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第37話

 俺は、とぼとぼ歩いていた。

――イノリ、来なかった。

 遅いな、って思ってるうちに、どんどん時間が過ぎてって。気づいたら、午後の授業、全部サボってた。

 もう、放課後だ。西日の差す校舎には、生徒の姿もまばらだった。

 授業が終わってても、鞄を置いて帰るわけにも行かなくて、のろのろ教室へ戻る。

 たぶん、何か用事があったんだよな?

 決闘大会があるから、忙しいんだって言ってたし。

 スマホもないから、急なことがあっても連絡なんて出来ねえし。

…………駄目だ。

 いろいろ、「避けられてる」以外の理由を考えてみるけど、自分で半分も信じられてねえ。


「はあ……」


 しんどい。

 でっかいため息をつきながら、教室の戸を開けた。


「遅い!!!!」

「わぁっ?!」


 と、肌がビリビリするほどの大音声に、出迎えられる。

 ビタン! と戸に張り付いて、俺は目を向いた。

 なんと、青筋を立てた葛城先生が、教壇に仁王立ちしているじゃないか。

――呼び出されたの、完全に忘れてた!

 俺はさあっと蒼白になる。

 葛城先生は、鬼の形相でツカツカ俺に歩み寄ると両腕をガシッと掴む。


「どれだけ待たせるつもりだ、お前は! 放課後、来いと言ったのを忘れたか? まさか、すっぽかすつもりだったんじゃあるまいな!」

「す、すんません! そんなつもりはありません!」 

「なら、早く来ないか! しかも、お前授業をサボったろう? この時期に、何考えてるんだ全く」

「はい、すんませんっ」


 ガミガミ怒る葛城先生に、ペコペコと平謝りする。

 やべえ。怒りが凄まじくて、先生の背後に炎が見える。

 でも、先生が怒るのは当然だった。かなり待たせてる上、先生が教室にいなかったら帰ってたにちがいないし。


「すみませんでした……」


 しおしおと背を丸める俺に、葛城先生は目をすがめて口を引き結んだ。


「まあ、いい。余計な説教をしている場合ではなかった。ついて来い吉村、話をするから」


 クルッと背を向けると、先生は大股に歩きだす。

 俺は、慌ててその後をついていった。





「飲み物を入れるから、そこにかけていろ。吉村、コーヒーは飲めるか?」

「あ、はい。お気遣いなく」


 俺は、促されるままソファに座り、きょとんとしていた。

 葛城先生の部屋で、飲み物なんか出てくるの初めてだぞ。一体どういう風の吹きまわしなんだろう。

 先生が、湯気の立つコップを二つテーブルに置き、俺の正面に座った。


「待たせた。砂糖はいくつだ」

「あ、そのままで平気っす」

「そうか」


 と、先生は自分のコップに角砂糖を六つ放り込んだ。甘党なのか? 目を丸くしていると、先生は「さて」と足を組んだ。


「早速だが、話をしよう。飲みながらでいいから、まずはこれを見ろ」


 ツイ、と机の隅にあった一枚の書類を右手で引き寄せた。促されて、それを手に取って目を通す。


「魔力中枢に干渉する旨の同意書……?」

「そうだ。吉村の魔力を僕が起こすにあたって、保護者の同意がいるのでな」


 ハッとして顔を上げると、葛城先生は真っすぐな目で俺を見ていた。「ふう」と小さく息を吐いて話し出す。


「本来、こういうことはな。僕の主義として、生徒の側から言い出すまで知らんふりしておくのだが。いっっこうに、お前は気がつかんようだから」

「えっ」

「吉村、お前は『四元素拮抗型』だ。通常のやり方で、元素を感じ取ることは、ゼロとは言わんがほぼ不可能と言っていい。素で気づくまで、試してみても面白いかと思ったが――決闘大会に魔法の修学を間に合わせたいなら、いま第三者が魔力を起こす必要がある」

「ち、ちょっと待ってください! 先生、なんで?」

「見てるうちに気づいた。しかし、お前は鈍い。気づかせてやろうと、拙著まで貸したというのに」

「あっ、あれ、そういうことだったんすか?!」


 俺が驚きの声を上げると、先生は呆れたように片眉を跳ね上げた。

 知らなかった。葛城先生がとっくに気づいてたなんて。

 動揺する俺をよそに、先生は腕組みし目の力を強くする。


「で、どうする吉村。お前が良いなら、僕が魔力を起こしてやるが」

「あ……」

「勿論、強制はしない。他に当てがあればそちらを頼りにしてもいい。デリケートな問題だからな、よく考えるといい。ただ――僕にはお前を手助けする用意がある、という事を伝えておこうと思ってな」

「先生……なんで、そんな親身になってくれるんですか」


 俺は戸惑った。先生の口ぶりじゃ、俺から言い出すまで手は出さないつもりだったんじゃないのか。

 すると、葛城先生は眉間にぐっと皺を寄せた。


「ふっ、僕を甘く見るなよ。お前がこのところ、深い悩みの中にある事くらい、とっくにお見通しだ。おおかた、魔力コントロールが上手くいかんことの焦りなんだろう?」


 いや、どっちかって言うとイノリのことで……。真剣な先生に水を差すのも忍びなく、俺は口を噤んだ。


「吉村、お前はな。お世辞にも出来が良いとは言えん生徒だ。一般も魔術も落第ギリギリだし、勘もかなり鈍い」

「ひでえ」

「だが、授業も補習も真面目に取り組んでいる。間違いだらけであっても、課題の提出を忘れたことは無い。これは、他の先生方も仰っていることだ。僕は、お前は頑張れる生徒だと評価している」

「……!」

「主義以前に、僕は教師だ。頑張る生徒の手助けくらい、喜んでするさ」

「先生……」


 葛城先生は、信頼の籠った眼差しを、俺に真っすぐ向けてくれていた。

 俺はなんだか胸が詰まって、ぎゅっとプリントを握りしめた。

 やべえ。弱ってっからこれは、泣きそうかも。

 でも、これだけは言わなきゃ、と思って声を絞り出す。


「ありがとうございます、葛城先生」


 深く頭を下げると、「うむ」と鷹揚に頷く先生の声が聞こえた。





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