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四日目①

「昨日はすまなかったな」


 翌朝。やはりスティルへの配膳は私に任された。ギンズはあの後、普段通りの爽やかな笑顔でスティルの部屋から戻ってきた。彼女を褒めそやして喜ばれた記憶しかないらしい。おめでたい奴だ。私と口論した事も忘れたのか、明日からはまたロクドトに任せてね、という彼女の言葉も素直に聞き、それを私とセンマードンに伝えてきた。


「いいよ。あれでチャラにしてあげる。凄いね、あの子。自分の言ってる事は全部正しくて、失礼な事なんて何一つ言ってないって顔で、正しくなくて失礼な事言ってくるんだもん。びっくりしちゃった」


 昨日までは最初に出会った時に着ていた、争ったせいでか少し薄汚れた服をずっと身に纏っていたスティルだが、今日は真新しい服に着替えている。真っ白なワンピースに真っ赤なリボン。純粋無垢な少女性を体現したかのような格好だ。


「そういう格好をするから勘違いされるのではないか?」


「そういう奴を絶望のどん底に落とすのが楽しいの」


 私には理解しえない趣味だ。


「それにこういう格好好きだし、似合ってるでしょ?」


 彼女は立ち上がり、まんざらでもなさそうな顔をして一回転してみせた。スカートの裾がふわりと広がる。まぁ、似合っていない事もない。


「素直に言えばいいのに」


「う……むぅ」


「もう。昨日素直になればよかったって言ってたのは何なの? できないなら殺す」


「す、すまない……。その、似合って、いる。と、思う」


「歯切れ悪っ」


 悪態をつきつつも、満足したのかスティルはソファに腰かけた。


「ねぇ、わたしがお願いしたものは昨日大体買ってきてもらったんだけど……ディサエルは?」


「それは買えるものではないだろう」


 魔王が今どこにいるのかが分からず、昨日から捜索班を街に出しているのだ。すぐ見つかるのであれば苦労しない。


「ま、来る時は自分で来るもんね~。いつ来るかな。ずっと待ってるんだけど」


 騎士団の誰かが魔王を捕まえられるとは微塵も思っておらず、それどころか魔王自らここに来ると信じて疑わないような口振りだ。


「キミは何故魔王がここに来ると思っているんだ? キミを置いて逃げたのに?」


「ん~? 別にディサエルはわたしを置いて逃げた訳じゃないよ。二手に分かれただけ」


「二手に?」


 彼女は頷いた。


「もしかして、キミはわざと捕まったのか?」


 またこくりと頷いた。


「何故わざわざそんな事を……?」


「だって、わたし達は二人でいたいだけなのに、あなた達がずっと追いかけてくるんだもん。当分は追いかけてこないように、ちょっと痛い目に合わせてやりたいな、って思ったの。でも、普通に懲らしめてもつまんないでしょ? だから趣向を凝らしてみようと思って」


 これから悪戯を仕掛けてやろうと画策している子供の様な顔をしてスティルが言った。


「わたし達が信仰されていない世界に行けば、あのバカは自分が有利になると絶対勘違いする。現にわたしは捕まってここに囚われているから、あいつは余裕たっぷりでしょ? この世界でなら魔王も簡単に倒せると思ってるんじゃない?」


「ああ、そうだな」


「でも、それが全然倒せないどころか、むしろ自分が倒されそうになったとしたら? 絶対悔しがるよね。その様を見て楽しみたいの。わたし達は」


 屈託のない笑みで言い切った。


「だからディサエルはその内絶対に来る。あのバカを倒す為に。あ、この事誰にも言っちゃ駄目だよ?」


「言った所で誰も信じないだろう」


「そうだよね~。その方がありがたいからいいけどね」


 くすりと笑って彼女はソファに寝転がった。


「あ~あ、ずっとここにいるのすっごい暇なんだけど。この建物壊していい?」


「駄目だ。……暇を持て余しているのなら、キミの身体を調べさせてくれないか」


「あ、忘れてた、その事。うん。いいよ」


 断られると思ったら二つ返事であっさりと許可が取れた為、この日は一日スティルの身体調査及び実験をして過ごした。スティルの調子が悪くなったから、と言えば一日中彼女の部屋に籠っていても怪しまれないのだから楽なものだ。恨むような目は向けられたが、もうどうでもいい。


 彼女のプライバシーに配慮し詳細は伏せるが、体内でどの様に魔力が流れているのか、人間と神の身体機能の違い、本当に何をしても死なないのか等々、様々な事を調べさせてもらった。麻酔が効かないと言うから試しに打ってみたら本当に効かなかったし、そのまま身体を切り開いてもいつも通りに喋るものだから驚いた。彼女が消したと言っていた子宮もその通り無かった。


 出したものを丁寧に入れ直して閉じると、開いた跡がすっと消えていった。元の通り、白く艶やかで無傷な柔肌だけがそこにはあった。指でなぞると滑らかな感触が伝わってくる。それがどうにも、憎らしかった。

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