「じゃあ、椿くん。ここにサインして」
そう言って小花衣さんは机にあった紙を持ち上げ、俺に渡してきた。紙には部員届けと書かれていて、名前や住所なんかを記入する欄がある。
「(いたって普通の部員届けだ。なんか細工とかされてないよな?)」
ペラペラと紙を動かしたり、二重になってないか確認する。どうやら見た限り、細工はされていないようだ。
「疑いすぎだよ、椿くん」
「で、でも、小花衣さんならなんか細工しそうですし」
「酷いなー。まぁ、子犬契約書を挟んでおこうと思ったけど」
「やっぱり細工しようとしたんじゃないですか!?」
「(こ、この人は本当に油断ならない!!)」
警戒する俺に対し、小花衣さんは余裕そうだ。
「あはっ。でも、そんな契約書を勝手に結ぶより、自分で椿くん堕とした方が楽しいと思うんだ」
「ひっ」
唇に人差し指を当てて、にっこりと笑う小花衣さん。だが笑っているのになぜか背中がゾクリとした。
「ほらほら、早く部員届け書いてよ。先生に帰りまでに出さなきゃいけないんだから」
「うっ分かりました」
とりあえず小花衣さんに言われた通り、近くにあったペンをかりて部員届けを書いていく。
小花衣さんは俺が書いている間ずっと黙っていたので(視線は感じる)、ペンで書いてる音だけが部室内に響いた。
「はい、小花衣さん。これでいいですよね」
「ありがとう、椿くん。確認するね」
手を前に出し、部員届けを受け取ろうとする小花衣さん。
だが、俺はその手をひらりとかわす。
「そ、その前に、一個提案があります」
「提案? 何かな?」
不思議そうに首を傾げる小花衣さん。俺は少し息を吸うと、彼女の目を見て言った。
「お、俺を半年以内で墜とせなかったら諦めてくれませんか?」
「わぁ、大胆な提案だね」
「こ、これでも苦渋の決断だったんですから!」
そう俺が提案したのは期限付きの提案だった。
昨日から今日まで小花衣さんに流されてきたが、このまま2年間攻められ続けて無事でいる保証がない。なら、せめて自分が我慢できそうなくらい期限をつけたのだ。
「(本当は1ヶ月とか3ヶ月にしたいけど、それだと短いって文句言われそうだし。半年ならちょうどいいだろ)」
まぁ、正直ギリギリのラインではあるけど。
「なるほどね」
ちなみに小花衣さんはというと、何か考えているのか顎に手を当て考えている様子だ。
まさかこの提案に乗ってこないってことはないよな??
「ど、どうしたんですか小花衣さん。まさか半年で俺を墜とす自信がないんですか?」
「3ヶ月」
「えっ?」
「3ヶ月でいいよ、半年だと長すぎるし」
「ほ、本気ですか!?」
「うん、だって……」
小花衣さんは唇をペロリとすると言った。
「3ヶ月なら余裕で椿くんを落とせるんだもん」
「しょ、勝者発言だと?!」
「むしろ半年もあったら、椿くんは私にぞっこんになり過ぎていると思うな」
「そ、そそんなことないですよ! 俺の意思は固いんですから!」
俺は小花衣さんを指差しながら強く言った。
「あはっ言ったなー。じゃあ、3ヶ月で決定だね」
「は、はい。いいですよ」
「じゃあ、もし3ヶ月で椿くんを墜とせなかったら、私は椿くんを諦めるよ〜」
「……本当に余裕そうですね」
「だって、本当に余裕なんだもん」
「うぐっ」
小花衣さんの余裕そうな発言。
俺はひるみそうになったけど、ここで負けたら小花衣さんにすぐ堕とされてしまうと思った。
「(負けるな俺! 絶対に小花衣さんに……)」
「かぷっ」
「へっ? ぎゃぁぁぁあ!?」
俺は右の耳を押さえると、勢いよく小花衣さんから離れた。
「こ、こ、こ小花衣さん!??」
まさかいきなり右耳を噛まれるとは思わなかった。
噛まれたという事実に顔が赤くなり、戸惑う俺。小花衣さんはというと、そんな俺をみてクスクス笑う。
「うん、柔らかくて美味しいね」
「にゃにゃにゃ」
「猫みたい。私的にはワンワンがいいけどね」
「い、言いません!!」
「ねぇ、椿くん」
「なんですか!」
「時間は有限なんだよ」
「へっ?」
「だから時間には限界があるってこと。ほら、今だって1秒1秒進んでるの」
「つ、つまり?」
すると小花衣さんは俺の側にやって来ると、俺の足の間にガンっと自分の足を押し込む。股ドンをしてきた。
「1分1秒も無駄にしたくないってこと。なので、今から攻めさせてもらうね」
「きょ、今日は手を出さないって」
「だって、もったいないじゃん。今日1日を無駄にするの」
「えー」
「それよりも、椿くん……どうして顔が真っ赤なの?」
「へ? そ、それは」
「意思が固いっていってたけど、顔が真っ赤ってことは意識しちゃったってことだよね? 私のこと」
「ち、ちが」
小花衣さんから目を逸らそうとした瞬間、小花衣さんの右手が俺の顎を固定する。逃げようにも逃げることができない。すると小花衣さんは俺の耳元に顔を寄せ、
「じゃあ、なんで顔が真っ赤なの? 教えて欲しいな」
「うっ」
囁くようにつぶやかれる。耳がくすぐったくなり、背中がぞわぞわとした。
「ちゃんと言葉にしないと分からないよ。ほら、意思が固いなら言ってみなよ」
「あぅ」
「なんで顔が真っ赤なの? ねぇ教え……」
小花衣さんがそこまで言いかけた時、俺は勢いよく叫んだ。
「教えません! 俺を堕としてから聞いてください!! まっ小花衣さんは堕とせないと思いますけどね!!」
俺は精一杯目の前にいる小花衣さんを睨みつける。プルプル震えている気がするが、気のせいだ!
「あはっ、たしかにそうだね。今日堕としたらつまらないしね」
「ざ、残念ですが、俺は簡単に堕とされませんから」
「どうかな」
小花衣さんの瞳が鋭く光る。
今、俺と小花衣さんの戦いが幕を開ける。