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第7話 討伐(春菜)

 ストワールアカデミーでは、魔術科の2年に編入した。

 シャリィちゃんと同じクラスだ。一緒に行動しているうちに、すっかり打ち解けてしまった。

 ここでは魔術と精霊の歴史や地理、調薬、科学などを学ぶ。どの授業も新鮮で面白い。


「精霊は一人一体しか身に宿せないわけじゃなくて、自分の中に複数の回路を作れる人なら契約のチャンネルを増やせるのよ」


 今は「調薬」の時間。

 ぐつぐつと薬草が煮えたぎるフラスコを凝視しながら、シャリィちゃんが教えてくれる。


「でも難しいよね。教本には、大いなる信仰と、チャンネルの切り替えに耐えうる器が必要ってあるけれど……」


「ストワールの国精マナリスは友好的で優しいから、毎日教会に通ってれば力を貸してくれるはずよ。アタシは毎朝5時起きで2時間祈祷してるわ」


「うそ、そんなに!? 私も明日からやる!」


「オッケー、一緒にやろ! あーちゃん先輩みたいにたくさんの精霊と友達になれたらなぁ」


 大きくため息をついて、シャリィちゃんはフラスコを揺らした。複数の薬草から煮出したポーションは綺麗な色に染まっている。


「アレク様、すごいよね。10数種の精霊と契約って……頭こんがらがりそう」


 私は基本となる月の精霊すら使いこなせていないというのに。アレク様の頭の回路は一体どうなっているんだろう。


「悔しいけどさ、本物の天才だよ。やってることが高度すぎて、アタシじゃ全然ついていけない」


「でもシャリィちゃんも覇道部の魔術師なんだから! もっと鍛えていこうね!」


「うん。皆のサポートできるように精進するわ! ハルナっちも一緒にがんばろ!!」


「うん! 目指せ優勝!!」


 手を重ね合わせて、にっと微笑みあいながら気合を入れる。そうだ。私達は初出場ながら優勝を狙っているんだから!!

 どこの国にも負けないよう、修行して、作戦を練って、そしてチームワークを鍛えていかなきゃ!!



 翌日から、私の生活はみっちりとスケジュールの詰まった有意義なものに変わった。

 5時起きでシャリィちゃんと一緒に2時間祈祷し、その後大慌てで朝ごはんを食べて授業に出る。

 授業が終わったら、すぐさま部室の掃除と、衣類やタオルの洗濯。

 部活終わりにはお腹をすかせた部員達に果実の蜂蜜漬けとドリンクを渡すのだけど、ドリンクはそれぞれ違う調合で作っているためなかなか時間がかかる。

 ハヤトくんの入部によってやる気に火がついた部員達は、連日寮の門限ギリギリまで訓練を重ねており、自室に戻る頃には体力を使い果たして皆ヘロヘロだ。


「はー、今日も終わったぁ。よく働いたよぉ」


 お風呂をすませてベッドに倒れこむと、ラッシーが肩から腰にかけての凝りをほぐしてくれる。


「はるなちゃん、毎日よく頑張ってるよね。こっちの世界にはもう慣れた?」


「うん、慣れた。最初は夢かもって思ってたんだけど、やっぱりこれは現実なんだね。なんだか景色が鮮明でキラキラしてるもの」


「順応度が高いからだよ。こっちの生活にすぐ適応できたでしょ?」


「そうだね。驚くほど速く馴染んじゃったよ。夢や目標もできたし、すっごく充実してる」


 元の世界でどう生きていたのか、今ではおぼろげにしか思い出せない。

 転移して新しい世界に順応すればするほど、元の世界での記憶も薄れていくと聞いた。いずれは完全に抜け落ちてしまうのかな。


「明日も朝早いんでしょ? ゆっくり休んでね」


「うん。ありがとうラッシー。私、こっちで生まれ変わって頑張るから、応援してて」


「もちろんだよ。おやすみ、はるなちゃん」


 うとうとと会話を終えて、私はふかふかの布団をすっぽりとかぶって目を閉じた。

 これからもっともっと忙しくなる。早寝早起きを徹底しなきゃ!



「皆、腕試しに行かないか?」


 アレク様がそう言って部室に一枚の紙切れを持ってきたのは、週末の休日をひかえたある日のことだった。


「腕試し? どうした。西の洞窟でも探索するか?」


 部室の床で腹筋中の部長が体を起こして首をかしげた。なんだか初めて会った日よりも体が一回り大きくなってる気がする。


「今、冒険者ギルドでジャグル討伐の依頼が出ててな。ガルド山に住み着いてだいぶ悪さしてるらしい」


 部室のテーブルに討伐依頼書を広げたアレク様は、部員達の顔を見渡してニッと笑みを浮かべた。

 依頼書には「ジャグル」と呼ばれるモンスターの絵が描かれている。四つ足で立つ狼のような風貌。牙が鋭く、群れで行動する魔物だ。


「すげぇ! オレ行きたい!」


 ハヤトくんが目を輝かせながら勢いよく挙手する。


「ハヤトちゃん、こいつらケモノのくせにすんごいチームプレイすんのよ。大丈夫?」


 慎重派のシャリィちゃんは腕を組んで思案中のようだ。


「オレは賛成。動く的で修行したいと思ってたとこ」


 クリスくんは自身の体よりも大きな弓をかついで、自信ありげに笑みを見せた。

 残るは部長だけど……と、全員の視線が彼に向かう。


「そうだな。僕らには実戦経験が足りていない。行ってみようか」


 立ち上がってタオルで汗を拭きながら、部長は依頼書に目を通して大きく頷いてみせた。


「そっか。みんながそう言うならアタシも行く。でも万全を期していこうね」


 シャリィちゃんが納得したように頷けば、満場一致で討伐部隊の完成だ。


「おし、決まりな! 各自これから準備して、マルスの鐘が鳴るまでに部室に集合だ。テントや灯りは俺様が準備する。あとは各自食い物を持ち寄ってもらおうか」


「了解!!」


 そんなわけで、それぞれが準備のために寮へと戻っていく。

 マルスの鐘というのは、朝、昼、夕と一日三回鳴らされるこの町のシンボルだ。時間で言うとだいたい夕方の5時くらいかな。急いで荷物をまとめなきゃ!


 買い物を済ませて寮に戻り、荷造りをする。

 着替えを二着と、タオル。魔術教本に治療道具一式。

 そして、急いで作ったサンドイッチとムルルの蜂蜜漬け。

 一応調理道具一式も持っていこう。市場で香辛料を買い込んで自己流でカレールーを作ってみた。

 この世界にもお米はあるから、ここはいっちょカレーを披露してみたいと思う。

 こういう泊りがけイベントの夕食といえばカレーでしょ! 野外でカレー! 青春だわ!!


 とてつもない量の荷物を引きずりながら、私は部室へと戻った。息切れがすごい。先が思いやられる!

 皆はすでに集まっていて、荷物らしい荷物は持っていない。どういうことなの!?


「ハルちゃん、すごい量だな。軽量化してやるから全部俺様の前に持ってきてくれ」


 言われるがままに、アレク様の目の前に荷物を置く。大きめのバッグ3つ分と、風呂敷が1つ。まとめると言っても限度があるはずだ。


「精霊ヴァリア・リンクルよ。アルセルの滝より来たりて我が命に応えたまえ。キリル・デア・ヴァルバリングス」


 荷物に両の掌を向け、指で印を結びながら呪文を唱えると、うっすらとした魔方陣が浮かび上がり、まばゆい光で荷を包む。

 光量がおさまったところでそちらに目を向けてみると、なんと手のひらサイズに縮んだ荷物がそこに!


「わぁぁぁ! すごい!! これって何術ですか!!?」


 超ミニマム化した荷物を手提げバッグにしまいながら、アレク様に尊敬のまなざしを向ける。

 全員ぶんの荷物をここまでコンパクトにまとめてくれたんだ! すごすぎる!!


「ヴァリア・リンクルは大気を司る精だな。日常で役立つ術が多い。便利だろ?」


「便利すぎですよぉ! さすがアレク様。おかげでとっても軽くなりました。ありがとうございます!」


「くっくっく。もっと誉めてくれ。なんならこれを機に付き合おう」


「調子にのるな、アレク」


 自信に満ちた笑みで私の腰に手を回したアレク様の横っ腹に、部長が肘打ちを決める。


「いってぇ! 俺様のおかげで全員の大荷物がまとまったんだろうが! ちったぁ感謝しやがれ!」


「こういう術って地味に魔力食うからねー。部長もそんなに怒らないで。あーちゃん先輩、ありがとー!!」


 シャリィちゃんが間に入って明るくとりなすと、一触即発だった二人が一息ついて離れた。シャリィちゃんは頼れるムードメーカーだ。


「暗くなる前に山へ行こうよ。遊んでないでさ」


 冷静なクリスくんの一言で、皆は部室を出た。見た目は幼いけれど、頼りになる子だ。


「さて、いよいよ出発だ! みんな、気合を入れていこう!!」


 部長の一声で、それぞれが大きく片手を振り上げた。荷物を軽量化してもらったおかげで、全員ほぼ手ぶらの状態だ。おかげで俊敏に動けそう。



 ガルド山は学園から北に位置し、隣村への移動の際には交通の要所となるため、普段は人通りも多い。

 魔物の生息域は人の手が入った山道沿いではなく、深く分け入った森林の中が主だったそうだけれど、最近は餌を求めて下山する集団が出てきたらしい。

 あまりに被害が多いので現在は道を封鎖して、ギルドに討伐の要請を出しているところだ。

 事態が解決しないうちは隣村との流通が滞ってしまう。迅速な対応が必要だ。



「さぁて、このへんで張ってみることにするか」


 と、アレク様が立ち止まったのは、山林を少し下って、川沿いの道に出たところだった。

 テントを張ってキャンプできる程度の空間はあるし、水の調達もできるから拠点にするにはいい場所だと思う。


「そろそろ暗くなってくる頃だね。ジャグルは夜行性だから、くれぐれも単独での行動は避けるように」


 部長からの注意事項に皆頷いてみせる。向こうがチームプレイで来るならこちらもチームプレイだ。

 それから軽量化されていた荷物を元のサイズに戻し、テントを張った。大きいものと小さいものを1つずつ。


「でかいテントには、ベル、シャリィ、クリス、ハヤトが入れ。俺様とハルちゃんはこっちのテントで寝る」


 私をそっと抱き寄せながらアレク様がそう告げると、さすがに大顰蹙を買った。


「おまえの堂々とした下心には毎度ながら呆れるよ……」


 心底ぐったりと疲れ果てた様子で、部長がアレク様の首根っこをつかんで大きなテントに放り込む。


「僕たち男組はこちらのテントを使うから、シャリィとアサノさんは小さな方を使ってね」


「はぁぁ!? オイ、シャリィも男だろうが!」


「ひどぉい、あーちゃん先輩。アタシ女子だもん」


 ぐすんぐすんと、シャリィちゃんが泣きまねをはじめた。

 そこでシャリィちゃんを男とみなすか女とみなすか、多数決が行われることになった。

 結果は5対1で女子と決まった。


「解せねぇ……」


「シャリィちゃんは女子です。信頼してますから大丈夫ですよ」


 結果が出た後も、アレク様だけが渋い顔をしていた。

 私としては、シャリィちゃんは同性の友達という認識だから全く問題はない。むしろ心強いくらいだ。



 そうして、次第に陽は落ちて夜になった。自然の中にいると、夜の闇の深さが増す。

 急激に下がった気温に震えるように肩を抱いて、焚き火に手をかざした。

 今夜は長い夜になりそうだ。

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