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一日目⑤

「っ⁉ ……、ぁ……僕は、今……? ス、スティル、様……! あなたは、僕に、何を……⁉」


 生気が宿った顔をまた蒼白にさせてギンズが震えあがった。


「ムカついたから殺しただけだよ」


 スティルは私の時と同じ台詞を吐いた。


「あなたもこれくらい怯えてくれたってよかったのに」


 と思ったら頬を膨らませて文句を言ってきた。


「そんな事はどうでもいいから早く記憶を消してやれ」


「ええ~。怯えてる所見たくないの?」


「ワタシにそんな趣味は無い」


 こんな会話をしている間も、ギンズは震えながら言葉にならないような声を上げている。正直、可哀想で見ていられない。スティルがしゃがみ込んで目を合わせると、またびくりと身体を震わせた。


「自分はいっぱい人を殺すくせに、殺されるのが怖いなんてすっごいワガママだよね~。殺された感想はどう? 楽しかった?」


 笑顔で問いかけるスティルを前に、やはりギンズは怯えるだけでまともに答えられはしなかった。


「おい、スティル。こんな事はもうやめろ。見るに堪えん」


「ん~、そうだね~。震えてるだけで喋らないのはちょっとつまんないもんね~」


 そう言うとスティルはギンズの首を掴み、そのまま持ち上げて奴を立たせた。


「この子がこう言ってるから、殺された前後の記憶を消してあげるね」


 スティルがそう言った途端に、ギンズは糸が切れた操り人形のように頭を垂らし、手足からも力が抜けていた。


「ついでに部屋の模様替えもやってもらお~っと」


 首を離されたギンズは、そのまま倒れる……かと思いきや、しっかりと二本の脚で立った。そのままぼうっとした顔で部屋に入り、魔法で模様替えを行った。壁、天井、床を白く塗り上げ、ボロボロな机には白いツヤが出て、同じくらいボロボロだった木製の椅子はふかふかな真っ白いソファになった。他にも様々な真っ白い調度品が魔法で出され、室内は一気に神が使うに相応しい豪華な部屋になった。


「これくらいでいっかな~。ありがと」


 スティルがギンズの背中をぽんと押す。するとこちらに向き直ったギンズは、ぼんやりとした顔からはっきりとした顔に変わっていた。


「こちらがスティル様のお部屋です」


 奴はこの部屋に着いた時と同じ顔で同じ台詞を吐いた。殺された前後の記憶を消すどころか、書き換えられているのだろう。でなければこんなにも白くなった部屋を前にしたら驚くはずである。


(……冒涜だ)


「ありがとう」


 何食わぬ顔でスティルは礼を言い、私の腕を掴んで部屋に入った。


「お待ちください、スティル様。少しロクドトと話をしてもよろしいですか?」


 私の背に、少し咎める様な声をギンズが掛けてきた。


「すまないスティル。少し離してくれ」


 スティルの手を払い、私は部屋から出た。私が壁になってスティルに見られる心配が無いからか、ギンズは険しい顔を私に向けてきた。


「何の用だ」


「怪我人の対応は君以外の非戦闘部隊で行ったけど、何人か重傷の者もいる。君でなければ対処できないからすぐに診てほしい」


「そうか。ではすぐに行こう。スティル、悪いがワタシは失礼するぞ」


 背後からスティルの「うん」という声が聞こえてきた。私はすぐに扉を閉め、廊下を歩きだそうとしたのだが、ギンズが腕を掴んできてそれを阻止した。


「まだ何かあるのか。キミがすぐに診ろと言ったのだぞ」


「その態度はなんだ」


 ギンズにしては珍しく怒りの感情を出してきた。


「どうしたのだ急に。キミは戦場帰りだからまだ興奮状態が続いているのか? カウンセリングは不得手だが話を聞くくらいなら」


「スティル様に対するその態度はなんだと言っているんだ」


「……」


 …………?


 私は彼女に対して何か変な態度を取っていただろうか。


「僕らに対して君がどんな態度を取ろうが別に構わない。だけど、いいか。スティル様は神だ。もっと改まった態度で接しろよ。言葉遣いも丁寧にして、様をつけろ」


 何だ。そんな事で怒っていたのか。


「ワタシが誰に対しても同じ様に接する事くらい、キミは知っているだろう。相手が誰であろうが、特別扱いする気は無い」


「特別扱いをしろと言いたいんじゃない。失礼な事をするなと言っているんだ」


 煮え切らないような顔でギンズが唸り、それから大きな溜息をついた。


「ロクドト、君がそういう人間な事くらい、僕はよく知っている。だけど友人としてこれだけは言わせてくれ。他の団員がいる前では気をつけた方がいい。君の事をよく思わない団員は何人もいる。そんな団員の前でスティル様を今の様に扱ったら、君の立場が危うくなる」


 あんな粗末な部屋を用意したくせに。とは思ったが、今のギンズにその記憶は無い。あの部屋を用意したのも恐らくこいつの一存ではない。だからその事を責めた所で何にもならない。


「ふん。気をつけるとしよう」


 それだけ言って、私は歩き出した。


 その後は重症患者の治療を終えてから遅い昼食を取った。午後からは捕らえ損ねた上に逃げられたという魔王を探す為の作戦会議が開かれ、一先ずは明日この地を探索しようという結論が出てこの日は終わった。

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