部屋に入ると、スティルはぐったりした様子でソファに身を沈めた。
「無理にあんな事をしなくてもよかったのではないか?」
「うん……」
私も向かい側のソファに座る。
「本当はね、一回全員殺してやろうかと思って集めたんだけど、流石に今魔力を大量に使うのはマズいし……」
やっぱり殺す気だったのか。
「こういうのはもっと、ここぞ! っていうタイミングでやった方が、面白いかなって思ったの」
「どんなタイミングだ」
「う~ん、ディサエルが来た時とか? もしくは、実はわたしは破壊神でした~って言った後とか。勘違いしたままより、本当の事を知って絶望してる時の方が面白いもん」
「己の快楽の為だけに簡単に人を殺すな」
「でも今は殺さなかったもん」
今は、な。
「それに……」
「何だ?」
「本当に、あなただけなんだなって思って」
「……何がだ?」
何が私だけなのだろう。
「わたしを、わたしとして見てくれる子。わたし本来の力を知っている子。あの子達皆わたしを持ち上げようとするくせに、本当の意味ではわたしを信じてないんだもん。ああいう子達の中にいるの、本当に疲れる。自分がしたくてもできないからって、勝手にあなたとわたしが性行為をしてるんじゃないかって噂を流すし……」
「待て。キミ、あの話ちゃんと聞こえていたのか」
「当たり前でしょ。わたしを何だと思ってるの?」
「……神だ」
「よろしい」
スティルは不貞腐れた顔をしながら、自分の隣を指差して「来て」と言う。断っても譲らないだろうから、私は彼女の隣に座った。すると彼女は私の身体に自分の身体を預けてきた。
「あー……スティル……?」
「疲れたから寝るね。おやすみ」
「いや……」
彼女が瞼を閉じると、すぐに寝息が聞こえてきた。なんという早業。
「……」
確かに私は恋愛だとか何だとかの感情を人に向けはしないが、他人に対して可愛いとか愛らしいとか全く思わない訳ではない。そこからその人と付き合いたいといった考えが出てこないだけの事だ。だが、スティルの様な(見た目だけなら)人畜無害の愛らしい少女に密着されると、流石に……。
(困る……)
人を惹きつける様な芳しい花の香りが鼻孔をくすぐり、大いに困った。
「私、あいつらに……バラゴレア家の奴らに……」
そこまで言って妹は嗚咽を漏らした。バラゴレア家には数世代前から因縁を付けられている。あまり良い噂を聞かない相手だ。
「あいつらに何をされたんだ?」
なるべく優しく聞こえるように、私は妹に尋ねた。
「あいつ……あのドスコが、知ってたの。私の……婚約の事」
妹には婚約者がいた。まだ具体的な話は出ていないが、いずれは結婚する予定だ。それをバラゴレア家一悪名高いと言われる長男のドスコが知っていても、おかしい話ではないのだが……。
「婚約の事で、何か言われたのか?」
妹は口を開こうとして、また嗚咽を漏らした。まるでその先を言うのが苦痛であるかのように。私は妹が喋れるようになるのをじっと待った。
「結婚前に……したら……婚約、破棄……」
「……ッ‼」
全身に怒りが沸き上がり、私は勢いよく立ち上がった。
「あいつに……されたのか……」
妹は堰を切ったように泣き出した。そんな妹を、私は抱きしめ、背中をさすってやった。
「うっ……怖かった……。私、抵抗……したのに……ぐすっ……何人もいて、勝てなかった……」
「そうだな。怖かったな……」
一対一なら妹だって勝てただろう。何せ私の妹だ。魔法だって強いし、護身用にと私が作った魔法道具を幾つか持たせてある。だがそれは、一対多数では意味をなさなかった。
(許せない……)
妹を酷い目に合わせた事も、妹を泣かせた事も、私自身の未熟さも、全てが許せなかった。
「思い出させるようで悪いが……あいつらに、どこを触られた? あいつらが触れた物を何か持っているか?」
「……?」
「あいつらを……もっと酷い目に合わせてやる」
妹の身体に残った奴らの魔力を採取し、そこから相手の強みや弱点を探り出した。時間は掛かったが、奴らに対抗する為の武器を作った。採取したものと同じ魔力に反応するとその威力を発揮させる武器を。奴らを呼び出し、妹にその武器を使わせた。
結果的に、奴らはもっと酷い目に合った。無残に死んだのだ。だがこの時も私は己の未熟さを思い知らされた。奴らのものだけ採取したと思っていた魔力の中には、僅かながら妹のものも入っていた。
妹も、死んでいた。