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第8話 戦闘(春菜)

「すっげーー!! なんだこれ、うますぎ!!」


「ちょっと辛いのがたまんなーい! おかわりしたーい!!」


 さて、今は夕飯の時間。皆で焚き火を囲んでカレーを食べているところだ。

 想像以上に皆この味を気に入ってくれて、ほっとした。お口に合わなかったらどうしようって心配だったから。


「ハルちゃん、料理まで上手いのかよ。ますます結婚したいぜ」


「アレク先輩、それもう聞き飽きた」


 和気藹々としたこのムード、林間学校みたいで楽しいな。魔物の討伐に来ていることなんて忘れちゃいそうだ。

 アレク様はあの日以来私の顔を見るたびに、付き合おうとか結婚しようとか語りかけてくるものだから、そういった言葉にもすっかり慣れてしまった。

 本気で私のことを好きになってくれているわけじゃないと分かるからかな。彼にとっては挨拶がわりの台詞なのだ。



 夕食を終えて、簡単な罠を張ったあと、それぞれがテントに入った。

 男子達が代わる代わる火守りと見張りを務めてくれるそうなので、私とシャリィちゃんはテントに入って休息をとることにした。

 中はカンテラの灯りによってなかなかの明るさだ。私は魔術教本を広げて、マナリスの力を借りた治癒術について頭に叩き込んでいた。


「ねぇねぇハルナっち、恋バナしよ!」


 ガリ弁モードになっている私の頬を人差し指でつつくと、シャリィちゃんはニヤリと笑みを見せる。


「いいよ! しよしよ!」


 前の世界では縁のなかった話題だ。喪女歴イコール年齢だった私にとって、それはまさにリア充の象徴。

 推しが住む世界に引っ越してきた今、私は堂々と好きな人の名前を挙げることができる!!


「アタシ実は気になってる人いるんだよね」


「え!? だれだれ!!?」


 シャリィちゃんはそもそも男の人が好きなのか、女の人が好きなのかを知るチャンス到来だ!


「みんなにはヒミツね」


「了解! 誰にも言わないから!」


「うふふ。実はね、ベルナール部長。アタシのこと女として扱ってくれるからさ。嬉しくって」


「そうだったの!? 部長さん優しいし、いいと思うよ!!」


 彼は男同士で会話している時と、女子に話しかける時ではまるで態度が違う。女子相手だと少し遠慮がちというか、緊張交じりというか。

 あまり免疫がないのかなぁと感じさせられることがしょっちゅうだ。アレク様と違って奥手なのだろう。


「ハルナっちは、あーちゃん先輩のことどう思ってるの?」


「どうって……」


「ほら、しょっちゅうアプローチされてるじゃない?」


「うーーん。それはそうなんだけどね、アレク様、私のことが好きで言ってるようには見えなくて」


 私はアレク様のことが本気で好きだ。

 好きで好きで、以前いた世界では一日中彼のことを考えていたし、漫画を読み返しながら、なんでもないシーンに涙したり、

 彼が傷つこうものなら、まるで自分の半身をえぐられたようなショックを受け、数日会社を休んだりもしていたっけ。

 生活するうえで何よりも優先していたし、自分の中でもはや抱え切れないくらいに大きな存在になっていた。

 だからこそ分かる。アレク様は私に恋愛感情を持ってくれてはいないということが。


「そうねぇ。あの人本当に軟派だから。本気で惚れさせるのは難しいと思うな」


「だよね。それは分かる。でも私、アレク様のこと好きなの。好きだから、お互いをきちんと知った上でお付き合いできたらなって」


「そっか。ハルナっち、やっぱりあーちゃん先輩のこと好きなんだ。だったら応援する!」


「ありがとうシャリィちゃん。私も、部長との仲を応援してるからね」


「えへへ、ダメ元で頑張ってみるよ」


 と、照れながらはにかむシャリィちゃんは、どこからどう見ても乙女だ。

 いつか部長がシャリィちゃんに振り向いてくれたらいいな。




 事態が動いたのは、うとうとと半分まどろみの中に落ちた頃だった。

 テントの外から呼びかけがあり、私とシャリィちゃんは急いで外に出た。


「茂みの向こうにジャグルが来てる。眼が光っているのが分かるかい?」


 槍を構えて目を鋭く細める部長に、いつもの穏やかさはない。


「ヤツら、火が苦手だろう。警戒して襲ってはこねぇが、機会を窺ってやがる」


 と、その場にしゃがみこんでアレク様は何やら呪文をとなえはじめた。


「サブウェル・テラ・バリウス……ミリル・レイ・フェヴァリーズ……」


 どこか異国の言葉で、複雑な印をきりながら詠唱すれば、彼の半径3メートルほどに大きな魔方陣が浮かび上がった。


「これでよし。焚き火の周囲に結界を張った。ハルちゃんはこの中で待機しててくれ」


「はい! ありがとうございます!!」


 たしか風の精霊の魔術には、モンスターだけを退ける特殊な結界法があると教本で見た。アレク様が唱えたものはそれだろう。

 結界の中で治療道具を広げ、教本で治癒術をおさらいしながら彼らが戻ってくるのを待つ。


 皆がこの場を離れてすぐに、茂みの奥で遠吠えが聞こえた。ジャグルの群れとの戦闘が始まったのだろう。

 それぞれの勇姿を見に行きたいけれど、さすがに私が出て行っては足手まといになる。

 次第に大きくなっていく戦闘音に身を震わせながら、私は皆の帰還を待った。


 茂みの向こうでチカチカと光が点滅する。術師の二人が動いている証拠だ。

 ハヤトくんはおそらく魔物との戦闘は初めてだろう。こんなイベントは原作になかったから分からないけれど……大丈夫かな。


「うわぁっ!! そっちに逃げた!! ハルナ先輩、気をつけて!!」


 ハヤトくんの叫びに急いで顔を上げれば、一匹のジャグルが、こちらに襲い掛かろうとすさまじいスピードで接近していた。

 怖い。鋭いキバをむき出しにして、目を光らせながら飛びかかってくる。

 けれど今は結界の中だ。アレク様を信じてこの中でじっとしていよう。

 ぎゅっと身を縮めてしゃがみこんでいると、前方から射られた矢が、炎をまといながらジャグルを貫いた。追撃に、二射、三射と串刺しのように矢がささる。


「やったぁ!! アタシのファイア・エレメンタル見た!? クリスっち!!」


「オレが正確に射ってやったからこその勝利。9割オレの力」


「ひっどー! 物理攻撃だけじゃ決め手に欠けるから協力してあげたんじゃん!」


 クリスくんとシャリィちゃんがあれこれと言い合いをしながら、こちらに歩み寄ってくる。


「アサノ、怪我はない?」


 結界の外から、クリスくんが心配そうにこちらを覗き込んでくれる。


「結界のおかげで無傷だよ。二人とも、さっきの攻撃すごかったね。助けてくれてありがとう」


「えへへ、覚えたての術だったけど成功してくれたよ! アタシの腕もなかなかのもんでしょ」


 シャリィちゃんは買ったばかりの魔杖の先端をこちらに向けて、嬉しそうにウインクをした。


「皆本当にすごいよ。部長たちの方はどうかな?」


 ここからでは姿が見えないけれど、どうやら部長とアレク様は森の奥へと分け入って戦闘を繰り広げているらしい。


「あの二人が組めば何匹来ても楽勝だと思う。めちゃくちゃ強いから、どちらも」


 あらかた目に見える範囲の敵は排除できたようで、クリスくんとシャリィちゃんは伸びをしながら一息ついている。

 漫画の中でも部長とアレク様のコンビは別格の強さを誇り、無敗のコンビと呼ばれていたっけ。



「おーい! クリス先輩、シャリィ先輩! 部長達が呼んでるよー!!」


 茂みを掻き分けて、ハヤトくんが顔を出し、ぶんぶんとこちらに手を振っている。


「残りもちゃちゃっと片付けますかぁ!」


「あと一息だろうからね。行こう」


 シャリィちゃんとクリスくんが、ハヤトくんと合流すべく走り出した。


「いってらっしゃーい!! 気をつけてね!!」


 遠くから声援を送ることしか出来ない自分がもどかしい。私にも戦闘能力があったらな。

 マネージャーはこんな時何をすべきか。スポーツ部のマネージャーって、皆こんなにそわそわとした気持ちで選手を見送るのかな。



 結界を張った地点まで5人が戻ってきたのは、それから2時間ほど経った頃だった。

 それぞれが泥や埃にまみれ、傷だらけの帰還となった。


「ふあー、強敵だったなぁ、ボスジャグル」


「無謀な突っ込みは誉められたものじゃないが、今回ハヤトの一撃が効いたな。よく頑張った」


「いい技持ってんじゃねぇか! 見直したぜ!!」


 ヘトヘトになって地面に倒れこんだハヤトくんの肩を部長がねぎらうように叩き、アレク様はわしゃわしゃと頭を撫でながら満足げに笑っている。


「ハヤトくん、すごく活躍したんだね。治癒するからそのまま寝ててね」


 一番ひどい怪我を負っているであろうハヤトくんを真っ先に治療だ。

 私は彼に駆け寄って、覚えたてのマナリスの治癒術を唱えた。


「水の精マナリスよ、我が元へ降り立ち、大いなる恵みを与え給え。リャグ・ビエラ・フォン・マナリス」


 マナリスの呪文は基本的に呼び出しの申請後に欲しい加護を古代ストワール語で唱えるという形式だ。

 数ある魔術の中でもなかなかオーソドックスな流れであり、覚えやすい。


「おおおっ!! すっごい! 傷ふさがった!! ありがとう、ハルナ先輩!!」


 横腹に大きく切り傷をつけられて痛ましい姿だったハヤトくんだけど、丁寧に呪文を唱えた甲斐があって、快癒した。

 私の魔力では手を添えた一箇所しか治療できないので、全身の傷を塞ぐには少し時間がかかってしまいそうだ。


「ハルちゃん、こういう傷には月術がいいと思うぞ。全身を癒す術が複数あるはずだ」


「はい。それは知っているんですけど、月術の教本を持っていなくって……」


 せっかくアレク様が助言してくれたというのに、応えられないことが残念でならない。

 彼は自ら治癒術を唱えたようで、傷跡はもちろん衣服の汚れまで綺麗さっぱり元通りになっている。すごい魔力だなぁ。


「月術の教本は、こっちにゃ出回ってないからな。翠に渡れば買えるだろうが……」


「はい。ですから次の連休の時にでも、翠に帰ってみようと思って」


「なんだって!!? 俺様も連れていってくれっ!!!」


 翠の名を出した瞬間、アレク様はとびつくように私の肩を両手でおさえてぐっと顔を近づける。


「え……っと、たしか翠の入国管理は厳しくって、観光者ははじかれてしまうはずです」


「だからな、俺様とハルちゃんが結婚を前提に付き合っていることにすればいい」


「それだとギリギリいけるかもしれませんが……」


「頼む。形だけでもいい! 婚約者ということにしてもらえねぇか?」


 プライドの高いアレク様が、土下座の体勢でこちらに頭を下げている。これはさすがに断れない……。


「分かりました。では表向きそういうことで。またあらためて計画を練りましょう」


「ありがとうハルちゃん! 愛してるぜ!!」


 ぎゅっと強く抱きしめられ、頬にキスが振ってくる。

 間近で部長の傷を癒していたシャリィちゃんが、きゃーきゃー言って喜んでいる。は、恥ずかしい……!!


 それから私を含め術師の三人で手分けして治療を行い、無事に全員の傷が回復した。

 疲労の色が強く出ているみなさんに、お疲れ様ですとムルルの蜂蜜漬けを差し出すと、皆がとびついて一瞬でなくなってしまった。

 甘酸っぱい果実であるムルルは、蜂蜜漬けに合う。レモンの代わりにと試しに作ってみたらこれがすごくおいしくて、部活終わりの差し入れの定番になっている。


 蜂蜜漬けをつまみに全員で祝杯をあげたあとは、テントに戻って就寝となった。

 長時間の戦闘で疲れきったシャリィちゃんは、横になるなりすぐさま可愛い寝息を立てて熟睡している。

 私もすぐに眠れそう。戦闘には加われなかったけど、今日はよく動いた。マネージャーらしく過ごせた一日だった。


 次の連休は約一ヵ月後。アレク様と二人きりで、初めての旅行になる。さて、どうなることやら。

 彼の顔を思い浮かべながら、私はドキドキしながら眠りについた――。


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