目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第3話 何度目かわからない転生のようです。

「金魚でした」

「きっ、金魚!?」

 リサの声が裏返った。

 予想外も予想外、金魚とは水槽で泳ぐアレだろうか。いや、あれ以外にキンギョなるものをリサは知らないが、万が一と言うこともある。


「あたし、魚だったこともあるの……?」


 思わず問いかける声が裏返って震えてしまう。国民的天才女優たるもの……いや、今はそれどころじゃない。

「はい。真っ赤な、それはそれは美しい金魚でした。種類は……琉金という種類ですね」

 あっさり肯定されてしまった。

「な、なんで、魚なんかになったの……」

「もちろんちゃんと事情がございます。転生当時のデータによりますと、その前はのんびり暮らしたいと、張り切って猫を選ばれたそうです。しかし、大変美しい猫だったため、想像以上にペットコンテストやペットモデルに引っ張りまわされて、つまりアイドルペットですね、そちらの活動が忙しかったらしく、トリミングのために寄ったペットショップの店先で見かけたのんびり泳いでいる魚に憧れ、それがいいと希望され……」

「は、はぁ……そうでしたか……人生だけじゃなくて、猫生に魚生に……」

「しかし美しいお魚でしたので……」

「まさか、美しさゆえの悲劇?」

「はい。何もせず泳いで食べているだけでよかったはずなのに、美しすぎる魚として町で評判になって、毎日見られてうんざりしていた様子。それでも、まあまあご満足だったようですが、一生が短すぎまして」

 それは――そうだろう。魚の寿命はそれほど長くはないはずだ。

「転生して二年足らずで、見物人が連れていた猫に食べられてしまったのです」

「あああ、なんて可哀想なあたし!」

 思わず泉の中で身悶えてしまう。

「これは多分にこちらの管理ミスもあったようで、本当に突発的に死を迎えてしまい……」

 意味ありげに女性が言葉を切る。思わず「で?」と催促してしまう。

「あなた様は、転生したくない、まだ死にたくない、このまま水槽にいたいと駄々をこねてそれは大変だったのです」

 ご、ごめんなさい、と、反射的に謝ってしまった。なんとも申し訳ない。頭を深々下げた――つもりだが、下がったかどうか。

「こちらとしましても、猫に食われた金魚がそのまま生きていたら、それはいつ、どの時代であっても大事件なので、どれだけ嫌がられても強制回収せざるを得ず……」

「それはそうよ、うん、間違ってはいないわね……」

「しかし、人間を無理矢理猫や魚に転生させたことで魂に傷みが発生し、しばらく修復システムにて療養していただきました」

 人間は人間に転生するのが一番ということだろう。


 その後も女性は、つらつらとこれまでの人生をいくつかピックアップして教えてくれる。

「それから死神を希望された時はーー大変いきいきとお仕事されたのですが、美しい死神と評判になり過労死されまして、これも返金対象でした」

「なんと! 過労死する死神とか聞いたことない……」

 そもそも、神に転生できるとは。

「世間の神頼みとか奇跡とかは、大抵、転生者の仕業ですね。弊社だけでなく、神さまや天使に転生するプランがいまの人気ですので、人界は奇跡だらけでしょう」


 あまり有り難くない神さまの正体であった。


 リサは、ため息をつく。

 これまでの己の人生を聞いているうちに、だんだん自分が可哀想に思えてくるが、ようやく最初を思い出した。

「そうよ! わたくしの名前はエリザベスよ!」

「はい、正解でございます! 思い出されたのですね」

「美貌の伯爵令嬢、エリザベス。舞踏会で国王に見初められて第五夫人になったけど、他の夫人たちの嫉妬から姦通疑惑をかけられたり、政治の駆け引きに巻き込まれて玉座に座らされたり、反乱軍に担がれたりした挙句、最後は処刑されてしまった。そうでしょう?」

「正解です」

「初代エリザベスが、納得できないむごい死に方だったため、転生したいと強く願った。神が気まぐれでその願いを叶えてくれて、この会社を紹介してくれた。そしてわたくしは、満足いく一生を送れるまで無限に転生できるようになった――……」

 記憶を持ったまま人生をリセットしてみたり、記憶を持たずに全然違う人に生まれてみたり。

 時には動物になったり天使になったりもしてみたが、一度として満足いく生活を送れてはいない。

「並の男と結婚していたって標準的な生活を送るパターンなら、悲劇的な最期にならなくて済むけど……満足できないのね、わたくし……」

 本来の魂はそういう『安全運転』を求める性質なのだろう。しかし、それでは満足できないため、転生を繰り返す羽目になっている。

「えーっと……お母さんは……最初はエリザベスの乳母だったわね。エリザベスを心配するあまり、いつも一緒に転生してくれてるのよね」

「左様でございます。随伴者と申します」

 彼女は、これまでのすべての記憶を持っているため、ある意味『知恵袋』『辞典』的な存在でもある。

 転生して困ったら、とにかく随伴者を頼ればいいとのことだ。

「そっか……お母さんだったり、マザーシスターだったり……いつも近くにいてくれるのはそのせいなのね」


「……思い出しましたね?」

「ええ」

「では、次の人生は、どうしますか?」

「次は……そうね、記憶アリの転生で、剣と魔法の国がいいわね」

 できれば自分が剣と魔法、両方使えるほうがいい。

「はい」

「立憲君主制で、大国で治安が良くて、王侯貴族が華やかな生活を送っていて……」

「はい」

 希望を述べるだけ述べて、しばらく待つ。

「お待たせいたしました。ご希望の条件にかなり近い国が、既にございます。皆さまのイメージする『中世ヨーロッパ』の国が出来上がっておりまして、現在、転生先として人気ナンバーワンの国、マグダリアン王国です」

「え? ということは、国民はみんな転生者なの?」

「いいえ、転生先の国民の98%から95%は必ず現地人ですので、転生者同士で出会うのは至難の業でしょう」

 そのあたりは、トラブルにならないように配慮されている――といったところだろうか。

「わかったわ、その国でお願い」

「承知いたしました。それでは、エリザベスさまのご希望に合うように、少し調整をかけますね」


 全部の希望が叶えられるわけではないが、これでかなり、自分にとって都合のいい世界が出来上がるはずだ。

「次の人生こそ、思いどおりに生きて見せる!」

 誰よりも幸せで、誰よりも成功して――人が羨むような人生を。

「まずは、イケメン捕まえなきゃね!」

「お待たせいたしました、エリザベスさま。転生の用意が整いました。装置にお進みください」

「はーい!」

「契約書はいつもどおりに、専用のクラウドに保存しておきます」


――エリザベス、もはや何度目かわからない転生を達成。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?