神や魔王といった存在は人間の信仰心を魔力に変換するのだが、信仰心が無ければ魔力を満足に得られないらしい。故に神は己の神話を人々に語り継がせ、信仰心を得る。神によっては複数の世界で信仰を得ている者もいる。その様な神は、信仰されてさえいれば、どの世界に行っても魔力を得られる。またカルバスの様に、己を信仰している人間を連れ添って異世界へ行く神もいる。そうすれば行った先の世界で神として君臨していなくても、連れて来た信者がいるから魔力を得られるのだ。
では神が異世界へ渡った際、そこで己が信仰されておらず、また信者を連れていない場合どうなるか。信仰心を得られない為に魔力も得られず、魔力不足を起こす。神が魔力不足を起こすと、己の存在を保つのもやっとの状態になり、最悪の場合消滅――つまり人間にとっての死を迎える。
カタ神話の最高神カルバスが我が妻と呼ぶスティルも、無論神である。カルバスはこの世界を魔王が信仰されていない世界だと言ったが、カルバスもスティルも信仰されていない世界だと言い換える事も可能だ。カルバスは己の騎士団を率いてきたから信仰心=魔力を得られるが、同じ神話に登場する神であるはずのスティルは、その実正しく信仰されていないが故に信仰心を得られず、魔力不足を起こした。だからこの医務室に来た時点であんなにも憔悴しきっていた。なのに、何故。
(何故、あんなにも急に……)
魔力不足を起こしているのは目に見えて明らかだった。その為私は魔力を供給しようとしたのだ。魔力供給の仕方は色々あるが、相手の心臓近くに直接触れて自分の魔力を送り込むのが一番手っ取り早いと言われている。だからその方法を取った。否、取ろうとした。私が取った行動は、心臓近くに触れた。ただそれだけだ。魔力の供給は一切行っていない。それなのに何故かスティルにひっくり返された。それだけの力があるようには到底見えなかったというのに。
「気がついた?」
いつの間にか私はベッドに寝かされていた。恐る恐る顔を触ると、スティルの踵がめり込んだ筈のそこは何事も無かったかのように元の形に戻っている。血も何も出ていない。
「よかったね。あなた達がディサエルを倒してなくて」
声がした方を向くと、スティルが酷く冷めた表情で椅子に座っていた。
「キミは……ワタシに、何を……」
「ムカついたから殺しただけだよ」
では、私は死んだのか。先程までいた医務室とよく似た光景のこの場所は、実際には死後の世界なのだろうか。
「死ねないわたしが死後の世界に行ける訳ないでしょ。わたしはあなたを殺したけど、本当は人間を殺す事って許されてないんだよね。だからあなたは殺される前の姿に戻ったの。でもディサエルがいるからあなたは元に戻る事ができたんだよ」
頭がまだはっきりしていないせいで、話の内容も十分に理解できない。身体を起こしながら彼女に聞いた。
「ワタシはキミに殺された。だが生き返った。それにはあの魔王が関係していると言うのか?」
「そう」
ディサエルと言えば、カタ神話では史上最悪の魔王として登場する。スティルの事を己の双子の妹と言い、しかし太陽の神だとか最も美しい女神だとか言われるスティルとは違い、破壊の限りを尽くす。その為カルバスはディサエルを忌み嫌っており、悪い事が起きるのは全て魔王のせいだと言って憚らない。だが……。
(それは違う)
ディサエルはカタ神話以外でも、名前や姿に多少の違いはあるが、様々な世界の神話に登場する。殆どの場合は悪役として。しかしそうではない神話も、私が知る限りでは一つだけある。原初の神と呼ばれる十柱の神が登場する神話だ。曰く、その原初の神々が世界を一度滅ぼした後、新たな世界を創造した。新たな世界では十柱がそれぞれ己の力に合う何か(それこそ創造とか、破壊とか、他には火や水といったもの)を司り、その力を用いて人々を導いた。その過程で様々な神話が新たに生まれ、今語り継がれている神話は新たに生まれた方の神話なのだと。その原初の神の中の二柱がディサエルとスティルで、それぞれが司るものは、
「ディサエルが創造と太陽で、スティル……キミが破壊と月だったな」
「なぁんだ。知ってるんだね」
スティルは氷の様に冷たい表情から一変して、少女らしい満面の笑みを見せてきた。
「わたしは破壊と月を司る神、スティル。あなた達がバカの妻だとか太陽の神だとか言うせいで、正しく信仰心を得る事ができずに魔力不足を起こした」
彼女は椅子から立ち上がり、両手を私の顔に添えた。赤い双眸が私を見つめてくる。
「あなたはわたしが本当は何の神なのか知ってたんだね。だからわたしは魔力を得られた。どうもありがとう」
にこりと笑って私の首を胴体から引っこ抜く。
「でもさ~、急に胸の近くをはだけさせて触るのはどうかと思うんだよね~」
彼女は私の頭を放り投げた。