「あのさ~、普通は返事待つよね? 扉開ける前に相手の返事待つよね? わたし達って好き勝手に相手の部屋に入るような仲じゃないよね? だったら待つよね?」
「……すまない」
天井に向けて投げられた後、私は文字通り寝室から放り投げられた。暫くしてから身支度を終えたスティルが寝室から出てきて、今彼女は朝食を食べながら私に説教をしている。
「それにさ、わたしってば女の子なの。男の子ばっかりの集団に捕まっただけでも耐えられないのに、寝室に忍び込まれるとかもう最悪。怖くなって投げ飛ばしたくもなっちゃうの」
「……すまない」
私はと言うと、またしても逆さまの状態で宙吊りにされている。
「ま、でも悪いのはあなただけじゃなくて、見張りの子達もだよね。後で一回殺しとこっと」
「……」
すぐ殺そうとするのはどうかと思うのだが、それ以外の部分は反論のしようも無く、変に何か発言すればまた私が殺されかねない。見張りに立っている二人には申し訳ないが、私の身の安全を取らせてもらう。なに、心配する事は無い。記憶は消されるだろう。
「ん~。何かもう宙吊り見飽きたな。降ろしてあげるから、あなたもご飯食べていいよ」
「……どこまで自分かだっ!」
頭から降ろされ、否、落とされた。本当に、どこまで自分勝手なのだ。
起きた時から腹は減っていたからスティルと共に朝食を食べた。だが既に冷めていたし、彼女と二人きりで食べるというのは何だか落ち着かず、正直食べた気がしなかった。
「ねぇ、ロクドト。わたしに何か用事でもあるの? ご飯持ってきただけじゃないよね」
彼女はこちらを見向きもせずに話し掛けてきた。まだ怒っているような雰囲気だ。
「ああ、調達班が出掛けるから、何か必要な物があるかどうか聞くよう頼まれた」
「ふぅん。ディサエルが必要って言ったら、持ってきてくれるの?」
「それは……どうだろうな。第一、魔王は行方不明だ。それにキミ達が信仰されていない世界に来たと言うのに、キミを捕らえられても魔王は逃がしている。だから調達班だけで魔王を捕まえられるとは考えられない」
「……だよね。ここに来るとしたら、自分で来るもん」
そう言った彼女の声は、寂しさが滲んでいるように聞こえた。
「やはり、寂しくて泣いていたのか」
「……」
軽蔑するような眼差しを向けてきた。見るのは勿論、それを話題に出すのも不味かったか……。
「わたしが寂しいって言ったら、あなたはわたしの寂しさを埋めてくれるとでも言うの? ま、あなたとしては、妹の代わりが出来て丁度いいのかもしれないけどね」
「っ……!」
私は衝動的に立ち上がっていた。そんな私を、スティルは歪んだ笑みを浮かべて見上げてくる。
「わたしに妹の代わりになってほしいなら、お願いしてくれれば聞くよ? その願いを叶えてあげる」
昨日は「聞いてあげる」と言っていたのが、今は「叶えてあげる」と言ってきた。私が願ったら、本当にそうする気だ。
「ふざ、けるな……」
「確かにわたしはディサエルと離れ離れになって寂しい思いをしてる。でも、あなただって妹が死んでからずっと寂しい思いをしてるんだよね? だったら、わたしがあなたの妹の代わりを務めてあげれば、あなたの寂しさも、わたしの寂しさも、少しは紛れるんじゃない? ほら、何て言うんだっけ。ウィンウィンの関係、ってやつ?」
「ふざけるな!」
私はそう言ってやりたかったが叶わなかった。彼女が私の首を掴み、爪先がギリギリで届かない位置まで持ち上げたのだ。
「ほら、言ってみてよ。妹になってくれって。寂しそうにしてるわたしを慰めたいんでしょ? 妹を慰められなかったから。慰めたくても、壊れちゃったから」
「――っ!」
彼女は何をどこまで知っているのだ。私の心の内までも見透かしているとでも言うのか。ディカニスの誰にも言っていないような事まで、全て知っているのか。私をどうさせる気なのだ。
「昨日も言ったでしょ? あなたに言わせたいの。ほら、言って。あなたの本心を」
私は抵抗しようともがきたかった。だが彼女の瞳に見つめられると、何故だか抵抗する気が失せて、彼女の言う通りにしたくなってくる。ああ、クソ。また催眠術だ。私とした事が二度も掛かってしまうだなんて、情けない。目を逸らしたいが、逸らす事も許されない。と言うか、
(苦、しい……)
首を掴まれているのだ。まともに呼吸ができない。早く楽になりたい。首を縦に振れば彼女は満足して離してくれるだろう。だがそれは駄目だ。抵抗しろ。彼女の言いなりになってはいけない。そんな事をしても妹が戻ってくる訳ではないのだ。だって、妹は……
「自分で壊しちゃったもんね」
「がっ」
スティルが私の首を潰した。