突然扉が開け放たれギンズが入ってきた。私は本当に今すぐにでも飛び起きて奴の顔面を殴ってやりたい衝動に駆られたが、私の頭を抑えるスティルの力の方が強くて叶わなかった。結果的にはその方が暴力を振るわなくて済み、良かったのかもしれないが……。
(いや、良くはない! この状態を彼女が解くまで奴に見られ続けるのだぞ⁉ 何も良くはない!)
私はダラダラと冷や汗を流したが、お構いなしにスティルはのんびりした様子で言った。
「この子、ちょっと疲れてたみたいだから、休ませてあげてたの」
(平然と嘘をつくな!)
キミがワタシを殺したせいだろう。と言いたいところだが、その原因と膝枕という結果に納得のいくような説明ができない。
「なるほど。流石スティル様です。大変お優しいのですね」
(納得するな!)
話を合わせて彼女を持ち上げているだけなのかもしれないが、だとしても腹が立つ。
「な、何の用だ、ギンズ」
諸々の怒りをどうにか抑えて私はギンズに話し掛けた。ギンズは何をしにここに来たのか今思い出した様な顔をして――実際には少し軽蔑も入り混じったような顔で――私を見下ろした。
「訓練中に何人か怪我をしたんだ。調子が悪いなら無理にとは言わないが……」
「いや、ワタシは大丈夫だ。何も問題は無い。スティル、悪いが」
と、そこでギンズの眉間に皺が寄るのを見てとった私はすぐに言い直した。
「スティル様。申し訳ありませんが手をどかしていただけませんか。スティル様のお陰でワタシは大変元気になりました。今度はワタシが怪我をした騎士達の治療をせねばなりません」
私の眉間にも大分皺が寄り、それをスティルは笑いを堪えるように肩を震わせながら見ていた。
「そう。それじゃあ頑張ってね」
漸く解放された私は立ち上がり、ギンズの後に続いて部屋を出た。廊下を歩き、階段を上り始めた所でギンズは今なら誰にも聞かれないだろうと判断してか、私に先程の事を追求してきた。
「あれは何のつもりだよ」
それは私が聞きたい。何のつもりでスティルが膝枕をしてきたのか、私にも見当がつかないのだ。
「彼女の部屋で気を失い、気がついたらああなっていたのだ」
だから、彼女に殺されたという肝心な部分を伏せて要約した。嘘ではないのだからいいだろう。またギンズは口煩く何か言ってくるだろうと思ったが、意外にもはっと息を吸い、立ち止まって気まずそうにこう言った。
「そうか……。団員達の治療は君一人に任せすぎていたからな。医者は君しかいないから、どうしても君に頼らざるをえない。簡単な治癒魔法なら掛けられる団員は何人かいるけど、もっと高度で複雑となると、君しかできる人がいない。僕達は君に負担を掛け過ぎていたな。すまない」
別に私はそれを負担だと感じた事は無いのだが、この場合はこの誤解を利用した方がいい。変に怪しまれても困る。
「団員達の治療をするのがワタシの仕事だ。だからワタシに頼るのは構わないが、そうだな。大怪我をする回数を減らしてくれると助かる」
「ああ。皆にも言っておくよ。でも、それはそうと……」
ギンズは何か言い難そうにもごもごと口を動かした。
「スティル様がカルバス様の妻だって事くらい、君も知っているよな?」
「当たり前だろう。毎日の様に我が妻、我が妻と聞かされているのだからな。それがどうかしたのか」
「いや、その、確かに団員の中にもスティル様をそういう目で見る奴はいるけど……君もだとは思わなくて」
「……何の話だ?」
ギンズにしてはハッキリしない物言いだ。何を隠しているのだろうか。
「ほら、君って女性と付き合ったりとか、一晩共に過ごしたりとかしないだろ? だから変わった奴だなと思う事は度々あって……ああ、いや。僕じゃなくて、他の皆がそう言っているんだけど……」
「だから何なのだ。ハッキリ言わないとはキミらしくもない」
「じゃあハッキリ言うけど、君はスティル様くらいの年齢の――いや、スティル様の実年齢じゃなくて、見た目の年齢の――少女が好みなのか」
「……」
ギンズの言う“好み”と言うのが、単純な好き嫌いではなく、恋愛や性愛の意味での“好み”の話である事を理解するのに少々時間を要した。要してしまったが故に、今更否定しても簡単には誤解を解けない事も理解してしまった。先程スティルの部屋で見せた軽蔑するような目つきも、そうした誤解から生まれたものであろう。あれはスティルが私の頭を押さえつけていて起き上がれなかったからあの状態のままでいたのだが、ギンズの目には少女の膝枕を堪能しているようにしか見えなかったのかもしれない。
「別に、君の好みが何であれ、僕は言いふらさないよ。そういう人だって少なからずいるんだし。でも、ディカニスの評判に傷をつけるような事はするなよ? それにスティル様はカルバス様の妻だから、いくらスティル様がお優しい方だとしても、それに甘えすぎるのは……」
「待て。ギンズ。それは誤解だ」
私が何と返すべきか迷っている間に、ギンズがまた一人で喋り出してしまった。勝手にあれこれ決めつけられては困る。反論しなければ。
「ワタシは相手の年齢や性別が何であれ、そうした類いの好意を寄せはしない」
「なぁロクドト、そうやって隠そうとしなくても大丈夫だ。言いふらさないって言っただろ」
「違う! そうではなく……」
どうやってこの誤解を解けばいいのだ。仮に私とスティルの関係だけに絞って伝えたとしても、少女が好みだという誤解は解けない。何か別の勘違いをさせた方が早いのでは……。
(……!)
ええい。こうなったらこれしか方法はあるまい!
「ワタシの様な天才が他人に興味を抱くと思うか。ワタシはワタシ自身しか愛していないのだから、他人を愛する訳がないだろう」
この発言が嘘だとは言い切れない。故に真実味を帯びてギンズに伝わった。
「ああ、そうか……うん。そうだよな。君はそういう奴だったな」
誤解は解けたが、その代わりに可哀想な人を見る目で見られた。