仕事なのでさっきの奴らの治療――思考回路を弄る事ができないのは残念だ――をする為の準備を始めたが、その間意外にも彼女は大人しくしていた。
暫くすると汚れを落とした先程の蛮族共がやってきた。一人を診ている間に他の奴らには床の掃除をさせて、その時もスティルは大人しくしていた。時折馬鹿共はスティルに「頑張ってね」とでも言ってほしそうに話し掛けていたが、彼女は笑顔を張り付けて相槌だけを返していた。愚か者共は気付いていないようだったが、私はスティルの怒りの感情を俄かに感じ、いつ殺されるのかと気が気ではなかった。
「スティル様、床の掃除が終わりました!」
「うん。見れば分かるよ」
「どうですか、この床! 泥で汚れる前よりも綺麗にしてやりましたよ! スティル様の綺麗さには敵いませんがね!」
「汚れる前がどんなだったか知らないからな~」
今度は「お疲れ様」とか「頑張ったね」とかいう言葉を引き出そうとしている。しかしスティルはのらりくらりと躱している。それどころか、
「あのさ、ここってロクドトの仕事部屋、なんだよね? だったらわたしじゃなくて、ロクドトに言う事があるんじゃない?」
なんて言い出した。
「ろ、ロクドトに、ですか……?」
「あ、そ、そうですよね」
「ロクドト、床を綺麗にしてやったぜ」
「感謝しろよなぁ」
「綺麗にしすぎたからって転ぶなよ」
「そうじゃなくて」
スティルが一段声を落とした。すると愚か者共はびくりと身体を強張らせて口を噤んだ。
「床を汚してごめんなさい、でしょ? 床が汚れたのはあなた達が泥まみれの汚い格好をしてたせいでしょ? なのに何でそんなに偉そうな口が利けるの?」
スティルは立ち上がり、私の肩に手を置き、耳元でこう囁いた。
「ちょっと魔力ちょうだい」
「? ああ」
今から彼女が何をする気なのか知らないが、それをするには魔力が足りないのだろうか。五人一気に殺す事はしないでくれと心の中で願いつつ、肩に置かれた手に己の手を重ねて魔力を流していく。
「あなた達は、わたしにも、この子にも、失礼な事をした。本当は殺してやりたい所だけど、この子が嫌がってるからね。殺されない事もこの子に感謝してね」
スティルは空いているもう片方の手を前に出し、何事か呟いた。すると私と彼女の魔力が混ざり合ってできているのであろう魔力の手が五つ現れ、それぞれの手が五人の頭を鷲掴んだ。魔力の手に掴まれた五人は気を失ったように次々と倒れだし、そうかと思えばすっと立ち上がる。その顔はどこか虚ろだ。
「「「「「ロクドト様、申し訳ございませんでした」」」」」
示し合わせた様に、五人同時に言った。
「はい、よくできました~! もうすぐお昼だから、あなた達はその準備でも手伝ってきてね」
「「「「「はい、スティル様」」」」」
五人同時に踵を返し、医務室を出ていった。
「……キミは、何をしたのだ?」
「思考回路を弄ったんだよ。そうしたかったんだよね? あなたの魔力も混ぜてやったから、あの子達はもうあなたに失礼な事はしないよ」
「……」
「ほら、言う事があるんじゃない?」
「あ……ありが、とう……」
言いたい事は山ほどあったが、今この場で反論できる気がしなかった。
ここに残っている団員全員が広間に集まり、車座になって昼食を食べた。カルバスも外出している事もあり、スティルの隣に誰が座るかで阿呆共が揉めていたが、当のスティルが私と副団長を指名した為にその不毛な争いは終わった。次にじゃあ誰がその近くに座るかでも揉め合っていたが、副団長が階級の高い者から順に座れと一喝したおかげでこの騒ぎも収まった。なるほど。これが上手く対処できる人に任せる方法か。
その後はスティルと同じ空間にいるというだけで満足したのか、阿呆共も無駄な騒ぎは起こさず銘々に食事の時間を楽しんだようだ。まぁ、スティルの近くに座った者達(勿論副団長も含む)は、彼女に何度も話し掛けてはいるが……。
「スティル様、お食事はお口に合いますか?」
「うん」
「スティル様、苦手な食べ物がありましたら、わたくしめが替わりに……」
「ううん、大丈夫」
「スティル様、お身体の方はもう大丈夫ですか?」
「うん」
と、この様にスティルが相槌しか打たないので会話にはなっていない。彼女は目の前の料理しか見ていない。顔を横に向けようともしない。それでも愚か者共は話し掛け続け、スティルに振り向いてもらおうと必死だ。全くもって愚かしい。
スティルは一度だけ横を向いたが、それも私に「なんだかうるさくて疲れちゃった」と言う為だけだった。その言葉を「ここにいる全員を殺してもいい?」と解釈した私は、その場にいる全員から睨まれながらも彼女を連れてすぐに地下へ行った。ふざけた噂話を自ら肯定しているようで、そんな噂を立てた愚か者共全員に腹が立つ。