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第38話

「うーーん」


 俺は、寮のベッドに胡坐をかいて考え込んでいた。

 暗い部屋の中、先生から貰った同意書が枕灯に照らされている。


『覚悟が決まったら、保護者に同意を貰って僕のところに来い。すぐに施術を始めよう』


 葛城先生の言葉が、脳内にリフレインする。

 先生は、俺に自分で選ぶように言った。行為が行為だから、教師の方から「あーせいこーせい」と指示出来ないんだって。

 だから、俺がどうするか決めなきゃいけない。


「どうしよう……?」


 状況を冷静に考えると、……葛城先生に頼むべきなんじゃねえかな。

 だって、俺は冬季決闘大会に出るんだから。ちょっとでも、魔法を使えるようになっておきたい。

 それなら、「四元素拮抗型」の俺は、誰かに魔力を起こしてもらう必要があるわけで――それを頼める人なんて、限られてるんだし。


『トキちゃんさえ良ければ、俺がしたいんだけど』


 そう言ってくれたイノリとは、ここんとこ気まずくて。……俺がバカやったせいで、避けられてるかもしれなくて。

 こんな状態で、頼むことなんて出来ねえんだから。

 それに、引き受けてもらえたとして。

 俺はさ、「あれ」をイノリと出来るのかよ。

 触れたとこからびりびりした、不思議な感覚を思い出して、俺はマットの上で丸くなる。

 出来る気がしない。

 何でだろう、――怖い。それに、なんでかイノリに申し訳ない気がするんだ。

 けど、葛城先生とするって考えてみても、そんな風には多分思わない。

 だったら、やっぱり葛城先生に頼むべきじゃないか。


『トキちゃん』


 でも。


「あーー、もうっ」


 俺は、ガバッと身を起こすと、ベッドのカーテンを開いた。

 寝巻のジャージのまま、運動靴をつっかけて部屋を飛び出す。

 とっくに消灯時間は過ぎていて、寮の廊下には誰もいない。こっそりと非常口から外に出ると、俺は敷地内をぐるぐる走った。

 ぐだぐだ悩んで、皆に心配かけて、俺ってマジ何やってんだろう。

 がむしゃらに走ると、汗と景色がうしろにふっとんでいく。冷たい夜気の中に、もうもうと白い息がとける。

 走りながら、なぜか顧問の言葉を思いだした。

 「うだうだ悩んでるときは、全力を出してないんだ。もっと死に物狂いでやれ、吉村」って。

 そうなのかもしんない。

 でも、どうしたらいいかわかんねえよ!




 庭園灯に手をついて、荒い息を吐く。

 そのまま、その場にしゃがみ込んだ。ちょっと飛ばし過ぎたのか、胸が苦しい。


「はーー……」


 大きく息を吐いた。

 でも、じっと蹲っていると、また悶々としてきてしまう。バカのくせに、もうちょっとボーっとしててくれよ脳みそ。

 自嘲気味に顔を上げる。

 と、灯に照らされた地面に、二本の黒い影が伸びているのに気づく。


「――夜風は冷えますで、お兄さん」


 え、と思った瞬間、じゅっと頬に熱いものがあたる。


「あっづ!」

「あら」


 悲鳴を上げて飛び上がると、背後で暢気な声が聞こえた。

 バッと振り返れば、予想通りに須々木先輩が目を丸くして立っている。手には、お茶の缶を持っていた。


「こんばんわ、吉村くん。精が出ますなぁ」

「な、何すんすかっ?! てか、何で?!」

「いや、部屋から走ってるのが見えたんよ。そんで、誰かと思たらきみやんか。ほな、差し入れでもせな♡と思ってやな」

「ええ、そんなお気遣いなく……」


 差し入れで心臓が止まるかと思ったぜ。

 じんじんする頬を擦りながら、半目になっていると須々木先輩がからから笑う。


「まあ、それは半分くらい冗談として」

「冗談なんすか」

「ホンマは、きみに話したいことがあったんや。明日にしよかと思ってんけど、やっぱ早い方がええやろし。……まあ、桜沢のことなんやけどさ」


 突然出てきたイノリの名前に、俺はどきっとする。先輩は、俺の前にしゃがみ込むと、真面目な顔をした。


「今日さあ。桜沢のやつ、昼に行かへんかったと思うねんけど、きみ待ってくれてたんとちゃう?」


 その問いに、ちょっと詰まりつつ頷く。すると、先輩は「あー」と呻いて額を押さえた。


「ごめんなあ、吉村くん。ぼくが知らせに行けたらよかってんけど……」

「や、そんな……先輩が謝ることじゃ」

「いや。ぼくにも原因があることやから。堪忍してや」


 そう言って須々木先輩は、両手を合わせる。ちょっと戸惑いつつ頷くと、ようやく顔を和らげてくれた。


「ありがとう。じゃあ、本題なんやけど、驚かんと聞いてな? 桜沢のやつ、今日行けへんかったん、ワザとちゃうねん」


 先輩は、一旦言葉を切るとハッキリ口にした。


「あいつ、怪我して――医務室送りになってしもたんよ」

「えっ!?」


 俺は、先輩の言葉に目を見開いた。

 心臓がひゅっと飛びあがる。

 イノリが、怪我――??




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