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第10話 接触のち逸れ

Szene-01 街道交差点、南北街道西側


「どの辺?」

「そちらの路地です」


 ヒルデガルドは、手をやわらかく開いて、交差点の北側一本目の路地を示した。

 ルイーサは、ヒルデガルドの仕種に釣られるように示された方向に目をやると、細い上りの階段が映り込んだ。


「私ね、修練しに来たわけじゃないの」

「ルイーサ様、武具屋に立ち寄るのであれば、修練の名目が守られて丁度良いかと」

「あなた……まあ、いいでしょう。また一日中匍匐ほふく前進なんて悪夢は見たくないわ」

「あの時は見ていられませんでした。私を百叩きにしてくだされば良かったのに」


 ルイーサは、ヒルデガルドの猫っ毛を撫でてから小ぶりな耳に掛け、やさしく噛むかのように口を近づけてつぶやいた。


「こんなことに付き合わせて悪かったわ。あなたを巻き込んでいるのに勝手なことばかりして」

「私はルイーサ様の奴隷。ルイーサ様が満たされるためなら何でもします。お気になさらず」

「はあ……まったくこの子は」


 路地の手前、街道の脇で、通り過ぎる者すべての目線を浴びる中、主人が奴隷を抱きしめる。

 その光景を見た通行人は、照れくさそうに足を速めて去っていた。


Szene-02 武具屋、カウンター


「ヘルマとヨハナが用意している物もあるでしょうから、これで試してみればよろしいかと」


 今は、先輩二人が用意しているはずの武具で間に合うはずである。


「そうなんだけどね。ティベルダに町を見せたかったし、一緒に買い物がしたくてさ。ほとんどボクのためなんだ。自慢のお茶とか色々ありがと」

「よほどその子が気に入ったんですな。デュオを組むには大切なこと。これから忙しくなりそうですし、いいことだと思いますぜ」


 エールタインは買い物と貰い物が入った麻袋を抱えてカウンターを離れる。


「じゃあね。次は生地を買いに行くんだ。ティベルダ、行くよ」

「はい!」

「お気をつけて」


 店から出て行くエールタインたちを見送る店主は、見えるはずのない空を見上げてつぶやいた。


「アウフ様、立派な子になっておりますぞ」


 垂れかけた頬を吊り上げ、手のひらで片目を拭い、店の奥へと入っていった。


Szene-03 南北街道、西側路地前


「よし、次は生地のお店に行くよ」

「先ほどのお店ですね」


 階段を下りていく途中で二人の少女が抱き合っている。

 その横を静かに通り過ぎて南北街道を東へ渡った。


「すごく仲のいいデュオだったね。あそこで抱き合うなんてさ」

「びっくりしました。でも、うらやましいかも」

「え!? ティベルダってああいうの平気なの?」

「エールタイン様なら、ですけど」

「はへ? いやいや、変な声出ちゃったよ。頭を撫でたり手をつないだりはしているけど……ははは」


 エールタインは照れ笑いをしながら生地屋の扉を開けた。


Szene-04 南北街道西側、路地前


「ルイーサ様、あの……」

「こういう時は黙ってじっとしていなさい」

「でも、あの人が」

「もお、私に抱きしめられているのだから、ただ喜べばいいのよ」

「……はい」


 ヒルデガルドは、探していた銀髪の人を見送りながら、ジッとして抱きしめられていた。


「なんだか私が落ち着いたみたい。ありがとうと言っておくわ」

「私こそありがとうございます。ところでルイーサ様」

「何?」

「先ほど銀髪の人が通り過ぎて行かれました」

「……!?」


 辺りをキョロキョロと見回してからヒルデガルドの顔を直視する。


「どうして言わなかったの」

「言おうとしたら止められましたので」

「あ……」


 ルイーサは、指先をおでこに当てて、手のひらで片目を隠すことで失敗を認めた。


「そうね。あなたは何か言おうとしていたわ。それで、どこへ向かったかわかる?」

「街道を渡られたと思うのですが、はっきりとは……すみません」

「あなたは何も悪くないわ。近いのは確かなのだから、追いましょう」

「ルイーサ様、そろそろ戻られた方がよろしいかと」


 普段の決まりごととして、昼過ぎには家に戻り、師匠と修練をしなければならない。

 あれやこれやと理由を付けて作り上げた時間だが、修練の時間に遅れると師匠から怒られるのは間違いない。


「この辺りに来ることはわかったのだから、帰りましょう。罰だけは避けないと」

「賢明なご判断かと」


 ルイーサは一瞬ギュッと拳をにぎってから歩き出す。

 ヒルデガルドは、主の一部であるかのように、突然の動きにもしなやかな身のこなしで後に続いた。


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