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第31話 俺らしくない?



「リュードー!」


 また来た。隼人は身を固くした。龍堂とふたり勉強していると、ユーヤが入ってくることは少なくなかった。隼人は思わず周りに目を走らせる。オージやケンたちはいない。それなら、ユーヤが止められることはないだろう。――そんなさもしいことを考えることが癖になってきていた。


「なーに? なんの問題解いてんのっ?」


 ユーヤはピコピコと上体を左右にゆらし、龍堂の手元をのぞきこもうとする。


「邪魔しないでくれないか?」


 龍堂はさらりと断ると、すっと身をかわした。ユーヤは「むぅ、またそーゆー!」と唇をとがらせて、今度は隼人のノートを覗き込んだ。背後の龍堂に見えないように目を見開き隼人に凄むのも忘れずに。

 隼人の問題を見て、大げさに驚いてみせた。


「えーっ! すっげー簡単なやつ! リュードー寝てても解けるやつじゃんか」


 すんだ大きな声が、ほぼ無人の教室中に響いた。ユーヤはキッ! と、隼人を睨みつける。


「リュードーの足引っ張んなよな!」


 隼人は身を小さく縮めた。ユーヤはボールペンを隼人の筆箱からふんだくると、ノートに逆から答えを書き始めた。


「ちょっ、まっ……」

「んだよっ? リュードーを手伝ってやってんだろ!」


「一ノ瀬」


 落ち着き払った、ハスキーの低音がユーヤを呼んだ。ユーヤは顔を真っ赤にして「なに? リュード……」と笑顔で応えようとした。


「ぼくが中条に教えてるんだ。邪魔しないでくれないか」


 ユーヤの顔が、赤黒くなった。さっきとは違う感情――怒りや屈辱の色だ。肩を怒らせて、声を張り上げる。


「そーいって!いつもリュードーばっか犠牲になってんじゃん! こいつ、ぜんっぜん覚えねーしっ 」


 ユーヤの険のある言葉と視線に、隼人は身を小さくした。まったくの図星だった。

 最近、緊張して問題がうまく解けないのだ。龍堂がこれだけ時間をとってくれているのに、申し訳ないのに。

 ――これで、期末の試験がぼろぼろだったら――最悪の仮定。しかしそれはもう叶いかけているのだ――どうすればいい? 龍堂にどんな顔を向ければいいのだろう。

 隼人は俯いた。冷や汗がびっしょりと制服を濡らした。


「……」


 一方の龍堂は、ゆったりとしたものだった。沈黙の中、時が動き出す。

 龍堂はゆるく首を動かし、ユーヤを見上げた。


「それは一ノ瀬がうるさいからじゃないか?」

「なっ……」


 龍堂の笑みには、たぶんに冷めた皮肉が滲んでいる。隼人は思わず顔をあげた。


「とにかく、ぼくらは今解いてるんだ。どこかへ行ってくれ」


 ユーヤは、ぽかんとしたあと、わなわなと震えだす。目を潤ませて、八重歯を唇に食い込ませた。


「なんだよ……!リュードーの、バカっ!! もお知らねえっ!」


 どこか熱を孕んだ目で龍堂を睨みつけ、去っていった。龍堂はそれを冷めた様子で見送り、「お待たせ」と隼人に向き直る。隼人は泣きたい気持ちだった。


「ごめん、龍堂くん」

「中条が謝ることじゃない」


 龍堂は気にした様子もない。また教科書をくり始めた。隼人は恥ずかしかった。

 本当は、自分がユーヤを追い払わないといけないのに。龍堂に迷惑ばかりかけている。

 龍堂がユーヤと一緒にいるのは嫌だ。なのに、今みたいにふたりきりになるのも怖くなってきた――ガッカリされるのが、怖くて。



「隼人くん、最近へんだね」


 大丈夫?

 ひとりで教室の掃除していると、やってきたマリヤさんに声をかけられた。


「そうかな」

「うん。やつれてるし……」


 マリヤさんの言葉に、隼人は思わず苦笑した。ダイエットを始めてからこっち、一番かけられる言葉だった。ケンとマオにも、「ゾンビみたい」「でなきゃ、ジジイ!」と笑われている。

 隼人は笑って、「大丈夫だよ」と手を振った。


「たぶん、ちょっと夏バテかも」

「そっか。――でね……」


 安堵したマリヤさんは話し始めた。


「オージくんが、最近よくそばにいてくれるんだけど……でも、求められるのはまだ怖くて……」


 部屋に誘われたけど、昨日も断っちゃった。マリヤさんは悲しげに目を潤ませた。隼人はうんうん、と頷いた。しかし、マリヤさんはその対応に眉をひそめた。


「隼人くん、怒ってる?」

「えっ?」

「何か楽しく無さそう……迷惑だった?」

「そんなことないよ」

「いいの。ごめんなさい甘えて。わかってるの」


 そう言ってマリヤさんは背を向けた。小さな姿は悲しげだった。


「違うんだ、ちょっとぼんやりしてただけで……」

「――やっぱり」


 マリヤさんが肩越しに振り返り、きっと睨んできた。それから、ふっと切なげに笑った。


「隼人くんらしくないよ」


 前のほうがよかった。

 そう言って、マリヤさんも去っていった。

 ――俺らしくない……? ――

 隼人はぼんやりと教室に立ち尽くした。どつしていいか、もうわからなかった。



隼人は考えた末、マリヤさんの言う通りだと思った。自分だって今の自分は好きじゃないという結論に達した。

 けれど、頑張ることをやめるわけにはいかなかった。


「龍堂くんのそばにいたいんだ」


 ちゃんと胸を張って。そのためには、相応しくならないといけない。





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