しかし偉そうに言ってはみたものの、困ったことにリズは王族に伝手がない。
「うーん、困ったわね。わたくしがやれるのはここまでなのかしら……」
「ん、どうしたんだい?」
「ごめんなさい、シュテファンさま。わたくし、王族に伝手がないもので……。どうしたらいいかしら、と思って……」
リズの形の良い眉が八の字になっている。本当に、困っているらしい。
パチパチ、と瞬きをしたシュテファンの脳みそが、くるくると回転した。これはレオの恋を援護射撃する好機だぞ、と。
「あー……だったら、レオにサインを頼むといいと思うんだ」
慎重に言葉を紡ぐ。聡い彼女のことだからピンと来てくれるだろう、と期待を込めて。
「あら、彼は王族にも知り合いがいるのね! さすがだわ。社交的ですものね。そうしましょう」
ぱっ、とリズの表情が明るくなる。それとは対照的にシュテファンはがっくりきた。
どうして今の流れで『レオにサインをしてくれるよう頼む=レオは王族?』とならないのだろうか。
そうなることを期待して発言したのだがリズはまったく気付いてくれない。
いやきっと伝え方が悪かった、遠回しすぎたな、とシュテファンは苦笑する。
「今夜。レオさまに相談してみましょう。実は舞踏会が終わるころ、ここで待ち合わせをしているのです」
にこっ。
音がしそうな笑顔であった。
今まで自分に向けられた笑顔も素晴らしかったが、この笑顔が自然のものだとシュテファンにはわかる。今こそ、援護射撃の好機だと、シュテファンは判断した。
「レオときみとは、話があうんだって?」
「そうなのです。馬の育成方法については、意見が対立してしまうのですけれど……馬車の速度を出す方法や自転車の改良はいろいろお話して、一緒にあれこれ試しているのです」
「そ、そうなのか」
「今度、今シーズンで一番大きなレースが行われる日に競馬場に連れて行って下さるそうよ!」
「デート……い、いや、出かける先がそこでいいのかい!?」
「ええ! レオさまの愛馬とわたくしの愛馬が同じレースで競うのでわたくしもう、今からとっても楽しみなのです」
シュテファンは、喉まで出かかった質問を一生懸命飲み込んだ。「競馬が楽しみなのか、レオと出かけるのが楽しみなのか、どっちだ!?」と聞きたかった。聞いたらリズがどんな反応をするかわからない。
下手したら、レオの恋は一気に失恋へ突き進むのだが、どうしたらレオの恋が成就するか、完璧令嬢なのに妙に恋愛に疎い令嬢をどうやってその気にさせるか。
己の置かれた状況を忘れて必死でシュテファンは脳みそを回転させた。
「まぁ、きみと一緒のときのレオはとても楽しそうだ」
「あら、よかった! レオさまが退屈してたらいけないな、と思ってましたの」
ふふふ、と笑うリズは非常に愛らしい。
「シュテファンさまとレオさまは、普段どんなお話をなさっているの?」
「仕事のことだったり、剣の話しだったり……カードのコツだったり、美女のハナシだったりね」
「わたくしのティレイアおねえさまより美しい人はいないでしょ?」
「もちろん!」
当然よね、とリズが笑う。
「シュテファンさまがーーお義兄さまになるなんて……幸せです。おねえさまを、よろしくお願いします」
少し潤んだ瞳で優雅に挨拶をするリズは、本当に美しかった。
そうこうしていると、時間はどんどん経つ。
いったん会場内へ戻ったリズが、ワインとシャーベットを手に戻ってきた。
「はい、シュテファンさま」
「あ、ありがとう」
「ふふ、ごめんなさいね。本来なら、会場に戻っていただいて構わないのにお引止めしてしまって」
「いや、構わないよ。正直、ティレイアやきみたちのことで頭がいっぱいの今、あそこに戻る気にはなれない」
そうよねぇ、とリズが苦笑を浮かべる。令嬢たちが目を吊り上げてこちらを見ている。彼女たちの視線をはねつけるように、リズは胸を張る。
「きみはどうしてテラスにいるんだい? きみと踊る予定の男たちがソワソワしているんだが……嫉妬の視線が痛いよ……」
「え? えっと……それはね、ここからだと会場に到着する人が見えるでしょう?」
はにかんだようなリズの表情に「おおおお?」と思いながらリズの視線を追えば、なるほど会場の入り口が見える。
「まだ、いらっしゃらないわね……あら、女性の嫉妬に交じって男性陣の殺意を感じるわね、ちょっと二、三曲踊って来ますね」
華麗に踊るリズをぼんやり眺めていると、自然とティレイアと重ねてしまう。
「ティレイア……今どうしているんだろうな……」
数曲踊ったリズが、テラスに戻ってくる。
「レオさまはまだね……」
「レオと待ち合わせだったね……待ち遠しい……の、かな?」
「え? 言われてみればそうですわね……。このところ頻繁にお会いしているから、お会いしないとレオさまはどうしてるのかしら、って何となく思ってしまうの。町中で、似た人を見つけて、でも別人だったときはがっかりしてしまうわ」
内心、シュテファンはガッツポーズをした。殿下脈アリですよ、と、心の中で叫ぶ。
が、それを悟られないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「レオは、話術巧みで話題豊富で……面白いからね」
「ええ、あっという間に時間が過ぎて、わたくし、いつも、笑いっぱなしなのです」
「……それに、レオは見た目も良いし」
「ええ。表情がくるくるコロコロ変わって、見ていて飽きません」
「そう、その上将来有望!」
――この国の皇太子だし、というのは敢えて飲み込む。
これはレオ本人が告げるべきことだろうから。
「将来有望? レオさまが?」
きょとんとしてリズが、シュテファンを見た。
「え。彼はとても有望です……よ?」
「そうなの……社交辞令じゃないのね」
「レディ・リズ!? あなたはレオをどんなふうに……?」
えっと、と、リズが困った顔になった。
「あ、の? レオさまはお城でどんなお仕事をなさっているの? わたくし、ふらふら遊んでいる貴族の子息だと思っていたのだけれど、お城勤めなのよね?」
今更その質問か……と、シュテファンが目を片手で覆って空を仰いだ。
「え、え、シュテファンさま?」
「あー……うん、それはレオ本人に聞くといい。きっと喜ぶ」
そうかしら、と、リズが不安げになったところへ、馬の足音や嘶きがした。
「あ、この馬はきっとレオさまよ!」
「え? 馬でわかるのかい?」
もちろん、と、リズは笑う。
「何度も馬車に乗せて頂いたもの! 覚えてしまいましたわ。シュテファンさま、ここでおまちくださいませね」
「ハイ」
ドレスの裾を翻して会場入り口に向かったリズの表情と、リズを見つけたレオの様子が、シュテファンの位置からはよく見えた。
抱きつかんばかりのリズと、宝物のように扱うレオ。
「……レディ・リズ、どうしてきみは気付かないんだ! どうみても、きみはレオが好きだしレオもきみを愛しているというのに!」
他人の恋は、歯痒いものである。