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三日目②

 午前中は魔法薬の調合や、訓練中に出た怪我人の手当てをして過ごした。魔王捜索班のメンバーの大半は魔法が得意な奴らで、ここに残っているのは腕っぷしだけが自慢の粗野で乱暴な蛮族ばかりだ。この世界に来た時に、魔王もスティルと同じくらいの年齢の少女の姿に変わったらしい。その為、その年齢の少女が集まりやすい中学校、もしくは高等学校と呼ばれる教育機関に狙いを絞り捜索する事となった。奴らは森の中で木を探す気だ。すぐに力で解決しようとする低能を送り込んでしまっては、無関係な子供に被害が及ぶ。だからここで蛮族同士、戦闘訓練を重ねている。雨が降りしきる屋外で。


「すまん、ロクドト。泥濘に足を取られた」


「泥を飲み込んじまった。胃の中を綺麗にする薬あるか?」


「傷口が大分汚れちまった」


「せっかくスティル様がいらっしゃるんだし、応援してほしいよなぁ。ずっと視界に入っていればもっとやる気出るのによぉ」


「いやスティル様は俺の方が好みだって」


「黙れこの無知蒙昧の蛮族共が。治癒魔法を掛けてもらいたくば先ずはその全身にこびりついた泥を落とせ。汚れた状態で医務室に来るな。誰が掃除すると思っているのだ。それとスティルはキミ達愚か者共のやる気を上げる為の道具ではない。応援してほしくば自分で頼みに行け。どうせ断られるだろうがな」


 あまりにも汚い格好で医務室に入ってくるものだからそう言ってやった。しかし低能は低能故に逆ギレを起こす。


「スティル“様”だろ」


「ロクドト。お前毎食スティル様と食事してるからって調子に乗りすぎだぞ」


「お前いつもスティル様と二人きりで何やってんだよ」


「噂になってるぜぇ? ヤってるんじゃねぇかってよぉ」


「俺達のスティル様に手ぇ出すとはいい度胸だなぁ、ロクドト?」


(これだから馬鹿は嫌いなのだ)


 ここにいるのは喧嘩っ早い低能だけで、止めようとする奴が誰もいない。相手をするのも面倒だから、睡眠薬入りの煙幕を投げ込んでやろうと思った。その時……。


「ロクドトがわたしと何をやってるって噂なの?」


「「「「「……⁉」」」」」


(スティル……⁉)


 渦中の神、スティルが医務室に現れた。


「何のお話してたの? 知りたいな~。わたしも混ぜて?」


「あ、いえ、その……」


「ほら、わたしってずっと地下室にいるでしょ? ずっと一人でいるのって寂しいから、皆とお話したいな。ねぇ、わたしとロクドトの噂って、なぁに?」


 しどろもどろになっている愚か者共に、スティルが満面の笑みで詰め寄る。他人から見ればただの笑みであろうが、私には分かる。これは、こいつらが慌てる様子を見るのが楽しくてたまらない、という笑みだ。


「それは、その……」


「ああ、えっと、ろ、ロクドトだけ、スティル様とお食事を共にしているのが、羨ましいな~という、そういう話をしていまして……」


「そ、そうそう! 俺達も一緒に食べたいな~、と思いまして……」


「ロクドトの奴だけスティル様を独り占めするのは、ズルいぞって言ってたんです……」


「ふぅん。そうなんだ。じゃあお昼ご飯皆で一緒に食べる? あ、でも皆凄く汚いね。早く綺麗にした方がいいよ。ほら、床も泥だらけ。こういうのは自分達で掃除しないと駄目だよ」


「あ、そ、そうですね!」


「す、すぐ洗ってきます!」


「床も、後で絶対綺麗にします!」


 そう言って愚か者共は散っていった。スティルはその背に手を振りながら、「後でね~!」と声を掛けた。


「あ、スティル、その……」


「何でわたしがあんな奴らと一緒にご飯食べなきゃいけないの⁉」


 彼女は振り返るなり言った。自分で「一緒に食べる?」と言ったせいではないか。


「もとはと言えば、あなたがあんなのに絡まれるのがいけないんでしょ。とっくに気づいていたけど、あなたって嫌われ者なんだね」


「面と向かって言う言葉ではないだろう」


「そんな人間のルール知らないし」


 人も神もないと思うのだが……。


「あ~あ、最悪」


 床に落ちた泥を一瞥し、それを踏まないよう気を付けながらスティルがこちらへと近づき、ベッドの縁に腰かけた。


「最悪!」


「それはもう分かった」


「あいつら殺していい?」


「……せめてワタシのいない場所でやってくれ」


 目の前で人が殺されるのを見ても、いい気分にはならない。目の前でなくても、何かと面倒だから殺さないでいてほしい。


「それよりも、何故急にここに来たのだ?」


「あなたを助ける為に来たの」


「…………は?」


 私を、助ける為に……?


「使徒の面倒見るのも、神様の仕事の内だし。それに、あなたがわたしを助けてくれるなら、わたしもあなたを助けてあげないとね」


 当たり前の事を言うように、平然と。真面目な顔で。彼女は確かにそう言った。


「キミ……熱でもあるのか?」


「えぇ~、何その反応。ありがとうございます、とか、恩に着ます、とか、他にも言う事あるでしょ。わたしだってたまにはちゃんとした事言うよ」


 いつもちゃんとした事を言っていない自覚はあるらしい。


「だが、あの程度ワタシだって……」


「でもあなたが取ろうとした方法って、ただの一時しのぎで解決には繋がらないでしょ? だからってわたしの取った方法なら解決するって訳でもないけど、あなたがしようとした事よりはマシ。自分よりも上手い方法で対処できる人がいるなら、その人に任せたほうがいいでしょ?」


 彼女の言い分は一理ある。


「スティル、その……あ、あり、が……とう」


「どういたしまして。一人で頑張るのもいいけど、人に頼ってもいいんだよ。あなたはそういうのすっごい苦手そうだけど」


「……善処しよう」


「うん」


「……」


 …………。


「まだ何か用事があるのか?」


「え? 無いよ? 今からあいつら殺してもいいなら殺しに行くけど。一緒に行く?」


 なるほど。暇なのか。


「遠慮する。やる事がないならここにいてもいいが、ワタシの邪魔はするなよ」


「は~い」

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