アルメリアをエスコートをしたい貴族令息たちが差し出す手を誰のものも取らないアルメリアは一人悠然と歩き、女王の貫録すら漂わせていた。貴族令息たちからエスコートにと差し出される手を無視するだけでなく、邪魔だと判断すれば、持っている扇子で容赦なく叩き落としていく。叩き落された令息の恍惚とした表情に苦笑いをしてしまう。
王太子や貴族令息たちへの態度から、アルメリアは貴族令嬢たちから厳しい非難の視線があるのかと思えば、真逆の好意的であり、中には頬をほんのりと染めて熱っぽく「……アルメリア様」と呟いている令嬢までいた。
……まるで、妹がしていた
それにしても、悪役令嬢のほうが、悲しむでもなく、王太子に縋るわけでもなく、婚約破棄できたことを嬉々とし、颯爽としているなんて。ゲームとの違いもあるわけだけど、現実ってシビア。
今のアルメリアは、どんな華よりも美しく綺麗だ。悪役令嬢だなんてとんでもない。この会場の誰よりも輝き、誰よりも尊い令嬢だ。
むしろ、婚約破棄を宣言した王太子のほうが、アルメリアに捨てられたように見え惨めだ。
他人事のように、アルメリアの歩くたびに揺れる輝くような豪奢な金髪を見ていた。派手な赤い薔薇柄のドレスも彼女にとても似合っていて、より一層、アルメリアを輝かせていた。
王太子の中では、きっと、アルメリアが泣いて「捨てないで」と縋ってくるくらいに思っていたのだろう。甘ちゃん王太子の自業自得ではあるが、貴族たちから見向きもされないのは、余程、日頃の行いもよくないとみえる。一国の王太子がそれでいいはずもなく、こうなることを予見できなかったようで酷い有様だ。
……まぁ、どっちにしろ、
アルメリアを目で追いながら、自身の言葉に疑問が浮かび、ここ10分ほどの思考を反芻する。
……
待って、待って、待ってぇー!
僕の義妹、あの甘ちゃん王太子に婚約破棄されちゃったのぉぉぉ? どうなってるのぉぉぉぉぉ!
アルメリアが僕の義妹だとわかったとき、急に頭が痛くなり、もたれていた壁に全身で寄りかかる。目をギュっとつむると少しだけ楽になった。脂汗がどっと出てきたので、目を瞑ったままポケットからハンカチを取り出し拭っていると、アルメリアが履いているハイヒールの踵で大理石の床を鳴らす音がピタッと鳴り止んだ。
なんだろうか? とそろりとうっすら目を開けると、アルメリアがメアリーに寄り添うレオナルドに向き直る。
その瞬間、僕からはアルメリアの凛とした背中が見え、さらにその奥には、レオナルドとメアリーが肩を寄せ合い、アルメリアへの怒りからか恐怖からかわからないが震えている。見るからに、メアリー震え方は演技のように感じるが、レオナルドは完全にアルメリアを恐れているようだ。
アルメリアが歩いてきた道は、貴族令息たちが後ろをついて歩いていたが、まるで、モーゼが海を割ったように集まっていた貴族たちがパッと割れた。アルメリアからレオナルドたちが見えるように気を利かせて道を開けたようだ。
「あぁ、そうそう。忘れていましたわ!」
「なんだ! まだ、何かあるのか! 卑しいやつめ!」
威勢よく怒鳴ってみた王太子が、小さく「ひぃ」と悲鳴をあげたようなので、きっとアルメリアに睨まれたのだろう。滑稽でしかなく、モブの僕よりよりモブをしていて笑いそうになる。
「何って、王太子殿下、あなた様に婚約期間中の暴挙や暴言に対し、慰謝料を請求します! 特に落ち度もなく婚約破棄をされたのは私の方ですし……。こんなにたくさんの貴族が集まる夜会中で婚約破棄を宣言された私や公爵家としても恥や外聞もあります。我が公爵家は、国内外への事業展開をしていることも相まって、この国では、特に取引先も多いですし……、本当に困ったことになりましたわ」
「そうは思いませんか?」とやんわりしているようで、実に強い声音だった。何か反論をと口を開けたレオナルドに主導権は返さず、重ねるように強い意志を持ってアルメリアはレオナルドを牽制した。
「王太子殿下からの突然の婚約破棄は、私の今後の結婚にも関わってきますし、お二人の婚約パーティーにも呼んでいただくことにもなりますから、ドレスも新調しなくてはなりません。これまでの王太子殿下から受けた無礼な振る舞いに対しても思うところがありましたし、事業運営の妨害や商談をご破算にされたこと、他にもたくさん。早々に慰謝料を計算して、明日にでも、侍従に請求書を持ってこさせますので、全額一括で払ってくださいまし!」
「そ、そそそんなもの、払えるか! こちらは、婚約者のメアリーが、アル……」
『アルメリア』と呼ぼうとして睨みをきかされたのか、レオナルドはビクッと肩を震わせ、名を言い換える。
……なんて情けない王太子なのだろう。同い年の令嬢に言い負かされただなんて他国に知れたら、この国は一瞬で終わるぞ? それにあんな王太子が次の国王にでもなったら……国の運営だけでも怪しいし、他国の脅威からこの国を守っていけるのか? きちんと教育もされたうえに、努力を惜しまないでしてきたアルメリアの方がよっぽど王族らしい。……公爵家って、王族傍系なんだっけ?
「ティーリング公爵令嬢、こちらが……メアリーが被害者なんだ。聖女となるメアリーに対する学園での数々の非礼やいじめで傷つけた罪は重いと思え!」
……なんて、小物くさいセリフなんだ? メアリーがどうしたって? その嘘くさい平民がいじめられたから、公爵令嬢と婚約破棄? 本当にバカバカしい。アルメリアがそんな小物を相手にするはずもないぞ! それに陳腐すぎるじゃないか! もっと、こう……ないのか? 王太子のくせにボキャブラリーが少なすぎる! 悪役の「覚えていろ! ただじゃおかないからな!」くらい言ってみろ、レオナルド!
レオナルドを応援するわけではないが、色ボケしているのか元々馬鹿なのか情けなさすぎる王太子に、僕の心の内で大きくため息をつく。
アルメリアは、レオナルドの言い分がよくわからないというふうにコテリと首を傾げ、可愛らしく頭の上に『?』がついているようだった。
そのあと、思いついたのか、あぁ! というふうに、右手を軽く握り、左手のひらをポンと叩いた。
その様子がとても愛らしく、可愛くて仕方がないという感情が僕の中で浮かぶ。
……きっとアリアは最上級に笑っているに違いない。レオナルド様を虫けらのように蔑んで。
そう考えたとき、僕の鼓動が跳ねあがる。アルメリアの最上級の笑顔をもっと近くで見たいと。さっきまでフラフラだったはずの僕ではあるが、アルメリアの周りにいる貴族たちをかき分け、足が勝手に進みだす。
「この世の聖女は、何もメアリーだけではありませんわ!」
「そんなわけないだろう! この世界に聖女はたった一人!」
「あら、ご存じなかったのですか? 残念ながら、私も
「心優しいメアリーに決まっている! アル……、ティーリング公爵令嬢なはずがない!」
「クス……私は、王太子殿下曰く、銭金に汚い偽聖女だそうですからね?」
やっとのことで、嗤うアルメリアの隣に並び立つ。レオナルドの引きつった顔を見て、恍惚としたアルメリアの表情にドキドキとしながら、耳元で優しく名を囁いた。
「……アリア」
「お義兄様!」
パッと花が咲いたような笑顔を見せるアルメリア。白い可憐な花のような……いや、真っ赤な薔薇を連想させるような少々妖艶な笑顔に思わず、僕の頬が揺るんだ。
「茶番はここまでにして、そろそろ屋敷に戻ろうか。ここは可愛らしいアリアには似つかわしくない。レオナルド王太子殿下」
「……なんだ? 兄妹そろって」
僕もアルメリアと一緒にニィっと口角をあげ嗤う。その様子に「ひぃっ!」と小さく悲鳴をあげるレオナルドに礼儀正しく一礼した。
「明日をお楽しみに」
「さぁ、手を」と、アルメリアの手を取り、サラっと何でもないことのように淑女を完璧にエスコートする僕。仕草ひとつ綺麗で驚いてしまう。心の内は、情報過多で大荒れでも表情には決して出さず、その場を退出した。