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五日目

 しかし一晩経って冷静になると、何だかとてつもない事をしでかしてしまった様な焦燥感に襲われた。スティルの身体を切り開いて弄りまわすだけでは飽き足らず破裂させたと言うのに、甘えてもいいのだと言ってきたから素直に甘える、というのは正気ではない。しかもその間彼女は――解剖するのに邪魔だったとはいえ――一糸纏わぬ状態だったのだ。


(ワタシは、何て馬鹿な事を……)


 解剖くらい何度も経験しているから裸体は見慣れているが、彼女は死体ではない。生きた人間、否、神である。そして女性である。好きでもない男に裸になるよう言われ、喜んで服を脱ぐ女性は果たして何人いるのだろう。無理矢理脱がされた場合、抵抗や反撃ができる女性の人数は?


(ワタシは、何て愚かな事を……!)


 彼女は神とは言え、この世界には私しか使徒がいない。魔力の量だって十分あるとは言えない。時折私や他の団員達を殺してはいるが、そうした行為は瞬発的に魔力を使えばいいだけの事だ。だが抵抗する場合は持続させなければいけない。私を殺したところですぐに生き返ってしまう。それを幾度となく繰り返すとなると、魔力量の減少や、魔力暴走を起こす可能性もある。その先に待っているのは彼女の存在そのものの消滅だ。それを危惧して抵抗せず、本当は嫌であるのに無理をして従順なフリをしていたのだとしたら――?


(死んで……いや、殺されて詫びねば……!)



「あなたが殺されたいって言うなら殺してあげてもいいけど、わたしってムカついた時以外は殺さないようにしてるんだよね。一応殺すのは駄目ってなってるから」


 朝食の席で昨日の事を謝罪したら、困惑した表情でそう言われた。


「わたしの身体を調べていいって言ったのはわたしだし、わたしはわたしのしたいようにしただけ。抵抗しようと思えば抵抗する。その程度で消滅する程わたしは弱くない。ま、でも心配してくれてありがとう」


「では……嫌ではなかった、のか……?」


 彼女は「う~ん」と唸ってから答えた。


「あなたはただひたすらに、純粋な知的好奇心の為にわたしの身体を調べたかったんでしょ? 他の誰でもない、わたしという神の身体を。そこに下心があれば殺してたけど、あなたはそうじゃない。勿論好き好んで裸を見せたい訳でもないけど、あなたが何を調べたいのか、どんな実験をしたいのか興味があったから、そっちの気持ちの方が勝ったってだけ」


「そう、か……」


「むしろ謝るのはわたしの方かも。わたしって、ほら、破壊だけじゃなくて月も司ってるでしょ? 太陽の国で生まれた真っ白なわたしは、月の民だと言われてきた。あいつは月の様に人を惑わせるって皆が言ってくるせいで、いつの間にかそういう力も付与されちゃったんだよね。だから、たぶん昨日のあなたは、それがわたしの意思であれ何であれ、色んな意味でわたしに惑わされていた。……ごめんね?」


 珍しく申し訳なさそうな顔をしてスティルが謝罪したので、私は面食らった。


「……お望み通り殺してあげようか? 昨日わたしがあなたにされたみたいに、ぐちゃぐちゃにしてほしい?」


「いや、遠慮する。すまない」


「よろしい」


 彼女は頷き、紅茶を一口飲んだ。


「でもこうやってあなたが素直に謝罪してきたんだし、昨日やった事は効果があった訳だね。素直に謝れる人ってなかなかいないから、わたし好きだよ」


「むぅ……」


 先程彼女は「わたしの意思であれ何であれ」と言ってはいたが、私には彼女の意思で振り回されているようにしか思えない。


(まぁ、だが……)


 退屈しないから、それでいいような気がする。


 この日の日中は特筆するような事は何もなかった。訓練中に怪我をした蛮族共の手当てをし、昼食をスティルと共にとり、また野蛮人共の手当て。空き時間に魔法薬の調合。


 何かあったとすれば、夕方になり捜索班が戻ってからの事だ。


 捜索班の一人であるコダタという奴が、カタ神話に興味を持った子がいたのだと嬉しそうに話しているのを耳にした。捜索班の奴らは教師という体で学校に潜入し、魔王探しだけではなく、熱心にも布教活動までしている。信者が多ければ多い程カルバスの魔力も強くなるのだから、もともと信者のいないこの世界でそうした活動をするのも不思議ではない。コダタが受け持った学校の生徒の一人が従姉妹にカタ神話の話をし、その従姉妹がもっと詳しく話を聞きたいと、明日学校へ来るそうだ。


(騙されているのではないか……?)



「そのコダタって子、騙されてるんじゃないの?」


 夕食を食べながらスティルにその話をした。彼女も同意見のようだ。


「聞き覚えの無い神話の話を聞かされて不信に思った子が、身近な人に相談して、その人が学校まで文句を言いに来るってだけでしょ」


 私もそう思う。


「でも、何で従姉妹なんだろうね」


 その点については私も疑問に思っていた。親に相談しても取り合ってくれなかったのか、それとも親とは不仲なのか、保護者がいないのか、たまたま明日の予定が空いている人物が従姉妹しかいなかったのか、複数人に相談した結果、その従姉妹が本当にカタ神話に興味を持ったのか等々、色々考えた。


「その子、他にも何か言ってなかった?」


「ああ、そう言えば『二人も来る』とか言っていたな。従姉妹と、その従姉妹の家に同居しているという子が来るそうだ」


「ふぅん……」


 暫くの間、スティルは思案顔をしていた。邪魔するのも悪いと思い、私は黙って食事を続けた。私が殆ど食べ終わった頃に彼女も残りを平らげ、「明日が楽しみだね」と言った。


「あなたはわたし達の側に付くよね?」


「ああ」

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