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二日目①

 翌朝、私は医務室で起床した。机に突っ伏していた顔を上げると、窓から差し込む朝日が眩しくて思わず目を細める。


(腹が減った……)


 朝食はもう出来ている頃合いだろう。軽く身支度を済ませ外へ出ると、予想通り、調理班が外で食事を配っていた。


「おう、おはよう、ロクドト」


「おはようセンマードン」


 センマードンから朝食を受け取ろうとすると、彼は器を差し出そうとした手をふと止めた。


「お前、スティル様の分も持っていって届けてくれねぇか」


「……何故ワタシが」


「昨日ギンズから聞いたが、スティル様はまだ調子が優れていないそうじゃねぇか。それにお一人で地下室にいらっしゃるんだろ? 昨日は食事もお一人でとられたそうだが、いくら神でもそれじゃあ元気にはならねぇだろ。診察ついでに一緒に食事をとって、心も体も元気にしてさしあげるんだ」


 私には彼女がそんな繊細な神には見えなかったのだが、センマードンは常に他人を気にかけている奴だ。スティルが屈強な肉体を誇る男性であろうが同じ事を言ってくる。それにセンマードンは、愚か者の多いディカニスの中で尊敬できる数少ない人物の一人だ。そんな彼の頼みを無下にする程私は愚かではない。


「分かった。持っていこう」


「おう、ありがとよ。ああ、それとこの後調達班が出掛けるそうだ。スティル様に何か必要な物がおありか聞いてくれると助かる」


「ふむ。了解した」


 私は二人分の食事が乗せられたトレーを受け取り、スティルのいる地下室へと向かった。


 彼女の部屋の前には、いつの間にか見張りが立てられていた。扉の前で二人の騎士が向かい側の壁を睨んでいる。


「扉を開けろ」


 両手が塞がっている私は見張りの騎士達に扉を開けてもらうよう頼んだが、騎士達は扉を開けるどころか、扉の前で剣を交差させた。


「何の用だ」


 見張りの一人がぶっきらぼうな声で言ってきた。


「見ればわかるだろう。キミの目は節穴か。スティルの朝食を持ってきたのだ。だがワタシはこの通り両手が塞がっていてその扉を開けられないし、キミ達はこの扉を開閉する為にそこに突っ立っているのだろう。扉を開けろ」


 お望み通り説明してやっても動く気配を見せない。これではスープが冷めてしまう。


「無礼な態度を取る奴をスティル様に会わせられるか」


 もう一人の見張りが口を開いた。何だ。そんな理由か。


「キミ達のせいで冷めてしまったスープをスティル様にお出しせねばならんのか? 礼を欠いているのはどちらだ」


「ぐぬ……」


 客人に冷めた料理を出すのは非礼とされている。カタ王国民で、しかも騎士であれば知らないはずが無い。冷めきった料理を出された事が原因で起きたラバスの戦いを(原因は他にも多数あるが、冷めた料理を提供された時に戦う事を決意した、とカルバスが語っていた)。二人は納得したようで、すぐに剣を下ろし、扉を開けた。ふん。初めからそうすればいいものを。


「入るぞ」


 私は睨まれているような視線を背中に感じながら、真っ白な室内に足を踏み入れた。ぐるりと室内を見回したが、白すぎてスティルがどこにいるのか分かりにくい。


「朝食を持ってきた。キミとワタシの分だ」


 声を掛ければ現れるだろうと思ったが、物音すら聞こえない。一先ずトレーを机に置き、彼女を探す。


 昨日来た時は出入口が一つしかない部屋だったが、あの後魔法で拡張させたのか、部屋の奥にも扉が一つ出来ていた。部屋全体にスティルの魔力が漂っているせいで分かりにくいが、その扉の向こう側からスティル本人から発せられる魔力も僅かに感じる。


「入るぞ、スティル」


 ノックをして扉を開けると、そこは寝室のようだった。天蓋付きの白いベッドが鎮座している。白い布団にくるまれて眠るスティルの顔は仄かに赤く、呼吸はどこか苦しそうだ。


(どうしたものか……)


 そうとは知らなかったにせよ、勝手に寝室に入ってしまった事に関しては後ろめたさを感じる。だがどこか調子が悪そうな様子の彼女を見て見ぬふりはできない。昨日彼女自身が言っていたように、まだ本調子ではないのだろう。悪化してからでは遅い。


「失礼するぞ」


 枕元まで歩み寄り、彼女の額に手を添える。どうやら熱は無さそうだ。


(あ……)


 近づいてしまったが為に、気づいてしまった。彼女の顔の、涙の跡に。悪夢でも見たのだろうか。それとも……寂しさか。


 スティルとディサエルの双子がいつも一緒にいるのかは知らないが、今回に限って言えば、共にいたところを無理矢理離れ離れにさせられたのだ。神といえども寂しさくらい感じるのだろう。


(心も体も元気に、か)


 確かにそうさせる必要はありそうだ。


「ん……」


 スティルがもぞもぞと動き出した。目が覚めたのか。


「ディサ、エル……?」


 スティルの額に乗せたままの私の手の上に、彼女自身の手が重ねられた。


「……?」


 ゆっくりと瞼を開けた彼女は、その視線を私の腕を伝って私の顔に向けた。


「……」


「おはよう、スティル。すまないな、キミのあぅわっ!」


 最後まで言い終わらない内に私は天井に投げつけられた。

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