことだと思いますぜ」
エールタインは買い物と貰い物が入った麻袋を抱えてカウンターを離れる。
「じゃあね。次は生地を買いに行くんだ。ティベルダ、行くよ」
「はい!」
「お気をつけて」
店から出て行くエールタインたちを見送る店主は、見えるはずのない空を見上げてつぶやいた。
「アウフ様、立派な子になっておりますぞ」
垂れかけた頬を吊り上げ、手のひらで片目を拭い、店の奥へと入っていった。
Szene-03 南北街道、西側路地前
「よし、次は生地のお店に行くよ」
「先ほどのお店ですね」
階段を下りていく途中で二人の少女が抱き合っている。
その横を静かに通り過ぎて南北街道を東へ渡った。
「すごく仲のいいデュオだったね。あそこで抱き合うなんてさ」
「びっくりしました。でも、うらやましいかも」
「え!? ティベルダってああいうの平気なの?」
「エールタイン様なら、ですけど」
「はへ? いやいや、変な声出ちゃったよ。頭を撫でたり手をつないだりはしているけど……ははは」
エールタインは照れ笑いをしながら生地屋の扉を開けた。
Szene-04 南北街道西側、路地前
「ルイーサ様、あの……」
「こういう時は黙ってじっとしていなさい」
「でも、あの人が」
「もお、私に抱きしめられているのだから、ただ喜べばいいのよ」
「……はい」
ヒルデガルドは、探していた銀髪の人を見送りながら、ジッとして抱きしめられていた。
「なんだか私が落ち着いたみたい。ありがとうと言っておくわ」
「私こそありがとうございます。ところでルイーサ様」
「何?」
「先ほど銀髪の人が通り過ぎて行かれました」
「……!?」
辺りをキョロキョロと見回してからヒルデガルドの顔を直視する。
「どうして言わなかったの」
「言おうとしたら止められましたので」
「あ……」
ルイーサは、指先をおでこに当てて、手のひらで片目を隠すことで失敗を認めた。
「そうね。あなたは何か言おうとしていたわ。それで、どこへ向かったかわかる?」
「街道を渡られたと思うのですが、はっきりとは……すみません」
「あなたは何も悪くないわ。近いのは確かなのだから、追いましょう」
「ルイーサ様、そろそろ戻られた方がよろしいかと」
普段の決まりごととして、昼過ぎには家に戻り、師匠と修練をしなければならない。
あれやこれやと理由を付けて作り上げた時間だが、修練の時間に遅れると師匠から怒られるのは間違いない。
「この辺りに来ることはわかったのだから、帰りましょう。罰だけは避けないと」
「賢明なご判断かと」
ルイーサは一瞬ギュッと拳をにぎってから歩き出す。
ヒルデガルドは、主の一部であるかのように、突然の動きにもしなやかな身のこなしで後に続いた。