Szene-01 ダン家、玄関前
「お帰りなさいませ」
「あらあら。可愛らしい子が一緒ですね」
ヘルマとヨハナがお待ちかねだったようだ。
玄関前にて並んでお出迎えしている。
「ただいまー! 可愛い子に会えたよ……あれ?」
ティベルダはエールタインの後ろに隠れて、片目だけ出している。
手は固く握られたままだ。
「あの二人はティベルダと同じ助手さんだよ。とても優しいから安心して」
エールタインが頭をなでながらティベルダを自分の前に立たせた。
両肩を掴まれているために後ろを振り返られないティベルダ。
必死にエールタインの顔を見ようとするが見ることができないでいる。
そんなティベルダの耳元でエールタインはささやいた。
「さあ、二人に自己紹介してくれる?」
ゆっくりとヘルマとヨハナへ目をやる。
そのまま固まってしまった。
「主人からの最初のお願いだよ? 聞いてくれると嬉しいんだけどなあ」
ティベルダは両手をギュっと握って二人をジッと見つめ、小さな口を開いた。
「き、今日からエ、エールタイン様のお世話をさせていただきます、ティベルダと申します。教えられた事しか分からないので、いっぱい色んなことを教えてください……よろしくお願いします」
「おお! 凄い! 立派なあいさつだったよー」
わしゃわしゃとティベルダの頭をなでまくるエールタイン。
すると、あっという間にサラサラのロングヘアがくしゃくしゃになってしまった。
「ねえティベルダちゃん。髪の毛が凄くきれいだね」
片手で軽く一束握りすべらせる。
スルスルと親指と人差し指の間をすり抜けてゆく。
「エールタイン様の髪の方が……素敵です」
「え、そう? ありがと。主人に気を使えてえらいね!」
「違いますっ! 凄くとっても大変綺麗ですっ!」
「えっと。目一杯きれいにしてくれたけど、かっこいいんだからね、ボクは」
ダンは二人のやり取りを指差し、片手はやれやれと言った感じで手のひらを空へ向け肩をすくめている。
「うふふ、もう仲良しですね……あ、今きれいって。もしかしてティベルダちゃん……」
ヨハナが何かに気付いて言った。
エールタインは再度ティベルダの肩をつかみ、顔をのぞき込む。
「ティベルダちゃん、もしかして気付いてる?」
「……何のことですか?」
「その、ボクが……」
「……もしかして……隠していらっしゃるのですか?」
「そうじゃないんだけど。身内以外の人たちは気づいていない人が多くてさ」
キョトンとした表情でエールタインを向く。
両肩をにぎっていた手の力は抜けていたため、簡単に反転ができた。
「――――お姉さんだから安心したのです」
首を傾けながらニコッとしてみせるティベルダ。
「そういえば男性恐怖症だったっけ。だからボクを見たら震えが止まったんだね」
「男の人が来ると思っていましたので……とても安心したのです」
「男性恐怖症だからこそ簡単に見抜いたってことか。だからどうってことは無いから大丈夫だよ」
「良かった……」
笑顔のままエールタインの顔を見つめ続けている。
あまりにもジッと見つめられ続けているので、エールタインが照れ出した。
「まあ、その……ティベルダちゃんが安心して仲間入り出来そうで良かったよ」
頬をぽりぽりとかきながら軽く明後日の方向を向くエールタイン。
そんな二人のほほえましいやり取りを見ているダンであったが、話に割って入った。
「エール。お前はこの子の
師匠の野太い声が耳に入ると、エールタインは背筋を即座に伸ばした。
「は、はい! 年下の女の子と話すのが珍しい事だったからつい」
「気持ちは分かる。だがな、気持ちの隙が一番危ない。常に緊張感を持て。その子のためにもな」
「この子のため……分かりました。でも、どうやればいいの?」
「お前自身が動きやすくなったり、助かったりすることを遠慮なくやらせる、それだけだ」
目の前にいるティベルダへ目線を戻す。
「私はエールタイン様の奴隷です。何でもお申しつけください。そのための教育を受けてきたのですから……ご命令が無いと生きている意味がありません」
「そんなこと無い! わかったよ、ティベルダちゃん……いや、ティベルダ! これからはボクが一緒だ。ずっと命令し続けてあげる。それなら生きられるね?」
「はいっ!」
ヘルマとヨハナが涙を浮かべている。
エールタインの成長を感じたのか、二人の関係に感動しているのか。
それとも、それぞれの主との事を思い出しているのか――――
ダンの玄関先がとても温かい雰囲気であるのは確かである。
新しい家族と共に、ダン一家は玄関をくぐっていった。
Szene-02 レアルプドルフ、雑貨店前
「今日、例の見習いが奴隷を買っていったぜ」
「ほう。ってことは十五になったか」
「いくらあの見た目でも男を狙うって……お前本気で言っているのか?」
「なんでもいいんだよ。こうなんつーの? ゾクゾクするっていいじゃねえか」
「この変態野郎が」
「あ? お前も一緒にやるんだよ」
路地の坂沿いにある階段。
手すりに体をあずけて二人の男が話している。
「いやいや。俺は男に興味はねえぞ。あいつは確かに男らしいわけじゃねえけど、獣じゃねえんだから、何でもいいってこたあねえよ」
雑貨店から出てきたとある女性が、二人の話に耳を傾けている。
二人は構わず話を続けた。
「けっ。付き合い悪いなあ。お前だって前からあいつの事気にしてたじゃねえか」
「気にはなるさ。生まれもすげえし、師匠も凄い。色んな意味で憧れはするだろ」
「くーっ! だからこそ壊したくなるんじゃねえか。なあ、楽しいって」
止まる様子の無い会話をしている二人に近づく人影。
先ほど雑貨店から出てきた女性、とその奴隷のようだ。
「先ほどから耳障りな話をしているわね。耳が汚れる。今すぐ立ち去るかこの場で自害しなさい」
そう言い放った女性の右手に奴隷と思われる者が大剣を持たせた。
柄をギュッと握り、おもむろに剣先を天へと向ける。
「それとも、この麗しい剣を汚せと言うの? 男なら早く答えよ!」
「法で禁じられておりますので、剣はお使いになりませぬよう」
「わ、分かっているわよ」
いきなり攻撃態勢を取られている男二人。
どうやらこの女性を知っているようだ。
「おい、あの人って」
「ルイーサ様だよな。マズったな」
奴隷が立ち膝のままズズズッと安全な距離まで後退する。
「答えが出ぬようだな」
「ま、待ってください! すぐに去ります! どうか、どうかお助けを!」
「ならばとっとと失せよ。今後見かけたらその場で斬るぞ」
「ひ、ひえーっ!」
慌てて立ち去る二人組の男。
途中何度もつまずいていた。
訳の分からない悲鳴を上げながら去ってゆく。
「まったく。あの子のことをそんな目で見るなんて」
奴隷は用の済んだ剣を受け取り、鞘へと納め元の位置に戻した。
「ヒルデガルド、夜は激しくするから」
「はい、ルイーサ様!」
剣士見習いの女性は固めの靴底を鳴らしながらツカツカと歩き始める。
奴隷も絶妙な距離を保ちながらルイーサという見習い剣士に付いていった。