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第6話 まず、学校の首席を目指します!


 姉にかなわないため、王国で二番目にいい女を目指すと決めたリズ。

 寄宿学校で優雅な貴族らしい生活……ではなく、必死になっていた。


「王国二番目なんて、すぐ奪われちゃう地位よ! どんな手を使ってでも死守しなくちゃ」


 それを合言葉に、まずは通っている王立寄宿学校での主席を目指した。この学校での首席ともなれば同世代のレディたちの中で一番である。同世代のトップになれなくてどうする、というのがリズの考えだった。

 社交界の基礎的なマナーと語学は、これまでの転生で取得したものがおおいに役に立った。習わなくても完璧な淑女だと、リズをライバル視していた令嬢たちが打ちのめされていた。

 しかしこの国の歴史や地理は、皆と一緒に覚えなくてはならなかった。はじめて暮らす国だから仕方がない。必死で教科書や書物を読み、勉強に励んだ。幸い、勉強や記憶や試験には慣れている。好成績がとれた。


 討論やレポートとなれば、より「人生これまでの経験」が役に立つ。同じ年頃の人たちよりずっと深く広く考察することが出来たため、学友のみならず講師たちからも一目置かれるようになった。

 ときにはこの国ではまだ仕組みが解明されてない事柄について解説してしまい、あやうく学者の会議に引っ張って行かれそうになった。さすがにそれは困るので、


「神の啓示です。神のご意思です。閃いただけなんです、ご勘弁を!」


 と、必死に誤魔化した。

 が――学者たちがそのようなもので騙されてくれるはずもなく、人知れず冷や汗を流した彼女が選んだのは、魔法で人の記憶を弄るという禁断の選択肢だった。

 しかし不運が起こった。

 ここは『剣と魔法の国』である。少数とはいえ魔法使いが存在する。ゆえに学者たちは、強力な魔法避けを施しているのである。


「えーん、わたくしのおバカーっ……」


 リズの、強さ制御がかかった魔法では学者たちの記憶やレポートを弄ることが出来ず、大急ぎで箒に飛び乗り母の元へ。

「お母さま、助けてくださいっ……」

「わかっていますよ。今、会社と連絡をとり、大掛かりな魔法術式を発動する許可をもらいました。地下室へ行きましょう」

「お母さま……」

「これは転生随伴者の仕事の一つなのですよ。大丈夫。あなたが、思い通りに生きていけるように会社もわたしも手伝いますからね」

 母と、聞き覚えのある声が会話するのを待つ間、リズは母のドレスの裾をきゅっと握っていた。

 そこから先は、リズには何もできなかった。石造りの部屋で複雑な術式と魔法陣が飛び交うのを黙ってみているだけだった。

 ただ、日頃はおっとりしている母の険しく真剣な顔、額を流れる汗、大量に消費される母の魔法が、事の重大さを物語っていた。


 この一件で、前世の記憶の使い方、魔法の使い方には十分気を付けなくてはならないのだと、肝に銘じたリズであった。


 学校へ戻ったリズは、より一層勉学に励んだ。母や会社に迷惑をかけてはいけないと思ったのだ。積極的に自力で苦手を克服すべく、テニスと乗馬の課外授業を選択した。


が。


「きゃあ!」

「レディ・リズ、大丈夫ですか!」

 ボールを打ったはずが、ラケットが前に飛びボールは横へ、リズ本人はしりもちをついていた。テニスの試合どころではない。早急にリズの手からラケットが取り上げられた。

 ならばと乗馬を試みたが、なぜか馬がリズを乗せることを激しく嫌がる。なんとかよじ登れば飛び跳ねて大暴れ、リズが落馬する前に馬から遠ざけられた。


「ああ、今回も運動はダメなのね……」


 人知れず、ため息をついた。


 前世の記憶があろうがなかろうが、どうにもならないこともある。それは初代のエリザベスがそうであったらしく、美貌が引き継がれるように運動音痴も引き継がれていた。


「一つくらい苦手があった方が、可愛げがありますわよ、レディ・リズ。元気をだして」

 とは、主席争いのライバル、レディ・アンナベルの言葉である。艶やかな長い黒髪を大きくカールさせた彼女は、真っ赤な口紅とルビーの装飾品がトレードマークだ。平均以上に豊満な体つきのリズだが、アンナベルはさらに豊満で、しかも、胸元が大きく開いたドレスを好むので、谷間がいつも露出している。しかし決して下品にはならず、淫らさもない不思議な令嬢である。

「レディ・アンナベル、あなたは何が苦手なの?」

「わたくし? わたくしは――音楽よ。ピアノとヴァイオリンの先生が何人も来てくださったけど、みんな薄笑いを浮かべてお帰りになったわ」

「お稽古しないといけないでしょう?」

「何を言ってるの。音楽が苦手なことをふくめて、わたくしよ? 音楽が苦手なわたくしを受け入れないような男は、わたくしの相手にはふさわしくないの」

 アンナベルは、ライバルに自分の弱点を晒して堂々としている。全てにおいて完璧を目指したいリズには、理解できない理屈である。が、アンナベルを見ていると、一理あるような気もしてくるから不思議である。


 しかし芸術に関しては前世の記憶が大助かりである。『美術の教科書で見た覚えのある有名絵画』やどこかの美術館に展示されていた彫刻作品を思い出しながらせっせとこしらえて提出すればもれなく褒められたし、音楽も『コマーシャルでよく聞いていた音楽』や『昔から何となく聞いていた曲』を聞き覚え程度で演奏すれば大いに盛り上がって、本人の知らぬ間に社交界に広まっていった。


 当然驚いたのはリズである。


 学校の休日に誘われて出かけた舞踏会で、どこか聞き覚えのあるフォークダンスの曲が流れるではないか。自然に体も動くが、他の参加者たちの動きはどうもぎこちない。むしろリズがお手本の様相を呈している。

「ど、どういうことかしら……? この国に『マイム・マイム』はまだなかったかしら……?」

 おどおどしていると、年上の紳士がすっと近寄ってきた。

「レディ・リズ、この曲はあなたが作曲されたと聞きました。軽快で素晴らしい曲ですね。変わった動きですが、振り付けも、あなたが?」

「え、ええ、まぁ……」

「素晴らしい! ぜひ、新しいステップを教えていただきたい」

 こうしてリズは、転生先で『マイム・マイム』をご披露し、最新のダンスとして大流行させたのであった――。


「何が起こるか、わからないわね……」

 リズはベテラン転生者であるが、なかなか思うように過ごせないものである。


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