二〇二七年七月七日。
七月の学園祭が終わり、夏休みが近づいてくる。
体育会系の部活動も、私の姉が所属していた吹奏楽部のような文化部も、大会や練習試合に追われ、充実した青春を過ごすのだろう。
けれど、私は鬱屈としていた。
高校生になれば、中学時代とは違う大きな変化や新しい出会いがあると思っていた。たしかに、二回目の高校の学園祭は楽しかったし、中学より自由に動ける時間も増えた。けれど、すべてが形式的で、心から燃えるようなものがない。出会いも挑戦もなく、世界がモノトーンに見える。
「だからこそ、私はこの学校も……」
体育館のステージでは、新しい生徒会長を決める討論会が行われていた。
候補者たちは良いことを言う。けれど、それは児童会長時代から変わらず、「いい子でしょう選手権」の延長にしか感じられなかった。そもそも演説内容は、先生や選挙管理委員会のチェックを受けており、すべてが決められたとおりに進んでいく。社会に出れば、こうした無感情で形式的な進行が求められるのだろう。だからこそ、今のうちに慣れておくべきなのかもしれない。
「では、次の候補者。放送部二年の小野寺渚さん、お願いします」
司会の声とともに、一人の少女がマイクの前に立った。話したことはないが、有名な存在。小野寺渚。黒髪のロングヘアが特徴で、まるでモデルのような佇まい。評判も良く、先生からの信頼も厚い。生徒会長には、まさにうってつけの人物だった。
しかし。
小野寺さんはマイクの前に立ったまま、何も話さない。体育座りの生徒たちがざわめき始め、選挙管理委員のスタッフも動揺している。
「あの……小野寺さん? 大丈夫ですか?」
司会者が心配そうに声をかける。しかし、小野寺さんは意図的に無視したように息を吐き、咳払いをする。
「……まったく」
「え?」
「まったく、つまらない!」
一瞬で、体育館が静まり返る。
「どいつもこいつも、いい子ぶった話ばかり。つまらないですよ! いい子ちゃんを生徒会長に選び続けてきたから、学校生活がマンネリ化してしまったんです! こんなの、クソみたいな茶番ですよ!」
「ちょ、小野寺さん! 事前の打ち合わせと違う話は……」
「ねえ、黙ってて。主役は司会者じゃないでしょう?」
選挙管理委員の制止を無視し、小野寺さんは続ける。
「私は、こんなありきたりな政策なんて嫌だ! せっかくだから、みんなで思い出を作りたい。人生で一度だけの高校生活だからこそ、もっと楽しいことをした。だからこそ、私はみんなと海外旅行に行きたいです!」
その瞬間、生徒たちの関心が一気に小野寺さんに向いた。
「おい、小野寺さん、ふざけるな!」
「事前の話と違うだろ!」
他の候補者たちが怒りを露わにする。
「ふざけてなんかいないわよ。むしろ、あなたたちのほうが何も考えていないじゃない。『良い学校』『風通しの良い学校』? そんなの、くそくらえ。クリーンな学校にしたいとか言いながら、選挙に口出しして、やってることは独裁国家じゃないの?」
怒りを滲ませながらも、彼女は誰よりも生き生きとしていた。
その姿に、私たち聴衆は引き込まれていく。まるで新しい指導者の誕生を感じた。
「だから、海外旅行……いや、それをもっとより楽しくできる方法を見つけました!」
一呼吸置き、小野寺さんは劇的に宣言した。
「全校生徒で映画を作ります。そして、世界三大映画祭。カンヌ、ヴェネツィア、ベルリン。そのどれかに出品しましょう! 私たちの忘れられない思い出を作るの!」
その瞬間、体育館が割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。特に男子生徒たちが大きく盛り上がっている。
私も何かが変わる気がした。退屈だった日常に、ピースがはまるような感覚。胸が高鳴る。感情で言い表せない、何かを感じた。
しかし、事態を重く見た先生が、慌てて割り込んだ。
「小野寺さん、それは無茶だ。嘘をついてはいけない」
「嘘?」
「映画作りなんて無理だし、そもそも何を作るつもりなんだ? プランのない公約は無効だよ」
「へぇ。マニフェストを守らない大人が、それを言うんですね?」
小野寺さんは、クスッと笑いながら言う。
「でも、私にはプランがある。作りたい作品も決まってる」
先ほどまでの勢いとは打って変わり、静かに、しかし確信を持った声で、彼女は語りかける。
「どうせ作るなら、この第二甲府高校をモデルにした映画を作りたい。だから……」
彼女は、体育館の中であったが、私を真っ直ぐに見つめた。
「二年二組、文学部の橘春さん。あなたの作品、『17の夏』を実写映画化したい」
その瞬間、胸の高鳴りは止まり、代わりに恐怖が押し寄せた。