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第33話

「うーーーむ」


 帰寮した俺は、ベッドに寝転んで考え込んでいた。

 集中するためにカーテンを閉め、二段ベッドの上段の木目を眺めつつ、うんうん唸る。

 どうしたもんか。いや、どうしたんだ俺は。


『人に起こしてもらうのもありなんやで!』

『トキちゃんさえ良かったら、俺がしたいんだけど』


 頭ん中に、須々木先輩と、イノリの言葉がぐるぐる再生される。

 俺は、イノリが言うには「四元素拮抗型」ってやつで。

 だから、元素にも気づきにくくて。

 俺と同じだった母ちゃんたちも、誰かに魔力を起こしてもらったって話でさ。

 なら、俺もそうしてもらったらいいじゃんか? イノリも、快く引き受けるって言ってくれてんだしさ。

 なにを俺は、ためらってんの?


「う~~~~~」


 呻いて、ごろんと寝がえりを打つ。

 考えても見ろよ。俺は、決闘大会に出る。それまでに、魔法が使えるようになった方がいいに決まってるだろ。

 イノリだって、応援してくれてんのに――。

 ふと、イノリと繋いだ手を見る。

 ちょっと骨ばったイノリの手と、ふわふわした魔力の感触が甦った。


「うあ~~~~~!」


 ベッドの上で、ごろんごろん! と暴れた。

 駄目だ! なんかソワソワする。落ち着かないっつーか、居たたまれないっつーか。

 握り拳を胸に当てて、うぐぐと呻く。

 魔力を起こしてもらうってえと、イノリとあれをするわけで。

 そう考えると、なんか、その――恥ずかしいような。


「恥ずかしいって!? イノリ相手に、なんだそりゃ!?」


 なんでだ。

 魔力を見てもらったときは、こんな風に思わなかったのに。


「うるっせええ!」

「うわあっ!」


 ズバン! とカーテンから太い腕が突きぬけてくる。俺は、ばね仕掛けみたいに飛び起きて、天井で頭を打った。

 シャッ! と鋭い音を立て、カーテンが全開にされる。


「あでっ!」

「ウーウ―唸りやがって何だてめぇ。気が散んだろーが!」

「す、すんません」


 頭をさする俺に、米神に青筋をたてた佐賀先輩がすごむ。先輩は、筋肉隆々の腕に、参考書を挟んでいた。勉強中だったらしい。

 俺は、ペコペコとベッドの上で頭を下げる。


「怒鳴るなよ、佐賀。吉ちゃん、大丈夫?」


 佐賀先輩の背後、自分のベッドに凭れた西浦先輩が、心配そうに声をかけてくれる。


「うす。すんません、うるさくして……」

「いいんだよ、気にしないで」


 フォローしてもらって、へなっと眉が下がる。

 佐賀先輩は「ちっ」と舌打ちをし、その場に胡坐をかいた。


「で、何だよ吉村。何かあったンか」

「や、別になんも……」

「あ? いいから話せや」


 怖えーよ! 人の目ってこんな鋭くなる普通? 

 俺は、しどろもどろになりながら、わけを話す。


「いや、その。何でもないんす。ただ、魔力に触られんのって、なんか変な感じだなって――」

「えっ?!」


 俺の釈明に、なぜか西浦先輩が反応する。

 西浦先輩は、ずざざっとすげえ勢いで駆け寄ってきて、俺の肩をガシッと掴む。


「吉ちゃん、誰かに魔力を触られたの?」

「え、はい」

「それ、ちゃんと合意だった?」

「へっ?」


 西浦先輩は、怖いくらい真剣な顔で、俺を問い詰める。掴まれた肩が、ぎしっと音を立てた。ちょっと痛え。

 佐賀先輩が、呆れ顔で西浦先輩の腕を掴む。


「落ち着けや、西浦」

「おれは落ち着いてる」

「ねェから、言ってんだ。手、痣になんぞ」

「あ……」


 西浦先輩は、ハッとしたように手を放した。申し訳なさそうに顔を歪め、俺を見る。


「ごめん、痛かったよね」

「あっ、マジ平気っす! 大丈夫なんで」


 ぶんぶんと腕を振っても、西浦先輩はしょんぼりとうなだれてしまう。おろおろしていると、でっかいため息をついた佐賀先輩が言う。


「おい吉村。魔力触られたって、誰にだよ」

「え?」

「てめえの気に食わねえ奴に触られたのか、って聞いてんだ」


 俺は、その問いにポカンとした。だってイノリだし、ありえねえし。

 佐賀先輩の目が、どんどん険しくなんのに気づいて、慌てて否定する。


「いや、違います! あいつは俺の親友です」

「じゃあ、お前も納得ずくのことなんだな?」

「うす!」

「そうかよ。聞いたか、西浦」


 佐賀先輩は、西浦先輩の肩を拳でトンと押す。

 西浦先輩は、「はあ」と深い息をつく。ようやく上げた顔は、青かった。


「そっか……早とちりしてごめんね」

「あ、いや。てか、もしかして俺、妙な事言っちゃいました?」

「ええと……」


 俺の問いに、西浦先輩は言いにくそうに口ごもる。佐賀先輩が、かわりに説明してくれた。


「吉村、他人に魔力に触られるっつうのはな。そいつの前で真っ裸になるのと同じことなんだよ」

「へ」

「だから、普通そうそう触らせねえ。軽々しく触りてえとも言わねえのが、当然なんだ。嫌がる奴に無理にやると、暴力と同じだからな。まあ、てめえは合意らしいが」

「ええぇ?」

「お前は転校したての上に、黒だからな。おおかた西浦の奴は、お前がイジメにでもあったと思ったんだろ」

「別に、おれは……」


 西浦先輩が、ばつが悪そうに視線を逸らす。心配してくれたんだ、優しいな……といつもの俺なら思う。

 けど、今の俺はそれどころじゃなかった。佐賀先輩のもたらした情報が、衝撃的すぎてさ。

 だって、ちょっと待てよ。あれって、普通はやんねえもんなの?

 でも、イノリは「トキちゃん、見てあげよっか」って普通にさ。 

 てか、裸同然って!

 なら、俺は。つまり、イノリの前で堂々と真っ裸になったってことなのか……?


「よ、吉ちゃん? どうしたの、顔が真っ赤だよ」

「こ、」

「こ?」

「公然わいせつ罪じゃねーか!!」


 叫んだ俺の頭を、「うるっせえよ!」と佐賀先輩がはたいた。



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