リズはレオと何事かを話したのち、どうしたことかリズだけが優雅に戻ってきた。
「シュテファンさま、わたくしについて来てくださる?」
「え?」
「さ、お早く」
こちらよ、と、そのままリズに腕を取られて舞踏会の会場を後にする。
シュテファンをダンスに誘おうと待ち構えていた令嬢、リズを誘おうと思っていた紳士たちが不満そうな顔をするが、リズが完璧な笑顔で「ちょっと退いて下さらない?」と告げるだけで道は開く。
そして舞踏会の会場入り口では、レオが馬車の扉を開けて待っていた。
「さ、シュテファン。乗り給え」
「は、はい」
「ではレオさま、わたくしは自分の馬車を……」
「いや、それでは間に合わない。車内でシュテファンの支度を頼みたい。きみのシャペロンには、俺から事情を説明しておく」
わかりました、と、リズは躊躇うことなく頷き、馬車に乗り込む。
生粋のこの時代のレディなら拒否するだろう。未婚の男女が付添人もなしに一つの馬車に乗り込み、あろうことかこれから出かけようというのだから大スキャンダルとなってもおかしくないからだ。
だが、リズとレオも躊躇うことなく乗り込み、馬車は走り出す。目を白黒させているのは、シュテファン一人である。
「えっと、どこへ行くんだい?」
「いいかい、シュテファン。今すぐこれに着替えてくれ」
レオが足元の布袋から取り出した服を見たシュテファンの目が丸くなった。
「いいかい? これから起こることについて、きみのご両親の許可はとった。もう一方の親は、説得するにはしたがちっとも言うこと聞かなさそうだったから、ちょっと裏から手を回す」
と、レオが若干物騒なことを口走るがリズもシュテファンも聞きなおす余裕はない。
「よ、よくわからないけど……レオのすることに反対はしないよ」
「それでいい」
しかしシュテファンは、別のことで内心首をかしげていた。何度も乗ったことのあるレオの家の馬車だが、今日は妙に速度が速いし、乗り心地が良くなっている気がするのだ。
実は、馬車をひいている四頭の馬は全てリズの家の馬である。どうしても高速で走らねばならないため、リズの乗ってきた馬車の馬を借りたのである。
「なんだか妙に明るい車内だね……ランタンなんて吊るしていたっけ?」
「ああ、レディ・リズをよく乗せるからね、彼女は明るい車内が好みだから、つけたんだよ」
ふぅん、と、シュテファンはランタンをまじまじと見つめる。
「明るいもんだなぁ……」
その傍ら、リズは冷や汗をかいていた。言うまでもなく、魔法をこっそり使ったので普通のランタンより明るいし、消えにくい。
「さ、シュテファンさま、着替えてしまいましょう」
「え、いま、ここで?」
「はい。さぁ、脱いで! レオさま、そっちを持って」
「はいよ!」
馬車の窓にカーテンがひかれ、シュテファンはあっという間に洋服を剥かれてしまった。
なぜかリズに着替えさせられるシュテファン、それをサポートするレオ。シュテファンでなくとも、目が白黒するだろう。
馬車が止まると同時にリズが一足先に降りる。「ちょっとお待ちになってくださいね」と言い置いてドレスの裾を大胆に掴み、ダダダッ! と建物の中へ駆け込んでいく。ほどなくして戻ってきたリズが、外から馬車の扉を開けた。
「レオさま、用意できました。シュテファンさま、どうぞ」
「さ、降り給え、シュテファン卿」
「は、はいっ……って、ここは……いつもの教会?」
通いなれた教会の大扉をあけたシュテファンは息を呑んだ。
アンドリューの隣に、白いドレスの女性がいる――。
「ティレイア!?」
驚きのあまり目と口が丸くなってしまったシュテファンの斜め後ろに、リズがそっと立つ。
「シュテファンさま――わたくしとアンドリューとレオさまとで企画しました。お二人の結婚の儀ですわ」
結婚、と、シュテファンの口がぎこちなく動く。
「おねえさまが老人と無理矢理結婚させられる前に、結婚してしまってください」
一日も早く娘を結婚させたいティレイアの母が、娘の結婚許可申請状を急いで提出しようとしている――。
そのことを知ったレオが、大あわてでリズに伝えたのが三日前のことであった。
しかし同日、ティレイア本人が泣いて抵抗し、馬を駆ってアンドリューの教会へ逃げ込むという行動力を発揮した。事態を察したアンドリューがきちんと匿ったため、まだ申請書には本人のサインが入っていない。
「ティレイア、よく……書類にサインをせずにいてくれたね」
「レオさま……。わたくしは……どうしても……ほかの男性との結婚は、できませんでした」
「それでいいんだよ、レディ・ティレイア」
「……でも、わたくしは家のことも心配なのです」
ポロポロと涙を流すティレイアをリズが抱きしめ「大丈夫ですわ、おねえさま! わたくしたちが、ついていますもの!」と言ってシュテファンに引き渡す。
「レディ•リズの言うとおりだ。ちゃんとみんなで話し合って最善の方法を見つけよう。それは俺も立ち合うつもりだよ。きっと、レディ・リズも」
「ええ、もちろんですわ!」
ありがとうございます、と、ティレイアが深々と頭を下げた。
「代筆で名前の欄を埋めることも可能ではあるでしょう? おねえさまのご家族が提出するであろう書類を無効にするには先にシュテファンさまと結婚してしまうしかない――と結論を出したのは、レオさまでしたのよ」
なるほど、と、シュテファンが唸った。猶予はないため、新郎新婦の互いの想いが確認でき次第教会で挙式を強行する――となったのだ。
「よし、今から大それたことをするが、責任はすべて俺が取る」
と、レオがきっぱりと宣言し、リズは思わずレオに見惚れた。
「レオさま……」
素敵……とリズの唇が動いたのを、シュテファンはしっかりと見た。
リズとレオ、アンドリューを立会人として、結婚式が進んでいく。
ティレイアの美しいウェディングドレス姿に、なぜかリズが大興奮だ。
「おねえさま、本当にお綺麗です。世界一です。わたくしがこれまでに会った誰よりも美しい。どうか、どうかお幸せに……」
「ありがとう、リズ」
シュテファンとティレイアが夫婦の誓いをし、誓いのキスをする頃になると、リズの涙腺はついに崩壊、喜んだり泣いたり忙しいリズを見て、レオが笑いをかみ殺す始末だ。
だが、はっと我に返ったリズは、真っ青になった。
「レオさま、許可状のサイン……」
「うん?」
「シュテファンさま、おねえさま、それぞれのサインは問題ない。シュテファンさまのお父上……あと一人……どうしましょう、今から王家に掛け合う時間はあるかしら?」
オロオロするリズの肩を、レオが優しく抱き寄せた。そのまま額にキスを落とすがリズは嫌がらない。
「大丈夫さ」
「レオさま……」
「俺がサインするのさ」
へ? と、リズの目が見ひらかれた。
ちょうどいいタイミングでアンドリューが、羽ペンと書類を差し出した。羽ペンを走らせるレオの手元を覗き込んだリズの目が、今度こそまん丸になって点になって……リズは硬直してしまった。
「……皇太子、殿下? え? レオさま、が?」
「やれやれ……今の今まで気付かないのもどうかしてるぜ……レディ・エリザベス……」
慌てて周囲を見れば、誰もかれもが頷いている。
「え……? おねえ、さま……」
「皇太子殿下、ありがとうございます」
と、ティレイアがレオに頭を下げる。
「ええーっ! ……わたくしだけなのね、気付いていなかったのは……」
はああ、と、リズは腑抜けた声を出した。
過去の転生でも、趣味のラノベ執筆でも、何度も使ったキャラ設定、シチュエーションだ。それなのに気づかなかったとはーー。