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第33話 レオさまの恋が叶うようお手伝いしますわ!

 それから五日ほど後。

 リズはアンナベルと待ち合わせをして、王都の中心部まで買い物に出た。先日、アンナベルをほったらかしで歌劇を見に行ってしまったお詫びである。

「リズさま、こちらよ!」

「リズでいいわよ、アンナベル……」

「貴女の場合は……さま、まで含めた愛称よ」

「ええっ、何よそれ」

 それにしても、と、アンナベルが嬉しそうに笑った。

「もう、イシュタルと悪い意味で呼ばれる心配は無さそうね」

「え?」

「ギラギラした覇気がなくなって、雰囲気がかなり丸く柔らかくなったわ」

「そういえば……ライバルを蹴散らす計画や嫌がらせの計画、ぜんぜん練らなくなったわ。それよりも、レオさまと馬の調教を研究をしたり自転車や双眼鏡の改良をしたり、そっちに忙しいの」

 聞いたわ、とアンナベルが笑う。

「イシュタルってブランドの自転車が発売になるそうね?」

「そうなのよ! レオさまが改良チームに加わって下さった途端、資金も材料も人材もどんどん集まって……びっくりしたわ」

 そりゃ自国の王子が手掛けるブランド、ご縁を繋いでおきたい商人は山のようにいるだろう。


ーーホントに、リズさまはいつレオさまの正体と恋心に気付くのかしらね……


 とにかく近頃の社交界は、その自転車と、レオの恋心に気付かない鈍感令嬢の話題でもちきりである。

 そんな状態であるから、アンナベルはリズたちの動きを完璧に把握していて、「歌劇はどうだったのか、レオさまとの仲はどうなったのか、詳しく教えて」と興味津々である。

 恋の話をおおっぴらにするなら屋根のついた馬車の方がいいだろうと思い、王都のメインストリートを、リズの家の馬車で走っているのである。


が。


「あ、あ、あ、あ、ちょ、なんて速度なのっ……」

 と、アンナベルが目を白黒させる。

 恋の話どころではない。それに対してその横でリズは「え、ええ!?」と困惑していた。リズにしてみれば、とても大事なお友達を乗せているので普段よりかなりゆっくり走っているつもりである。

「ど、どうしましょ、アンナベル大丈夫?」

 すっかり目を回してしまったアンナベルのために、近くの公園で急遽休息をとることにした。

 さほど大きな公園ではないが、今日はお天気がいいため、若い貴族たちがそこかしこに集っている。


「あら!」


 と、アンナベルが驚いた声をあげた。

 彼女の視線をたどれば、驚いたような表情の男性が二人――アンナベルの婚約者と、レオである。

「レディ・リズ、レディ・アンナベル! 会えてうれしいよ。きみたち、どうしてここにいるんだい?」

 と、レオが言う。

「こんにちは、レオさま。二人でお買い物に来ましたの。ね、レディ・アンナベル」

「ええ」

 挨拶のあと、人の好さそうな紳士に向かってアンナベルが嬉しそうに駆け寄る。リズの横にはごく自然にレオが立つ。

 そしてアンナベルはリズを婚約者に紹介した。こうしてきちんとアンナベルの婚約者と対面するのは、はじめてである。

「あなたが、レディ・リズ……フォントレー侯爵令嬢……噂に違わずお美しい」

 リズが完璧なカーテシーで応えた。流れるような挙措で、心が籠っている。

「わたくし自慢のお友達なのよ」

「首席争いをしたというレディだね?」

「ええ」

 アンナベルが嬉しそうに言う。婚約者というより新婚夫婦といった雰囲気である。

「ああ、アンナが彼女のことが大好きなのがよくわかるよ。きみに、心許せる友達がいたことが嬉しい。レディ・エリザベス、良ければこの先ずっと、彼女と仲良くしてやって欲しい」

「もちろんです。わたくしにとって、彼女がどれだけ支えになっているか」


 ――と、なぜかレオが勢いこんで「もちろん、彼女たちの仲は不滅だ。心配いらない」と応える。


「ちょっとレオさま、なぜあなたがここでお返事なさるの!」

「レディ・リズ、きみのような跳ねっ返りのお転婆に付き合える上に、沈着冷静できみを制御できる貴重な存在なのだよ、彼女は! ぜひ、この先ずっと仲良くしたまえ」

「なによ、偉そうね。たかだか侯爵家の嫡男に命令される筋合いはないわ」

 ぷん、とそっぽを向いたリズ。可愛いなぁ、などとレオは言い、ついでに抱き寄せて額にキスを贈る始末である。が、それはさらにリズの御機嫌を損ねてしまった。

「なによ、二言目には可愛い、可愛いって……わたくしを揶揄うのもほどほどになさって!」

「可愛いと思うから、正直に伝えているんだよ。俺の偽りのない本心さ!」

 再び額にキスが落ちてくる。

 ぼ、と、リズの頬が真っ赤になった。おや、と、レオが嬉しそうに言う。


「き、気安く触れてキスなんてしちゃって……はしたないわよ」

「大丈夫、誰も咎めやしないよ」

「あら、御大層なおうちなのね? シェーバー侯爵家は!」

 さらにつーん、と激しくそっぽを向いたゆえに――アンナベルたちの微妙な視線がレオに向けられていることに気付かなかったリズである。

 アンナベルはすかさずレオの腕を掴んで、少し距離を置く。


「殿下……まだ、シェーバー侯爵家の嫡男レオンハルト・ゲーアハウス・シェーバーと名乗っていらっしゃるの?」

「……うん。気付いてもよさそうなのに、彼女も彼女でちっとも気付いてくれない」

「彼女の心は、だいぶ殿下に移っているはずなのに……もうあと一押しね!」

 アンナベルが扇の影で小さく頷いた。と、ふいに、

「ね、あなた。こうして並ぶとレオさまとリズさま、お似合いだと思わない?」

 わざと、リズに聞こえるように言う。婚約者もすぐにアンナベルの意図を理解した。

「あ? ああ、会話も弾んでいるし、美男美女とはこのことだろうね。良いと思うよ」

「さぞ美しい子どもが生まれるだろうって、わたくし思うの」

「そうだろうね。父に似ても母に似ても、男の子でも女の子でも、美形間違いナシだろうね」

 おっとりととんでもないことを言われて、リズは真っ赤になった。

「ちょ、ちょっと、アンナベル、わたくしとレオさまはそんな関係じゃ……誤解されてはレオさまにご迷惑を……。ね、ねぇ、レオさま? レオさまは……え? あら? レオさまの意中の方ってどなた? わたくし、知らない……」

 どうしましょう、 と、慌てたリズがレオを見上げる。

「ああ……ここまで鈍かったとは。そんな君も可愛いよ、うんうん」

「え? え? アンナベルは知ってるの?」

 きょとんとしたリズが、アンナベルを見る。その表情に、アンナベルは面食らった。寄宿学校のライバルであったアンナベルですら滅多に見ることのない、飾らない素の表情である。

「……そうね、社交界のおよそ七割、八割くらいの人たちが、気付いていると思うわ……」

「わたくし……シュテファンさまを追いかけてものにすることしか考えていなかったから周りが見えていなかったわ、ごめんなさいね……。今日から、あなたの恋が成就するよう、お手伝いするわ!」


 ぜひ頑張って! と、他の三人が声をそろえたので、リズはますます首を傾げた。

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