「っ……‼」
がばりと起き上がった私は、反射的に首元に手を当てた。ちゃんと首と胴体が繋がっている。
「当たり前でしょ。ディサエルがいるんだから」
先程と同じようにベッドに寝かされていた私は、先程と同じように椅子に座っているスティルに向けて吠えた。
「何故殺す! 何故そこで魔王の名前が出てくる!」
二度も殺された恐怖と彼女の言動の意味不明さに私は脂汗を流した。
「ムカついたからってさっき言わなかったっけ? ディサエルの名前が出るのも、あなたなら分かると思うんだけどな」
彼女は何食わぬ顔で小首を傾げた。
「ムカついたからといって殺していいものではないだろう!」
何故そんな基本的な事が分からないのだ⁉
「人間って繊細だね~」
こちらの心情などお構いなしにスティルはケラケラと笑った。話の通じなさ加減に怒りを通り越してむしろ呆れてきた。彼女はこちらが何を言っても理解しようとすらしないだろう。
「もういい。それで、魔王の名前が出てくるのは何故だ。魔王が創造と太陽を司っている事に関係があるのか」
「うん。そうだよ。わたし達って人間を殺すの禁止されてるんだよね。でもさ、何かの弾みで殺しちゃう事ってあるでしょ? そんな時の為に、殺しちゃった人間を殺す前の状態に戻すシステムをディサエルが創ったんだ。だから、ディサエルを倒してなくてよかったねって言ったの。ディサエルを倒しちゃったら、そのシステムも無くなっちゃうから」
「つまり、魔王が倒されていた場合、キミに殺されたワタシはそのまま死ぬのか」
「そうだよ。でも、ディサエルが倒されていたら、あなたを殺してなかったかもしれないけどね。だってディサエルがいるから安心して殺せるんだもん」
「……」
意味が分からん。
「ええ~、分かるよ~。人間って殺すとすぐ死んじゃうでしょ? それってつまらないよね。殺しても死なない方が楽しいから、ディサエルの創ったシステムのおかげでつまらない思いをする心配もなく、安心して殺せるの」
愛くるしいと表現できるような笑顔で恐ろしい事を言ってきた。全くもって意味が分からん。頭が痛くなってきた。
「ところでさ、あなたは何をしようとしてたの?」
「……何の事だ」
「さっきわたしの胸の近く触ったでしょ? あのまま胸を触る気だったならもう一回殺す」
一変して冷めた表情になったスティルを見て、私は背筋を凍らせながら答えた。
「あれはキミに魔力供給をしようとしただけだ。心臓の近くに直接触れた方が、早く全身に魔力を行き渡らせる事ができると言われている。その方法を取ろうとしただけで、他意は無い」
「……ふぅん。そう。でもそれって対人間の方法でしょ?」
「人間以外の動物でもそうだ」
「でもわたしは神だもん。あなたが正しく信仰してくれさえすればそれでいい。あなたがわたしに触りたいって言うなら話は別だけど」
彼女は嘲笑う様に唇の端を上げた。
「そんな事……っ!」
またしても彼女が私の顔に手を添えてきて、私は反射的に身体を強張らせた。二度も殺された恐怖で奥歯がガチガチと鳴る。彼女は恐ろしい程に赤い双眸で私を覗き込みながら質問してきた。
「ねぇ、あなたの名前はなぁに?」
「ロ、ロクドト……だ」
「そう。ねぇロクドト、あなたの仕事はなぁに?」
「ワタシ、は、医者だ。患者のけ、怪我、や、病気を……治す事が、仕事、だ」
スティルの質問に、私は舌を縺れさせながらも答えていく。
「それだけ? あなたは治す事だけが仕事なの? それだけなら、あの道具はなぁに?」
スティルは目線で机の上に出しっぱなしの実験道具を示した。いや、それだけではない。机の下に置いたままの道具もだ。
「な、何が……言いたいんだ……」
「違う。わたしが言いたいんじゃないの。あなたに言わせたいの。あなたの望みを」
「望み……?」
「そう。あなたも知ってるだろうけど、わたし達は信仰心から魔力を得てるの。わたし達は信仰心を与えてくれる人間を使徒と呼んでる。あなたはわたしに魔力を与えようとしたんでしょ? だったらあなたはもうわたしの使徒になったも同然。そして使徒から信仰心を得るお礼に、何かお願いを聞いてあげようって事になってるの。だからあなたの願いや望みを聞いてあげる。ロクドト、あなたの望みは、なぁに?」
彼女はその柔らかな吐息が感じられる程近くまで顔を寄せてきた。先程まで私が彼女に抱いていた恐怖心はいつの間にか無くなり、その代わりに安心感や幸福感を抱いていた(何故だ?)。血の様だと感じた赤い瞳は、宝石の如き美しさを放って私を見返している(何故そう感じるのだ?)。頬に添えられた彼女の手の上に、自分の手を乗せた。とても柔らかな肌だ。もっと彼女に触れられたい。もっと彼女に、彼女の至る所に、外身だけでなく、中身にも触れたい(その理由は?)。……いや、そんな事は考えるまでもない。
「キミの身体を調べたい」
ぼうっとする頭で私はそう答えた。
「何で?」
彼女は柔らかな笑顔で問う。
「キミは神だ。人間との違いを知りたい。キミの身体を調べさせてくれ」
彼女は目を細めた。
「それがあなたの望みなんだね。いいよ。これで契約成立」
するりと彼女は私の顔から手を離した。するとぼんやりしていた頭が急にはっきりした。
「……?」
私は今、何をされたのだ?
「ワタシは、今、キミに、とても失礼な事を言わなかったか?」
少女の見た目をした相手に言うべきではない事を口走らなかったか?
「キミの様な、少女相手に……身体を、調べさせてくれ、など……」
私はなんて事を言ってしまったのだ⁉
愕然としていると、スティルの酷く耳障りな笑い声が聞こえてきた。
「あははっ! だってあの道具が何に使うものなのか気になったんだもん! わたし達が本当は何の神なのか知ってるって事は、神について色々調べたんだよね? だったら人間と神の違いとか、不老不死の神の身体の仕組みとか、色々気になってるのかな~って思って、催眠術を使ってあなたの望みを喋らせたの! 意外と抵抗力があったけど喋ってくれてよかった~! それにわたしってば、あなた達人間が原初の神って呼んでる十柱の内の一柱なんだもん、研究者であれば調べたくない訳がないだろうしね! ごめんね、強引な手を使って」
ごめんね、とは言いつつも、彼女は悪びれる様子も無く笑い続けている。それを聞いて頭痛が増した。
「キミは……いいのか、それで。自分の身体を、どこの馬の骨とも知らない男に調べられるのだぞ。嫌ではないのか」
痛む頭を抑えながら彼女に聞いた。
「ん~? あなた勘違いしてない?」
「……は?」
「だってわたし、あなたの望みを聞いただけだもん。その望みを叶えてあげるとは言ってないよ?」
「……はあ⁉」
私は今一人で恥ずかしい勘違いをしていたのか⁉
「あははっ! 面白~い! わたしそうやって人間が慌てふためく姿を見るのが大好きなの! ありがとう、面白い姿を見せてくれて!」
そう言ってまた笑い出した。
(駄目だ……)
どうにもこれ以上怒りを我慢できそうにない。私は立ち上がり彼女の両肩を抑えた。するとぴたりと笑い声は止まり、きょとんとした顔で見上げてきた。
「愚か者がッ! 自分の身体を粗末に扱おうとするな! 襲われでもしたらどうする! キミのその小さな身体では男が相手では抵抗できないだろう! もっと警戒心を持てえええああああああああああああ!」
突然視界の上下が逆転した。今度は床に叩きつけられる事はなかったが、その代わりに頭が下になった状態で宙吊りにされた。
「やっぱり勘違いしてると思うんだけどさ、わたしってば神様なの。しかも破壊神。力さえあれば、相手が男の子でも簡単に捻りつぶせるの。それにこれもさっき言ったよね。胸を触る気だったならもう一回殺すって。今はそれができる程度には力があるから、何があっても心配する必要はない。力が無ければあんな事しないし、あなたにあれこれ言われる筋合いもない。わたしにはわたしの身を守れる力がある。それとも……そんなに怒るって事は、あなたの周りの女の子の身に何かあったの? じゃなきゃそんな風に怒るとは考えられない」
「っ!」
「そう……。助けてあげられなかったんだね」
彼女は無表情で呟いた。
「何も……知らないクセに……」
宙吊りの状態ではあるが、私はなんとか声を出した。
「わたしは破壊神だからね。誰が何を壊したのかくらい、分かっちゃうの」
無感情な声で言い、彼女は私を床に降ろした。
「ロクドト。わたしはあなたの破壊行為を祝福します」
窓から差し込む日差しが眩しくて、そう言った彼女の表情はよく見えなかった。