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第6話 ストワール(春菜)

「ハルちゃん、俺と結婚してくれないか」


 推しから初対面で求婚され、私の脳内はスパークしていた。

 ハッピーエンドおめでとう!!末永くお幸せに!!

 JINSEI-完-

 脳内ではすでにエンドロールが流れている。よく分からないけどここがゴールでしょう。いい人生でした!!


「って、いきなり求婚されても困るわな。恋人から始めた方がいいか?」


 顎に手を当ててアレク様は形のいい眉をわずかに寄せた。うっとりするほどの男前だ。


「あ、あの! どうしてそんな、初対面で……?」


 さすがに慌てる。もともと軟派なキャラクターではあったものの、誰彼かまわず求婚するようなタイプではなかったハズだ。


「ハルちゃんが可愛いからだ」


 ビシっと人差し指をこちらに向けてウインク。ああもう、好き!!

 でもこの言動、さすがに不可解すぎる。


「ありがたいですけど、それだけの理由で?」


「その深みのある眼に惚れた。友達からでもいい。必ず振り向かせてみせる」


「アレク様……」


 私はこの世界に来るにあたって、ステータスの半分を「魅力」に振った。

 平均して一般人の魅力は15程度。30以上でモテモテと聞いた。

 50の設定にしてある私は、ラッシー曰く「初対面の人間から続々と求婚されるレベル」とのことだった。なにそれかぐや姫?

 つまりこの展開は、私のステータスが高すぎるゆえの幸福……!?


「唐突ですまない。まずは気持ちだけでも受け取ってほしい」


「わ、分かりました! ではお友達から始めさせてください」


「おおっ!! もちろんだ!! これからよろしくな、ハルちゃん!!」


「はいっ!!」


 両手でしっかりと握手する。思っていたよりもずっと大きな手だ。ドキドキしてしまう。



「アレク先輩、部室に案内してくれるんじゃないのー? はやく行こう!!」


 ぶーぶーと不満げに頬を膨らませながら、ハヤトくんが間近まで駆け寄ってきた。

 いけない、二人の世界に入っちゃってたな。


「おう、悪い悪い。そんじゃ部室に行こうぜ。二人も入部してくれるっつったら皆喜ぶだろうよ」


「はい! いきましょう!!」


 アレク様は私の手を握ったままずかずかと歩き出した。

 ハヤトくんが何事かと首をかしげている。恥ずかしいけれど、じわじわと幸福感が胸の内を満たしていく。




 覇道部の部室は、寮の裏手にひっそりと立っていた。ボロボロの掘っ立て小屋のような外観。漫画で見た通りだ。


「汚い所だが、入ってくれ」


 アレク様は今にも壊れそうな扉を引いて、中へと迎え入れてくれる。


「帰ったぜー。部員二人つれてきた」


 と、一声かけるや否や、部屋の中から転がり出るように三人の部員が私達を取り囲んだ。


「うっそォ!! すごい! 二人ともかわいー!!」


「本当にウチの部に入ってくれるのかい!? 見学しにきただけとかじゃなくて!? 本当に!?」


「人数揃えば誰でもいい。ようこそ覇道部へ」


 かわいいかわいいとはしゃぎながら私とハヤトくんの周囲をぐるぐる徘徊しているのは、術師のシャリィさん。

 派手な金髪はウェーブがかっており、化粧のせいもあって華やかな印象だ。女性にしか見えないけれど、れっきとした男性。いわゆるオカマさんだ。


 本当に入部してくれるのかと心配そうに表情をくもらせているのは、部長であり、槍術の使い手のベルナールさん。

 筋骨隆々の頼もしげなマッチョキャラなのだけど、性格は気弱で心配性。実力も人望もあるのに、なかなか自己肯定感を得られない難儀な性格のようだ。


 こちらをざっと流し見して、さして興味もなさそうにあくびをしてみせたのは、弓術の天才と呼ばれるクリスくん。

 クールかつドライな性格で、馴れ合いを嫌う一匹狼。低身長のケモミミショタという萌えの塊なビジュアルに反して、なかなかシビアな子だ。


「ハヤト・アマツキです! 剣術の腕には自信あります!! どうぞよろしくー!!」


「マネージャーとして皆さんのサポートをさせていただきます、ハルナ・アサノです。よろしくお願いします!!」


 ハヤトくんと二人して頭を下げる。「お辞儀」という動作は翠国独特の文化なのか、4人は珍しいものを見るようにして目を輝かせる。

 そして、改めて4人から自己紹介をしてもらう流れになった。


「それでは自己紹介を。僕はベルナール・バルザック。3年生で覇道部の部長だ。使用武器は槍と、剣術も少しかじってる。分からないことがあったらなんでも聞いてほしい」


「俺様はアレクセス・レッツァー。3年。稀代の天才魔術師だ。契約精霊は10を越える。サインもらっとくなら今だぜ」


「アタシはシャリィ・ロベール。2年生の術師だよん。契約精霊は1体だけど、治癒術や援護術のバリエーションは、あーちゃん先輩より多いから。怪我したらアタシんとこにおいで!」


「オレはクリス・ベネディート。2年、アーチャー。ウチのチームは近接戦闘要員が部長だけだったから、新入りが剣士なのは正直助かる」


 一通りの自己紹介が終了したあとは、円陣を組んで「今年こそ覇王の座につくぞー!!」と全員で気合を注入した。


「覇王祭は5人揃えばエントリーできるんだ。去年までは部員が集まらなかったんだけど、今年はアマツキくんがいる。お願いだから辞めないでね?」


「もっちろん! 幼馴染と覇王祭で会おうって約束してるんです! よおおおし!! やるぞーーー!!!」


 部長が不安げにハヤトくんの肩に手をのせると、ハヤトくんは拳を握って元気いっぱいにやる気を表明してくれた。

 翠国にはこの子の幼馴染兼ライバルである刃山迅くんがいる。同じ師匠の下で修行した仲間という熱い設定だったっけ。

 そんな因縁の対決を間近で見ることができるんだと思うと、興奮で身震いしてしまう。



「みなさんは普段どんな風に活動されてるんですか?」


 本当は漫画を読んで知ってるんだけど、確認のために聞いておきたいところだ。


「それはな、ハルちゃん。ほぼ個人での修行だ。全員で合宿とかすんのは長期の休みに入る時だけ」


「そーそー。それぞれが思い思いの訓練をしてるわけよ。今年はその成果を披露できるんだから倍修練をつまなきゃねぇ!」


 アレク様とシャリィさんはにっと笑みを浮かべて頷き合う。この二人は術師仲間だから、一緒に研究したり修行したりと行動を共にすることが多いみたいだ。


「では、マネージャーは何をすればいいでしょうか?」


「傷の手当てや、掃除、洗濯とかしてもらえると助かるなぁ」


 部長がさわやかに微笑みながら、「掃除」というワードを強調した。なるほど、部室の中の汚さは筆舌に尽くしがたい。


「ちなみにハルナっちは治癒術とか使える?」


 シャリィさんに尋ねられて、言葉に詰まる。どうしよう、まだ一度も使ったことがない。


「ええと、月の精霊術でしたら。まだ勉強中なのですが」


 翠の国精は「月佳」という美しい女精だ。治癒術のバリエーションが最も多い精霊として有名だけれど、世界的に見ればその使い手は少ない。


「ハルちゃんは翠の出なんだ。期待できるだろ?」


「そりゃもうっ!! アタシ月術見るの初めてなのー! 何か見せてよ!!」


 アレク様とシャリィさんの目がらんらんと輝いている。魔術師にとって月の術は相当にレアなものらしい。

 とはいえ私、翠国の魔術教本も持っていないし、まるで術を知らないんだけど大丈夫かな。

 漫画の中で月ヶ瀬さんの戦闘シーンは4回ほどあったけれど、無詠唱でバンバン術を繰り出すものだから、呪文が頭に入っていない。

 魔術師は互いに術を盗まれないよう、覚えた魔法はできるだけ簡略化しようと日々研究を重ねている。無詠唱というのは、そんな努力の結晶といえるものだ。


「ええと……うーん……」


 しばし悩んで、思い出した。翠国には月ヶ瀬さんの他にもうひとり術師がいる。作中で彼が呪文を唱えるシーンがあったっけ。

 たしかそれは治癒の術で……。


「部長さん、よく見れば右腕を怪我していますね。手当てさせてください」


 そう言って、部長さんの腕についた切り傷に向かって手をかざす。


「招ぎ奉る此の柏手に恐かしこくも来たりましませ月佳の大神……」


 少し長い呪文だけれど、ファンブックにフルで載っていたのよね。たしかこれは「月佳浄災」という術だ。

 怪我だけでなく、病気にも効くとの説明が載っていたっけ。万能だなぁ。


「おお……! すごい、傷がふさがった! ありがとう、アサノさん」


「いえいえ! まだ私、この術しか使えなくって……」


 無事に発動できてよかったぁ。傷は綺麗にふさがってくれているみたいだ。


「月術は呪文が独特だよな。簡略するのも難しいと聞いてるぜ」


 感心したようにアレク様が頷きながら、何やらメモをとっている。研究熱心な人だから、呪文を書き取ってじっくり考察でもするんだろう。


「簡略できるのはほんの一握りの研究者だけです。相当な訓練を積んで信仰心を高めないと一字足りないだけでも応答してもらえないそうで」


「なぁるほど。気難しいタイプの精霊な。俺様の好みじゃねぇが、翠との対戦にそなえて一通りは頭に入れておきたいとこだ」


「アレク様は研究熱心ですねぇ。素敵です」


 魔術の事になるとすっと顔つきが変わる。鋭く細められたその眼に釘づけになってしまう。かっこいいなぁ。


「そうかハルちゃん、だったら正式に付き合おうじゃないか」


「おいおいアレク、すぐに女性を口説くのをやめろといつも言っているだろう。アサノさん、ごめんね。彼が言う事は無視していいからね」


 スカした表情で私の手をとるアレク様を見て、ぎょっとしたように部長が割って入る。


「ホント、アレク先輩だけはやめときなよ。女癖最悪だから」


「あーちゃん先輩にたぶらかされないようにねー。この人、珍しい土地の出の女の子にはすーぐ唾つけちゃうからさ」


 クリスくん、シャリィさんが続けて批判すると、アレク様がギクリとした表情で肩を浮かせた。そしてバツが悪そうに部室を出て行く。


「さぁーて、新入生の呼び込みに戻るかぁ! ハヤトとクリスもついてこい! 三人でやるぞ!」


 と、二人を引っ張って外に駆け出して言った。

 ものすごく微妙な空気が部室内を支配する。なにこの気まずい展開……。

 女グセが悪いというのはファンブックにも記載されている公式設定だ。

 一人の女性のもとに留まっておけないタイプなのだろうということは分かるから、ステータス配分で魅力に大きく数値を振った。

 繋ぎとめておけるだけの強烈な魅力が欲しかった。本気で好きで、いずれは告白したいと思っているから、どうすればその想いが実るのか考えに考えて決めたステータスだ。


 たしか公式では、眼の色を見て口説いていたっけ。レアな精霊を宿している相手を常に探しているらしい。

 この世界では、生まれてすぐにその土地に宿る精霊と契約を結ぶ。

 そしてその加護を受けるのだけど、それは無病息災のお守りであり、予防接種のようなものだ。加護を持つことがイコール魔術の解禁というわけではない。

 魔術を使うには頻繁に神社や教会に足を向け、祈祷し、精霊に認められなければならない。強い信仰心を持つ者だけが、精霊の力を借りることが出来る。

 私はステータスの残り50をすべて魔力に振ったから、中級程度の魔術であれば使えるようになるはずだ。


「ハルナっち、ほんとに気をつけなよ。あーちゃん先輩は仲間としてはいい人なんだけど、本当に女関係ヒドイから」


「そうですか? すごく優しくしてくれますけど」


「ダメダメ、向こうのペースに乗っちゃ! 泣かされるよ!」


「き、気をつけます……」


 シャリィさんは男女の機微に敏いから、私とアレク様の関係が危ういと気づいているのかな。

 さすがの私でも、出会いがしらに求婚されることは予想外だった。公式でもあそこまでグイグイ行くキャラではなかったし。

 きっと翠国のことが知りたくて、私に近づこうとしているんだと思う。

 きっかけは何でもいいんだ。こちらは一から彼との関係を築いていくのみ!

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