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二日目⑥

 昼食を終えた私は空になった食器をトレーに乗せて彼女の部屋を後にした。階段を上る間も彼女が口にした言葉が信じられず、何度も自分の頭の中で反芻させた。「変な意味に捉えて本気にするような子ばかりだったら、今頃この世界ごと吹き飛ばしてた」と言われた後だ。あの言葉が本気なのかどうか、本気にしてもいいのかどうか、判断し難い。本当に本気なのでれば、彼女はそれだけ私を信用していると考えてもいいだろう。そうであれば……まぁ、別に、嬉しくない訳でもない。それに神の身体を調べるまたとない機会となる。


(いや、だからといって少女の身体を調べていいのか……⁉)


 とんだ変態ではないか!


「少女の身体を調べる、とはどういう意味だロクドト」


「うわっ!」


 ろくに周囲に気を払わず悶々と考えながら歩いていたせいで、突然目の前に現れた人物に気がつかずトレーをぶつけてしまった。食器がガチャリと音を立てる。目の前の人物は、睨むようにこちらを見上げてきた。


「我が妻に対し、何かよからぬ事を考えているのではないだろうな」


「そ、そんな訳がないだろう、カルバス」


 突如として現れたのは、ディカニスの長にしてカタ神話の最高神であり、スティルを我が妻と呼んで憚らないカルバスだった。忘れていた。こいつも人の心が読めるのだ。ただ、前に聞いた話では「読もうと思えば読める」との事だからスティル程ではないのだろう。


「スティルの不調の原因が何かを考えていたのだ」


 先程読まれた私の思考と齟齬が生まれないよう、慎重に言葉を選びながら答えた。


「そんなもの、魔王の洗脳以外に何がある」


「ああ、だが、念の為に詳細に調べた方がいいだろう。彼女が口にしないだけで、魔王といた時に何かよからぬ事をされていた可能性だってある」


「ふむ……それは一理あるな。それで我が妻の身体を調べるか否かを考えていたのか」


「そうだ」


 カルバスは納得したように頷いた。


「我が妻の為にそこまで考えてくれるとは、感謝するぞロクドト。我が妻の身体を調べるのであれば、身体に残った憎き魔王の痕跡を一つ残らず消す勢いで調べ上げるのだ。いいな」


「……ああ」


「まぁ俺の顔を見れば我が妻も元気になるだろうがな! はっはっはっはっは!」


 カルバスは高笑いしながら私が来た道を歩いていった。このままスティルに会いに行くのだろう。


「はぁ……」


 この世界が吹き飛ばされない事を願いながら、私も歩き出した。



「皮を剥いで服の材料にしなかっただけ感謝してほしい」


「そうか。……それは、助かった」


 その日の夜。夕食を持ってスティルの部屋に行くと、扉を開けた瞬間に殺された。見張りの騎士諸共廊下の壁にぶつけられたのだ。生き返った後見張りの騎士達はその分の記憶を消されたが、私は記憶を消してもらえない為彼女の部屋で愚痴を聞かされている。昼食の後、カルバスだけでなく、彼女用にと服や暇をつぶせるものを買ってきた調達班の者も数名でここを訪れたらしい。


「わたしを可愛らしい置物か、自分の欲をぶつける対象だとしか思ってないんだもん……本当にムカつく。あと百回くらい殺してやりたい」


 ああ、殺されたのか……。


「流行りの服は嫌いですっての。この世界の流行りなんて知らないけど」


 そう言って肉にかじりつく。


「それにあの本! 何で何冊も買ってきたくせに全部恋愛小説なの⁉ わたしの好みは人がいっぱい死ぬ話なのに!」


 調達班が買って寄こしたもの全てがお気に召さなかったようだ。


「あなたが買ってきてよ」


「ワタシがか?」


「そう言ったでしょこのクラッカ・ヴァール」


 翻訳魔法をもってしても翻訳できない言葉で罵倒された。言葉の意味は分からないが、雰囲気からして罵倒で間違いない。他国や異世界の人間と関わる機会の多いディカニスの団員は、全員翻訳魔法を施されている。その為どこの誰と話そうが会話に殆ど支障をきたさないのだが、それでもたまに代替できる言葉が存在せずに翻訳できない場合がある。


「知りたいなら教えてあげる。エルニクトの時にわたしが殺した古い神の名前。すっごい間抜けだったから、間抜けな子をたまにそう呼ぶの。知識が増えて良かったね~」


「普通にそう言えばいいだろう……」


「あらそうごめんね普通に言ったら正論突かれたあなたが逆ギレしちゃうと思ったの。そういう子の相手は面倒だからしたくない」


「……キミがストレスを溜めすぎている事はよく分かった」


「だったらそのストレスを消化させてよ」


「その前に夕飯を消化させろ」


「は~い」


 夕飯を食べ終えてから彼女が欲しい物を聞き出し(三回に一回は魔王の名前を出してきた)、調達班が買ってきた恋愛小説の批評に付き合わされ(人が一人も死なない時点で彼女にとっては大層つまらないものらしい。かと言ってお涙頂戴な人の死も論外だそうだ)(それよりも律儀に読んだ事に驚いた)、少女向けの服を男数人で選んでいる光景の気持ち悪さをくどくどと聞かされた頃には、彼女のストレスもそこそこ軽減されたようだった。


「ワタシが買いに行っても同じではないか」


「あなたは面白いからいいの」


 不服である。


「まあいい。外出できるか後で掛け合ってみる。無理であれば他の団員に頼むからな」


「うん。……あ、そうそう。わたしの身体、いつ調べるの?」


 ……いつ?


「キミ、本気で言っているのか……?」


「うん。ほら、わたしって神様だから。願いを聞くだけじゃなくて、叶えてあげちゃうの」


「本当に、本気で言っているのか? 昨日は望みを叶えるとは言っていない、と……」


「あの時はあなたがどんな人か分からなかったし。そういう目で見てくる子だったら嫌だな~って思ってたし。でも他の子達とは違うって分かったから、何を調べるかにもよるけど、いいよ」


 あっけからんと言ってきた。


「そうか。それは、ありがたい。だが……あー、その……」


「ああ、バカに言われたんだよね。わたしの身体に残った魔王の痕跡を一つ残らず消せって。バカがこの部屋に来た時に聞いたよ。あなたが変に入れ知恵をしたせいで、わたしの身体が魔王に汚されたって思いこんじゃってるみたい。ま、ある意味本当だけど、わたしとしては、汚された部分をディサエルに綺麗さっぱり無くしてもらったんだけどね」


 そう言われて私はスティルの凹凸の少ない身体をまじまじと見た。いや、その部分を無くしてもらったのだろうかと思った訳ではない。この年齢では膨らみが少なくても不思議ではない。


「勘違いしてる所悪いんだけど、服を着た状態だと分からない部分だよ」


「では内臓か? それなら確かに目で見て分からな……」


 一つだけ、思い当たった。服を脱げばそれの有無が分かるもの。過去に彼女の身に何が起きたかは知らないが、この見た目の歳で汚されたとなれば、消したくもなるであろうもの。


「キミ、子宮を消したのか」


「うん。入口ごと、綺麗さっぱり」


 聞けば、彼女達――つまり、スティルとその双子の姉のディサエル――は、神になる前の人間だった頃に虐待を受けていたらしい。その内容については割愛するが、それのせいで嫌な思いを沢山したから、と神になった時にお互いの子宮を魔法で消したそうだ。


「ちなみになんだが、その事をカルバスは……」


「あいつになんか教える訳ないでしょ。会話したくもないし、そもそも一方的に自分の事ばかり喋ってるだけで、わたしの話なんか聞こうともしない」


 それは、まぁ……想像に難くない。


「で、どうする? あなたはあのバカの部下だから、あいつの命令は絶対なんだよね? 魔王の痕跡を消すって事は、せっかく消した子宮を元に戻すって事なんだけど。でもあいつはわたしに子宮が無い事を知らないから、このままの状態であいつに差し出してもあいつには分かりっこないよ。無い事を知ったら怒って結局は元に戻せって言ってきそうだけどね」


「ワタシは……」


 ディカニスの騎士としてカルバスの命令に従うのか、それともスティルの使徒として彼女に従うのか。


(そんなもの……)


 これこそ考えるまでもない。あの日誓ったのだ。妹に――。


「ワタシは、キミの使徒だ。キミの事に関しては、カルバスではなくキミの命令に従う。キミの身体を元に戻してカルバスに差し出しはしない」


 この言葉を聞いたスティルは私の隣に瞬間移動し、私を抱きしめてきた。


「ありがとう」


 その姿、その言葉に私は――一瞬妹の姿が重なり――眩暈を覚えた。だからという訳ではないが、抱き着かれていない方の腕を彼女の肩に回した。

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