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二日目⑤

 その後黙って階段を上り広間へ出ると、運よくセンマードンと遭遇した。スティルは魔王しか要求してこなかったが、それをそのままセンマードンに伝える程私も馬鹿ではない。彼女の着ている服は昨日と同じものだった。着の身着のままここに連れてこられ、持ち物は何もないのであろう。服を二、三着と、何か暇をつぶせるような物を調達してほしい旨を彼に伝えた。暇つぶしに私がまた殺されてはたまったものではない。


 怪我をした蛮族共を医務室で治療し終わる頃には(怪我をさせたのがカルバスだったせいで、普通の怪我よりも治療が面倒だった。神に負わされた怪我の治療は容易ではないのだ)、昼食が出来上がっていた。昼食を取りに行くと、それがお前の仕事だとでも言うようにセンマードンが二人分の食事をトレーに乗せて渡してきた。


「他の奴に頼むと、スティル様に何をするか分かんねぇだろ」


 それを言うなら私だって彼女に何をされるか分からないのだが、愚か者共に任せるのが不安であるという意見には同意する。何かよからぬ企みと共に昼食を持っていった愚か者のせいで、キレたスティルにイェントックを崩壊させる様な事をされてはたまったものではない。勿論、センマードンがそんな心配をしているはずはないのだが。


 トレーを受け取った私は、これから魔王を捕まえるまで毎日三回スティルに食事を届けに行かねばならない事の良し悪しを考えながら、彼女の部屋へと赴いた。


 彼女の部屋の前まで来て、これは悪しき事であると結論が出た。見張りは数時間おきに交代する。朝とは違う奴らが立っていた。つまり夕飯時にも別の騎士が見張りに立っているという事だ。あの面倒なやり取りをここに来るたびにやらねばならない。


「何の用だ」


 ほら見ろ。決まり文句しか言ってこない。食事を持ってきた事くらい一目瞭然だろうに、私が馬鹿でも分かるように用件を言わなければ、扉を開けるという簡単な事すらできないのだ。ディカニスに入団するには一定の学力も必要なはずだが、こいつらの頭に脳は詰まっているのか?


「スティル……様の分の食事を持ってきたのだ。扉をノックして、スティル様に入室してもいいかお伺いしてから扉を開けろ」


 私はこれ以上ない程丁寧に説明したつもりなのだが、どうやら不足があったらしい。


「何故二人分なんだ」


「センマードンがワタシにスティル様と二人で食事をするように言ってきたのだ。キミ達二人の為に二人分の食事を持ってきたとでも思ったのか。どうせキミ達は見張りに立つ前に食事は済ませているのだろう?」


 納得はしていないが理解はした、という表情を浮かべた見張り達は私の言った通りノックをしてスティルに扉を開けてもいいか確認し、彼女の「どうぞ」という声が聞こえてから扉を開けた。


 私が室内に入るとすぐに扉は閉められた。と同時にソファに寝転がっていたスティルが盛大に笑い出した。


「人の顔を見て笑うな」


 机の上にトレーを置きながら私はそう言った。


「あははっ! だって、あなたが、ふふっ……『スティル様』だなんて言って……いひっ……敬語で喋るのが面白くって……あっはははっ!」


 よほどツボにハマったのか、涙を流し腹を抱えながら笑っている。


「そうしないとキミに失礼だそうだからな」


「別にそんな事気にしないのに……あはっ。あなたは誰に対してもそういう態度なんでしょ? だったらわたしがその場にいようがいまいが、他の誰かがここにいようがいまいが、あなたのいつも通りの態度でいて。その方が好き」


「はっ……⁉」


 最後の「好き」という言葉に動揺した。ギンズがあんな事を言ってきたせいだ。更に悪い事に、動揺する私を見たスティルが意地の悪そうな笑みを浮かべてきた。


「どうしたの~? 何をそんなに慌ててるの~? わたしに好きって言われたのがそんなに嬉しいの~? まぁ、あなたって誰かから好きって言われるような子には見えないもんね」


 余計なお世話だ。


「嬉しい訳があるか。そんな好意を寄せられても迷惑でしかない」


「別に今恋愛的な意味で好きって言った訳じゃないんだけど」


 ニヤニヤとした笑みから一変、真顔で言ってきた。


「迷惑とか言うなら、わたしだって取り繕った態度で接せられても迷惑なんだよね。わたしの肩書きだけ見て、わたしそのものを見ようとすらしてない感じがするんだもん。だからあなたがいつも失礼な態度を取る子なら、わたしにも同じ態度で接してくれた方がわたしとしては嬉しい。そういう意味での好きだから」


「そうか……。勘違いしてすまない」


 私ともあろう者が、何て愚かな勘違いをしてしまったのだろう。ギンズに少女が好みなのかどうかと聞かれなければ、こんな失態を犯すはずは無かった。もしくは彼女の特性のせいだ。彼女といると調子が狂う。


「勘違いしてくれてもいいけどね~。そうやって慌てふためくあなたの姿を見るのも好きだし」


 なんて事をまた満面の笑みで言ってきた。妙なものに好かれてしまったようだ。彼女が何と言おうと、気にし過ぎない方が身のためだ。そう自分に言い聞かせる。


 それより早く食べよう、と彼女が言うので昼食の時間となった。机を挟むようにソファが二つ置いてあり、私はスティルの向かいに座った。暫くはどちらも無言で食べていた。


 こうして大人しくパンを食んでいる彼女を眺めていると、十五歳程の見た目通りの少女にしか見えない。細い体躯と真っ白な見た目も相まって、非力でか弱くも見える。感じる魔力も大した量ではない。実際にはどれもその真逆である事を、うっかりすると忘れてしまいそうな程だ。しかも他の団員達はそうした姿を見ていない、もしくは見ていても記憶を消されている。おまけに本来何の神であるかを知らないから、見た目通りのイメージしか抱いていない。カルバスだって自分に都合のいいようにしかスティルを見ていない。


「うん。だからわたしの本来の姿を知ってたあなたのおかげで、わたしはここでも魔力を得られたんだよね。ありがとう」


 スティルは私を見てにっこりと笑った。


「ワタシは何も言っていないのだが」


「でも今わたしの事考えてたでしょ? わたしの事見つめてたんだもん、誰にだって分かるよ」


 だからと言って内容までは分からないはずである。


「ほら、わたしって神様だから。熱烈な視線を浴びせながらわたしの事考えてたら……って、そんな事しなくてもだけど、すぐ分かっちゃうの。分かりたくない事でも」


 苦い顔をして彼女が言った。心が読めると言うよりも、心の声が勝手に聞こえてくるのだろう。


「馬鹿集団の中にあなたがいてよかった。わたしがちょっとした事で『好き』って言っただけで変な意味に捉えて本気にするような子ばかりだったら、今頃この世界ごと吹き飛ばしてた」


 どうやら私は自分でも知らない内にこの世界を救っていたようだ。


「そういう訳で、あなたの事、好きだよ」


「……キミはワタシをからかっているのか?」


「言ったでしょ? 慌てふためく姿を見るのも好きだって。特に今朝……ギンズって名前だったっけ? あの子が来た時のあなたの反応凄く面白かったし。ああいうのもっといっぱい見せて。あははっ」


 あの時の光景を思い出したかのように、彼女はまた笑い出した。


「そんなもの、はいどうぞと言って見せられるものではないだろう」


「だからからかうんでしょ」


 清楚な見た目とは裏腹に、彼女には悪気しか備わっていないらしい。


「ああ、それと、わたしの身体調べたいなら好きに調べていいよ」


「…………は?」

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