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第34話

 今日も今日とて、早朝の補習だ。

 俺たちは葛城先生のもと、グラウンドに集まってたったか走る。


「寒いだろうが、集中だ! 元素に集中しろお前達!」

「うす!」


 一晩経って、俺はだいぶ調子を取り戻していた。

 そりゃ、最初は衝撃的だったけど。よく考えたら、裸が何だってんだって話だよな。

 だって俺は、大浴場にだって行くわけで。イノリとも、ガキの頃から何度も一緒に風呂に入ってるんだし。

 あいつだって、きっとそういう感覚だったから、さらっと「見てあげる」って言ったんだろう。

 うん。きっとそうだ。


「吉村、ペースが乱れてるぞ。ちゃんと呼吸を整えろ!」

「うす!」


 葛城先生の威勢のいい檄に、応える。今朝はかなり寒いから、吐く息が白く上った。もう、すっかり冬だな。




「あの、吉村くん。な、なにかあったの?」

「へ?」


 着替えていると、森脇におずおずと尋ねられた。きょとんとして見返すと、森脇は手をもじもじさせながら言葉を続ける。


「その、きっ気のせいかも、なんだけど。今日、ちょっと調子悪そうだった、よね? だから、あの……」

「えっ」


 びっくりした。

 そんなに態度に出てたのか、俺。全然、いつも通りのつもりだったんだけど。

 気づいてみれば、心配そうな森脇の向こう、一人離れて着替えていた片倉先輩もこっちを見ている。

 俺は苦笑いして、頭を掻いた。


「あー。ごめん、心配かけて。ちょっと考え事しててさ」

「か、考え事?」


 森脇は、窺うように俺を見る。「どういうこと?」って、目が言っていて、俺はわけを言うか逡巡する。

 でも、ちょっと皆にも聞いてみてえ。魔力を触るって、どういう認識でいるもんか。


「あのさ、ちょっと変な事聞くんだけど」

「な、なに?」


 こそこそ、と小声で聞くと、森脇は真剣な顔で耳を傾けてくれる。


「森脇ってさ、そのー……魔力って、ダチに触られたことある?」

「ふええっ?!!」


 聞き終わるかどうかで、森脇は大声を上げてのけ反った。青白い肌が、ぶわーっと真っ赤に茹で上がる。

 あっけにとられる俺をよそに、森脇はあわあわとシャツを掻き寄せてる。


「えっ、何で? 何でそんなこと聞くのっ?! あっ! もしかして僕、なんか変だったのかな」

「え、いや、その」


 何やら大慌ての森脇に、俺も狼狽える。

 と、いつのまにやら近寄っていた片倉先輩に、タオルで頭をはたかれた。


「わぷっ」

「アホかお前。朝っぱらから何聞いてんだボケ。セクハラで訴えるぞ変態」

「ひ、ひでえ!」


 流れるような罵倒の嵐。

 ガビーンとなる俺に、先輩はあきれ返った目を向ける。


「おい馬鹿。魔力に触るってのは、確かに医者の治療みてえなもんだよ。けどな、思春期だぜ。「その質問」は、クソ野郎に見下されて好き放題されたか、てめえ自身を好きにさせる相手がいるか、暗に聞いてることになんだよ」

「え」


 俺は、目を見開いた。先輩は苛立たし気に鼻を鳴らす。


「転校したてだか知らねえけどなぁ。こっちも、お前のもの知らずにイラつく自由があるんだわ。俺に聞いてたら、ぶっ飛ばしてるからな」

「す、すんません」


 深く頭を下げると、片倉先輩は不機嫌そうに息を吐いた。

 なんてこった。俺は、すげえ失礼をかましてしまっていたらしい。

 俺は慌てて、うずくまる森脇の前に膝をついて、平謝りした。


「ごめんな、森脇。立ち入ったこと聞いちまって」

「う、ううん。僕こそ、大騒ぎしちゃってごめん……」


 森脇は、へにゃっと眉を下げて首を振る。心配してくれたのに、悪いことしちまった。

 片倉先輩は、ガシガシと頭を掻きむしったかと思うと、投げやりに言う。


「吉村、そういうことだから。触らせろとか言われても、ホイホイ頷かねえで嫌がれよ。……まぁ、黒の抵抗なんざ、知れてるけど。合意だったなんざ、言われたかねえだろ」


 俺はともかく頷いた。先輩が、言葉はぶっきらぼうでも心配してくれてんのがわかったから。

 けど本当は、頭がぐるぐるして、何も言えなかっただけかも。

 二人の反応的に、やっぱアレなのかな。俺らのしたことって。

 あっ、やべえ。

 俺、ちょっとショック受けてるかも。なんでなのか、わかんねえけど……。





 ぐるぐるしながら授業受けて、昼休みになってさ。

 305教室に入ったら、イノリが出迎えてくれた。


「トキちゃん、おはよー」

「おはよ、イノリ」


 いつも通りだ。ぐだぐだ考えてんのは、俺だけだから当たり前なんだけど。

 イノリは、ニコニコしながらカセットコンロにやかんをかけていた。


「今日も寒いねぇ。あったかいもん飲みたいなーと思って、色々持ってきたんだー」

「わ、すげえ」

「でしょ。トキちゃんどれがいい?」

「え、いいのか? なんかすげー紅茶とかあるけど」

「いいよー。ぜんぶ貰いもんだし気にしないで」


 机の上には、色とりどりの使い切りパックが広げられてた。ほうじ茶ラテとか、ルイボスティとか、普段飲まないようなもんもあって、もの珍しい。

 「はい」と、紙コップを手渡される。


「ルイボスティって、とんかつ屋でしか飲んだことねえ」

「あ、俺もー。やべぇ、とんかつ食いたくなりそー」

「なんちゃらの犬だろ、それ」


 だらだら喋りながら、湯の沸くのを待つ。

 昨日のことは、話題にならない。

 俺が言わないから、イノリは待ってくれてるんだと思う。優しい奴だ。

 ちら、と隣を見れば、おっとりと笑う横顔がある。

 そうなんだよなあ。

 イノリは親友なんだ。俺を傷つけたりしないって、はっきりしてる。

 俺は、なにをこんなに気にしてるんだろう。


「トキちゃん?」


 振り返ったイノリが、不思議そうに首を傾げる。俺は、ハッとして目を逸らす。


「えーと。もう、沸いたかな?」

「あ、待って。このやかん、取っ手が脆いから――」


 誤魔化そうとやかんに手を伸ばすと、イノリが慌てて止めようとする。

 そしたら、イノリの手に、俺の手が触って。


「あ……」


 無意識に、手がパッと逃げてしまった。

 イノリの目が、大きく見開かれたのを見て。

 失敗を悟ったけど、後の祭りだった。




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