翌日の夕方、ついにその時が来た。
医務室には扉が二つある。広間へと繋がる扉と、外へ出る為の扉だ。私はスティルと食事を共にする時以外は大抵医務室にいるから、外に出る時もこの扉から出る。そして外に出ては調合に使えそうな植物がないか探している。この時もそうだった。
自分も教会の外にいれば、同じ様に外にいる他の誰かの足音や話し声だって聞こえる。ディカニスの団員達には、いつでもどこからでもイェントックに戻れるよう、魔法の掛けられたメダルが配られる。捜索班の奴らもそれを使ってここに戻ってくるから、外にいれば誰かが戻ってきた事くらいすぐに分かる。異変だってすぐに分かる。
(二人分……。一人は足を引きずっている)
建物の陰に隠れて姿は見えないが、普通の足音じゃなければそれくらいは分かる。それに「大丈夫ですか?」とか「もう少しです」という声も聞こえてくる。おまけにその声は女性のものだ。
(ふむ……)
私は魔法で姿を消し、広間の開いている窓の側に近寄った。
教会内に入ってきたのは、大方予想はしていたが一人はコダタで、もう一人は見知らぬ少女だった。恐らく彼女が件の従姉妹なのだろう。その二人の姿を認め、誰かが――こちらも二人組だ――近づき、話し掛けた。あの後ろ姿から察するに、少し前に戻ってきたギンズと、図体と声ばかりがデカいアリスだ。それは聞こえてくる声からも分かった。
コダタは魔王に攻撃され、その場にいたのだというあの少女がコダタを助けたのだと言う。だがコダタは魔王に呪いを掛けられ、自分にはそれが解けなかったからここに来た、と。そんな少女の話を聞き、ギンズが医務室までコダタを運ぶよう指示した。
(やはりか)
昨日スティルに話をして、彼女が思案していた際、私だって考えた。従姉妹の同居人が魔王である可能性を。その予想は当たっていたと考えてもいいだろう。
(であれば彼女は……)
魔王の使徒、であろう。
(騙されているな、あの愚か者共)
気づいていなくてむしろありがたいくらいだ。魔王とあの少女との間の繋がりが判明すれば、あの野蛮人共は彼女を攻撃しかねない。彼女も魔法使いのようだが、戦闘訓練を積んだ野蛮人共が相手では勝てないだろう。
(……やるか)
私は妹に誓ったのだ。目の前に危機に陥っている女性がいれば助ける、と。
それが贖罪にはならずとも。
いつの間にか奴らは医務室まで来ていた。窓を開けておいて正解だった。姿を消したままそこから医務室に潜り込み、大声を出しているアリスの前で姿を現すと、奴は大声を出して驚いた。
ここで初めてその少女を――後で聞いたが少女という年齢ではなく、既に成人済みらしい。全くそうは見えない――目の当たりにしたが、近くで見ても魔力の強さは大したものではない。怒っているような、怯えているような、何とも言い難い表情でこちらを伺っている。先程彼女が広間を歩いている間、愚か者共は彼女に好き勝手な言葉を投げかけていた。怒るのも当然だろう。しかし何故怯えて……ああ、私のせいか。今の私の格好は、綺麗な身なりとは程遠い。伸ばした髪は整えていないし、髭も剃っていない。服も汚れている。誰だってこんな奴に助けてもらいたいとは思わないだろう。
しかし今更悔やんだ所で意味はない。私はコダタの治療と、コダタと共にいた彼女から話を聞く、という大義名分のもとに邪魔な愚か者二人を医務室から出ていかせた。コダタにも睡眠薬を飲ませれば、彼女との会話を聞かれる心配もない。
「キミと魔王はどういう関係だ?」
「それは……呪いを解く事と何か関係があるんですか?」
第一印象が最悪なせいで、不信感を露わに聞いてきた。彼女が自分から言いそうにもない為自論を披露すると、彼女は一切否定してこなかった。予想通り、彼女は魔王の使徒だ。
因みにこれも予想はしていたが、彼女は自分が身の危険に晒されているとは気がついていなかった。野蛮人共も彼女と魔王の関係性には気づいていないだろうが、気づかれる前に匿う事ができたのは幸いだ。説明した事で漸く彼女も危険性に気づいたようで、礼を述べてきた。私に対する警戒心も多少は薄れたようでほっとした。