「じゃあ、あとでね。椿くん」
そう言って握っていた手を離した小花衣さん。
「ん?」
俺の握られていた手には小さなメモ帳が挟まれていて、それに気がつくと人差し指を口に当てて「しぃー」っと言ってきた。どうやらこのメモは秘密みたいだ。
「じゃあ、そろそろ朝礼も始まるし。席に着こうか」
「はーい」
「うぅ、小花衣のこと好きだったのに」
クラスメイトたちは小花衣さんの言葉を合図に、ぞろぞろと席に戻っていく(めちゃくちゃ睨まれたけど)。ポツンと残される俺。
ちょうど先生も来たことで、朝礼が始まった
朝礼中、どうしても渡されてメモ帳が気になった。
「(何が書いてあるんだ?)」
みんなにバレないよう、こっそり見る事にした。
『放課後、旧校舎3階 階段上がって左、一番端の教室に来てね! 小花衣より』
っとメモには書かれている。嫌な予感しかしない。
「(本当は行きたくない。けど……)」
きっと俺が空き教室に行かなかったら、次の日の朝みんなの前でそのことを言われそうだ。
「なんで昨日来てくれなかったの? しくしく」
「「ギロッ」」
「(俺の学校生活が、さらに厳しくなってしまう!?)」
俺に選択肢なんて、初めからなかったのだ。
♡
放課後になった。
放課後になるまで、とにかく大変だった。
クラスメイトたちに睨まれたり、恨みごとを吐かれたり、泣かれたり……その他いろいろ。
あまり人と会話してこなかった陰キャの俺にとって、とにかく大変な一日だった。が、これからさらに疲れるイベントが待っている。
「(小花衣さんは一体何を考えているんだ?)」
小花衣さんに指定された教室の前までなんとかやってきた。目の前には建てつけの悪そうな扉があり、開けようと手を伸ばす。
「いらっしゃい! 椿くん。待ってたよ!!」
パーン
扉を開けた瞬間、クラッカーを発射した小花衣さんの姿が目の前にあった。
ヒラヒラとクラッカーの中に入っていた紙吹雪が床に落ちる。
「えっと、用件はなんでしょうか?」
どう反応すればいいか困り、用件を聞くと小花衣さんがぷくっと頬を膨らました。かわいい。
「もう、椿くん。ノリが悪いよ、ノリが」
「ぼ、ボッチの陰キャにそれを求められても困りますって」
「椿くん、今はボッチじゃないでしょ? 私がいるじゃん」
「いえ、ボッチのままでいいです。誰かさんのせいである意味大変な目に遭っているので」
「あはっ言うねぇ。椿くん」
つい恨みごとを言うと、なぜか小花衣さんは嬉しそうに笑った。
「な、なんで嬉しそうなんですか」
「いや。反抗されると、逆に燃えるというか。椿くんがドM堕ちしたらどうなるんだろうって想像しちゃった☆」
「想像しないでください!?」
小花衣さんはそれはもう頬を赤くして、幸せそうな顔をしていた。
「(この人は、マジでヤバい人なのかもしれない!?)」
好きな人の裏の顔に引いていると。
「まぁ、ここじゃなんだし。教室の中に入って話そうよ」
「な、何もしませんか」
「……」
「なんなんですか! その間は!?」
「(なんか、怪しくないか!?)」
小花衣さんが何かするんじゃないかと疑っていると、小花衣さんは慌てたように言った。
「しない、絶対しないって約束するから! だから帰らないで、ねっ」
「うっ」
上目遣いで目をキラキラとさせながら、お願いをしてくる小花衣さん。うん、かわいい。
「……わ、分かりましたよ。何もしないでくださいね」
「あはっわかったよ。まぁ、今日だけはね」
「? 何かいいましたか?」
「ううん、何にも。さっ中に入って」
小花衣さんが教室へと誘導し、俺はビクビクしながら教室へ入った。
「(教室のなかがおどろおどろしくないよな?)」
そんな不安はあったものの、教室の中へ入ってみると予想とは違った。教室は普段の教室の半分くらいの大きさで、大きな本棚がありたくさんの本が入っていた。あとは本棚の前に机がある程度だろうか。
「ここはね、文芸部の部室なんだ」
「そ、そうなんですね」
なんで、文芸部の部室に呼んだんだろう? ってか勝手に入っていいのか? 不思議に思っていると、小花衣さんが続けた。
「不思議に思ったでしょ? なんで文芸部の部室に呼んだのかって」
「は、はい」
「実はね、文芸部の部長を私が任されたからなんだ」
「えっ」
小花衣さんの話はこうだ。
なんでも開校当初からある文芸部の部員が年々いなくなり、とうとう幽霊部員だけなったらしい。
廃部になりそうだったのを危惧した元OBの先生は、優等生である小花衣さんに部長になってほしいと頼んだ。
心よく引き受けた小花衣さんは、ある作戦を思いつく。
この部に俺を入れ、俺と2人だけのイチャイチャ部を作ろう! そう決心した……みたいだ。
「って、俺を入れる理由が私利私欲じゃないですか!?」
「だって、人間だもん。それに先生には部長を引き受けたら自由にしていいって言われたし」
「イチャイチャするためって、自由の範囲を超えてますよ、絶対?!」
なんというか考えが頭がいいというか、大胆というか……
「ということで、今日からよろしくね。椿くん」
「……はい、よろしくお願いします」
「あれ? あっさり入るんだね。てっきり抵抗されるかと思ったよ」
「いや、どうせ入りたくないって言ったら明日教室で泣かれるんじゃないかって思ったんです」
そして泣かしたことにより、俺の学園内の評判がさらに落ちる。それだけは阻止したかった。
「よく分かったね椿くん。まぁ、半分あってるかな」
「半分なんですか……」
「うん、他にも色んな作戦立てたからね。聞きたい?」
「い、いいです」
きっと小花衣さんのことだ、俺の外堀を埋める作戦をいくつも考えているのだろう。
「(小花衣さん、恐るべし!)」