学校についた昭平は、席につくなりアクビをしそうになったが、それはぐっとこらえた。
ホームルームが終われば一限目は数学。昨日の宿題をやってきたノートを開き、無言無表情のままで視線だけを走らせる。
「問題はないようだ」
ノートをとじかけたとき。
「おーい、昭平―」
斜め前の席の男子生徒が、後ろを向いて名前を呼んできた。
「宿題よく分かんなくて・・・ちょっとだけ写させてくれよ」
「有広、宿題というのは、個々の勉学向上の為に、個人がやるべきもの。分からない所の克服の為にある。それが、まる写しをして、何の意味がある?」
昭平は指で眼鏡を押し上げた。窓から入る光が、眼鏡のレンズに反射して、昭平の目は見えない。
「意味ならあるさー」
「どんな?」
「親友にものすごく感謝される」
「ほう、どこに親友が?」
「またまたー、つれないなあ、文武両道の生徒会長さまは」
自分で親友と言った男子生徒・・有広は、昭平の肩に手をまわしてきた。
「数学の小山のやり口は汚いんだよ。絶対解けなさそうな問題を混ぜて、そんで悦に浸ってるんだ。あいつのはただのサド。教育者でもなんでもない」
「絶対に解けない問題なんて、出すわけないだろう。仮に出したとしたら、それはその指導者が教えていないか、範囲外の問題を出したかだ」
「すると、昭平君は全部解けたと?」
「もちろん」
「つまりだ・・・」
有広は昭平から離れた。
「昭平君が解けるのは、いつもの事。小山も予想はしている。しかーし、ここでクラス全員が解いたらどうだろう!、やつのサド心はずたぼろ・・・クラスは一致団結してまとまり、これから卒業するまで和気藹々。雰囲気も良くなれば、昭平君の勉強もはかどるというものじゃん」
「・・・お前な」
昭平はため息をつく。
「そこに働く頭を、勉強に使えばいいんじゃないか」
やれやれ・・・と、ノートを渡す。
「お、さすが生徒会長」
言うが早いか自分の席に持っていった。すぐに何人かが話を聞きつけて集まってくる。
「あ、白瀬さんもどう?」
有広は、後ろの席の女子生徒にも声をかけた。
「え」
白瀬美耶は呼ばれて、昭平の方に顔を向けた。
「私も見ていいの?」
「どうぞ」
昭平は手のひらを向ける。
「ありがとう!、やったー」
美耶は嬉しそうにノートを持っていき、中の一人に加わった。明るく、誰とでもわけへだてなく接する彼女は、クラスの人気者だ。
昭平は生徒会に入る事で部活はやめざるをえなくなったが、それまでは剣道部に入っており、全国大会まで出るほどにはなっていた。勉強の方も全国でいつも三位以内には入っている。大学もそれ相応な所に進学するつもりでいる。それに対して彼女は頼まれれば嫌とは言わない性格なのか、どの部活にも顔を出し、課外活動も熱心に行っている。それでも成績がそれなりなのは、ある種の才能なのかもしれない。
自分と違って正反対のリア充・・昭平が理解している彼女は、そんな感じだった。
「まあ、別にいいけどな」
少しだけ羨望の念を抱きながら、昭平は頬杖をついて窓の方に顔を向けた。
=ただいまー=
=か、帰ってきた!=
机を揺らしながら、何枚かのページを捲って読んでいたリサは、この地の唯一の魔道師・・・昭平の声に慌てて顔をあげる。隠れようとしたが、その必要もない事にすぐに気がつく。
「・・・・ん?」
ドアを開けて入ってくるなり、机の上の本が開いている事に気づき、昭平はじっとその本を見つめる。
「・・・なるほど・・・」
机の下に顔を入れる。脚の留め金が緩んで外れていた。これで傾いて、本が捲れたのだろう。
「世界は今日も平凡に満ちているな」
制服のブレザーを脱いで、椅子の背もたれにかける。そして本を手にとった。昨日買ってきたばかりで、まだ途中までしか読んでいない。読もうと思えばすぐに読み終えるが、終わる事がもったいなく思い、少しづつ読み進めるつもりだった。
=・・・・・・・・=
リサは昭平の背後から迫り、頭越しに本を見つめる。ゆっくりとめくってくれるおかげで、文を理解するのはもちろん、挿絵に感動する時間さえ持つ事ができた。
その文献は前の続きのようで、読んでいても分からない事が多々あった。が、あらすじはどうにか分かった。
主人公の青年が、もの凄い力を持った存在を仲間にして、他の存在と戦って生き残りを目指している・・・と、いうのが、大体の内容だった。そこに記されている呪文は、どれもすばらしく強力で、その一撃で周りは灰燼になるほどであった。
リサは青年を見つめる。戦闘に使う破壊的な魔法は珍しいものではない。リサの国では一般の兵士から、騎士までが、それぞれの技量において習得して戦いに使用していた。何度か模擬戦で見た事はあるが、魔法を駆使して猛々しく戦う姿は、リサには少し怖く感じられた。
=この人は、戦闘系の魔法を習得しているのかな=
それほど好戦的には見えないが。それを言うなら、そもそもが魔道師にも見えない。おかしな服装をしてはいるが、ごく普通の青年にしか見えない。
「そうきたか!」
突然、昭平は声をあげた。リサはびくっとして思わず目を瞑る。
「犠牲を払っても最強の魔法を使うのか・・・」
昭平はニヤ・・と笑う。
「我が求むは炎帝の寵愛・・古の盟約に従い・・・・」
=・・・・・・・=
リサは息を飲んでその姿を見つめる。
全く知らない魔法の力。だが、その効力はすさまじい物である事は想像できる。その言葉の向かう先は、それこそ天変地異クラスの魔法が放たれるに違いないのだ。ただ黙って次の言葉を待つ。
「・・・いや・・・」
昭平は伸ばしていた腕を下ろした。息をとめていたリサはきょとんとした顔で昭平を見つめた。
「・・・姫・・・」
=!=
後ろを向いたまま、いきなり呼ばれてリサは慌てて口を押さえた。
「姫・・・今、使えば、君も巻き込んでしまう」
=・・・・え?=
もしかしたら、見えているかもしれないと、胸が高鳴る。
=あ・・・あの・・・・=
背中ごしに手を伸ばす。声は少し震えていた。
「もう少し・・・あと少し待ってくれ・・・」
=・・・え・・あ・・その・・・=
聞こえてない・・・いや、聞こえてるのか?・・・聞こえている? どっち?
「君が好きだ・・・」
=あ・・・あう!=
口から何かが飛び出しそうになり、顔が真っ赤になった。
「この気持ちを伝える為に・・・俺は・・・・」
=・・・・・・=
「このつまらない世界を・・・君を拒むこの世界を・・・壊す!、・・そして君の騎士になる!」
その言葉には感情がこもっていた。
=・・・・・ど・・・どうも・・・ありがとう=
リサはどうしていいか分からず、頭を下げてしまった。
=じゃなくて!=
昭平の前で手のひらを振る。
反応が見られない・・・が、それにしては、受け答えしていた事実の説明がつかない。
部分的に伝わっているとすれば、これからの魔法の強化がそれを解決してくれるだろう。
日中に何処に行っているのか・・・人となりを知る事で分かってくるかもしれない。ほとんど魔力の消費なしに追跡する方法を思いついたリサは、次の日から実行する事にした
「じゃ、行ってくる」
昭平は振りむきもせずに、それだけ言って玄関を出た。
=今だ!=
リサは両手をあげてバンザイの姿勢になる。その手の先に複数の青く輝く魔法の円の光が現われた。
=我焦がれるは天の楔・・・絆にてその血脈を繋ぎ止めん・・・=
円は回転し、一つがリサの体にまきつき、一つは昭平の体に落ちた。
=プリズン、チェーン!=
ここに来て初めてリサにとっても詠唱を必要とする大掛かりな魔法を使った。
輝きは目もくらむばかりの光を放ち、その後二人の輪が細い光の糸で結ばれた。
昭平が移動すると、リサの体も引きずられるように、同じ方向に引っ張られていく。
=・・・うーん・・ここまでして・・・こんなもの?=
本来ならば、巨大な魔物を縛り付けておく程の力のある魔法の鎖は、緩やかに引っ張られる細い糸程度でしかない。それでも昭平の動く方向に勝手に移動していくのは、魔力の消費を抑えたいリサにとって具合がいい。
昭平の歩く先には、最初に見た事のある二つ目の鉄の塊、それの一際大きなものがあった。昼間に見るそれは目が光ってはおらす、あまり恐ろしい感じはしない。昭平は中に入っていったが、リサも宙を浮いてあとに続いた。
=・・・・・・・=
中には、昭平と同じ服を着た、青年と、似た感じの服を着た女性たちがたくさんいた。
椅子もあり、座っていつ者、立って話をしている者・・様々であった。塊が低いうねりをあげながら動きだす。この塊は生き物ではなく、乗り物なのだという事をそのとき始めて知った。
「昭平君!」
女性の一人が近づいてきた。
「この前はノートありがとう。助かったー」
ニコニコしながら昭平に話しかける。
「その件なら、有広に言ってくれ。そのつもりはなかった」
「・・・うーん・・・そうですか・・・」
彼女・・美耶は少し顔を曇らせた。
「帰りはバスで帰らないですね」
「寄る所があるからね」
「・・へえ、買い食い・・・とかじゃないですよね。昭平君はそんな人じゃないし」
「どんな人だと思ってるんだ」
昭平はため息をつく。
「本屋に寄ってるだけだよ」
「へえ・・・」
美耶は両手でつり革につかまったまま、昭平に少し近づいた。
=・・・・・・?=
近づくと、リサはなぜか体がその女性の方に引き寄せられる感じがして首を傾げる。
「生徒会長は何を読んでるんですか?、・参考書・・は、もう昭平君レベルになると必要ないですよね。・・・啓発本・・とか?」
「・・・ま、まあ、そんなものだ」
昭平は咳払いして、眼鏡を上にあげる。
お茶を濁して、その話題はそこで切り上げる。大きな建物の門近くで止まり。二人はしばらく廊下を歩いた後、一つの部屋の中に入った。
=・・・・・・=
部屋の中には、さっきの乗り物の中よりも更に多くの人がおり、リサは物珍しさにあちこちを見渡す。黒板に、教卓・・・並べられた、たくさんの机と椅子・・・そこでここが学校である事を理解した。リサも魔法の勉強を始めたての頃、たくさんの人達と一緒に勉強した事を思い出した。ここで昭平も勉強しているのだろうか。それにしてはなぜ大魔法の詠唱が出来るのだろうか。あれは学生が使える代物ではないはずである。