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二日目③

 川のせせらぎ 晴れ渡る空

 鳥は歌い 魚は撥ねる

 さあ行け 新たなる神

 古き神を皆殺せ


 水は溢れ 火の粉は舞い散る

 勝者が歌い 敗者は黙す

 今始まる 新たなる世

 十の神を皆祝せ


 気がつくと、そんな歌が聴こえてきた。頭を撫でられている感覚もする。薄く目を開けると、私を覗き込んでいるスティルの顔がぼんやりと見えた。


「何故そう何度も殺すのだ」


「破壊神だから」


 私が聞くと、彼女は薄く笑みを浮かべてそう言った。


「答えになっていない」


「ん~、じゃあ……正しく信仰してもらう為、かな。わたしが何を司ってるのか、あなたは知ってたけど、それって本で読んだから知ってるって程度でしょ? 本当にわたしは破壊を司ってるんだって事を教えるのには、やっぱり壊すのが手っ取り早いもん。それに、あなたを壊した方が身に染みて分かるでしょ?」


「ああ。よく身に染みたよ」


 確かに最初は半信半疑であったが、スティルが破壊神である事はもはや疑いようがない。


 私は深い溜息をつき、身体を起こそうとした。その時に気がついた。顔のすぐ横にスティルの胴体がある。そこから視界を自分の足元に移すと、己の脚はソファのひじ掛けに乗せられていた。頭は枕にでも乗せられているのかと思っていたが、彼女の部屋のソファに枕やクッションが置いてあった覚えはない。


(膝っ……!)


 飛び起きようとしたがスティルに頭を押さえつけられた。


「待って。もうちょっと、こうしてたいの……」


 寂しそうな顔と声で言われると、彼女に殺されたばかりだと言うのに何とも断りづらい。


「わ、分かった……」


「ありがと」


 彼女は柔らかな笑みを浮かべ、また私の頭を撫で始めた。


 またも催眠術を使ったのだろうかとも考えたのだが、もしかしたらこれは彼女の特性なのかもしれない。スティルが司っているのは破壊だけではない。月もだ。月の力の詳細を調べても文献によって違いがあったが、月は古来より人々を良くも悪くも魅了し、影響を与えてきたという点は共通している。だからそうした力がスティルにもあるのだろう。白く輝く彼女の髪や肌は、まさに月の様だ。


「なあ。さっきの歌は何の歌だ?」


「エルニクトの歌。バーハローズが作ったの」


 エルニクトと言うのは、原初の神々が世界を滅ぼした時に起きた戦いの名前だと記憶している。バーハローズも確かその戦いに参加した、原初の神の一柱だ。


「人間って過去に起きた事をすぐ忘れちゃうから、歌にしてわたし達の事を人間に語り継いでもらおうって言ってバーハローズが作ったんだけど……その歌も、もう忘れられちゃったんだね」


 スティルがまた寂しそうに言う。


「神が増えすぎたからではないか? カタ神話だって、キミがカルバスを神にしなければ生まれなかった。キミ達が人間を神に認定する事で生まれた神話は、他の国でも、他の世界でもあるのだろう?」


「う~ん。まぁ、そうなんだけどね。たったの十人で世界を管理するのは大変だったから、他の優秀な人間も神にして手伝ってもらおう、って事でいっぱい神を増やしちゃったんだよね。今こんな事になってるのも、自業自得だよね」


「痛っ」


 言葉とは裏腹に、頭を強く叩かれた。


「何故叩いた」


「ムカつくんだもん……」


「腹を立てた時に暴力に訴える以外の方法を知らないのか?」


 私がそう言うと、スティルは以外そうに目を丸くさせた。


「え? だって、皆そうしてるでしょ? あなたは違うの?」


「ふん。神とは言えその方法しか知らないとは知性に欠けるようだな。ワタシは暴力に訴えるような愚かな真似は」


「暴力って別に殴る蹴るだけじゃなくて、言葉で脅すとか、無視するとか、そういうのも入るんだけど、あなたは違うの?」


「…………」


「ほら、皆そうしてるでしょ?」


 こう言われては、何も返せない。


「別にわたしはあなたがどんな暴力を振るおうと、それを責めはしないよ。人間の三大欲求って、支配欲、自己顕示欲、攻撃欲の三つだもんね。それに気づいて自制できる人はえらいえらい」


 幼い子供を褒めるように、スティルは私の頭を撫でた。私は何をされているのだ……? 褒められている様には感じない。むしろ馬鹿にされている。しかしそれを指摘したとしても、言い方によってはまた暴力を振るった事になるのだろう。自分の口の悪さを知らない程、私は馬鹿ではない。


「いい子いい子」


 私の心を読んだかの様に、スティルがまた頭を撫でてきた。恥ずかしすぎて他人に見られでもしたらそいつの顔面を殴ってやり


「スティル様、失礼します! こちらにロクドトがいると聞いて来たのですが、ロク……ロクドト⁉ 君そこで何をしているんだ⁉」


「あああああああ⁉」

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