扉を叩く音が聞こえた。
「ロクドト、スティル様の容態はどうだ」
この声はギンズだ。
(ああ、そうだった……)
そもそもスティルと二人きりでいるのは、彼女に殺されたりからかわれたりする為ではなく、目に見えて調子の悪い彼女を診てくれと言われたからである。
「キミ、魔力はもう大丈夫か?」
私は立ち上がりながら彼女に聞いた。
「あなたが信仰してくれさえすればね」
「そうか。ではキミを信仰しよう。ここにいる間に倒れるような事があっては、私の腕が疑われる」
「うわー。すっごい自分本位」
(どの口が言っているのだ)
内心で毒づきつつ、私は扉の向こうにいるギンズへと声を掛けた。
「彼女はもう大丈夫だ。何か用か」
「スティル様の部屋と食事を用意したんだ。入っても大丈夫か?」
「ああ」
失礼します。と言って医務室に入ってきたギンズは、スティルを見て一礼した。
「スティル様、お部屋とお食事をご用意しました。お部屋までご案内します」
「そう。ありがとう」
スティルは毒気の無い笑顔で礼を述べた。
「ご気分はどうですか」
「この子のお陰で良くはなったけど、まだ本調子じゃないの。ねぇ、ロクドト。部屋まで一緒に来てくれる?」
あれだけの事をしておいて本調子じゃないとは、嘘も大概にしてほしい。だが神である彼女の魔力は本来もっと膨大なのだろう。仕方なく承諾しておいた。
「ああ。そのくらいなら」
「ありがとう」
私が口を開いたら何故かギンズに一瞬睨まれたが、スティルに早く案内して、と言われ奴はすぐに表情を戻した。
連れていかれた先は地下だった。スティルが一人でいられる部屋はここにしかないそうだ。一定の間隔を空けて浮かんでいる蝋燭には火が灯されているが、それでも薄暗く、周りは石壁だらけでまるで牢獄だ。ギンズを先頭に廊下を進んでいくと、奴は一番奥にある扉の前で足を止めた。
「こちらがスティル様のお部屋です」
ギンズが扉を開けると、やはりこちらも石壁に囲まれた殺風景な部屋が目に飛び込んできた。ボロボロな木製の机の上に今現在用意できる限りの豪華な食事――つまり普通の食事――が置かれている。こんな部屋を使わせる事に反対する奴はいなかったのか?
「……ここ?」
スティルも顔には出していないが、声には不満の色が混ざっている。
「このようなお部屋しかご用意できず申し訳ございません。なにぶん部屋数が少なく、他の団員達と離れた部屋というと、ここしかなかったものですから……」
申し訳なさそうにギンズが言った。なるほど。確かに野蛮人共が雑魚寝する場所と近いのは色々とよくない。やむを得ずここをスティルの部屋としたのか。
(しかし……)
だからと言っても、相手は神だ。囚人ではない。他に部屋が無かったとしても、魔法で見栄えを良くする事くらいはできたはずだ。
「そう」
低い声でスティルが呟いたかと思うと、鈍い音と共にギンズが壁にめり込んだ。
「何をしているのだ⁉」
「え~。だってムカつくでしょ、これは」
その気持ちは理解できるが、だからと言って殺していい訳がない。
「早く元に戻せ! ギンズを生き返らせろ! 誰かに見られたらどうする!」
「せっかちなんだね~、ロクドトは」
「せっかちではない!」
不満そうに頬を膨らませながら、スティルは魔法で壁を元に戻し始めた。壁が元の形を取り戻すにつれ、めり込んでいたギンズは押し出されて床に倒れた。それを何の感慨も抱いていないような顔でスティルが見下ろしている。
「ギンズを、生き返らせろ」
「それはシステムで行われる事だから、わたしにはできないの。記憶を消すくらいならしてあげてもいいけど」
スティルはうつ伏せのギンズを蹴り、仰向けにさせた。青白い顔がこちらを見てくる。
「だったらこいつの頭から、死ぬ少し前からの記憶を消せ」
「うん。生き返ったらね」
「……は?」
今ではないのか?
「すぐ記憶消しちゃったら面白くないもん。あ、ほら、戻るよ。やっぱりこの世界だと反応遅いな~」
のんきな声でスティルがそう言うと、見るも無残な状態だったギンズの身体が元に戻っていった。流れ出た血はミミズのように動きながら身体の中に納まり(衛生的に大丈夫なのか?)(もしかしてワタシの血もこうなったのか⁉)、傷口は塞がれ、折れるべきではない場所で折れていた手足も元通りになった。血の気が失せていた顔にも生気が宿り、呼吸音も聴こえてきて、ギンズは無事生き返った。